第12話 そのぬくもりの中で


 銃声の後に訪れた一瞬の静寂。

 それは、オスヴィンが完全に死んでいるかどうか、その確認のためだけに割かれた。


 本来このような時、殺してしまった側は大きな感情の変化にさいなまれるのかもしれない。

 しかしながら、俺には今回の殺人に対する感慨は一切生じることはなかった。


 そう、非日常へ叩き落される類の物語でよくあるそんな高尚な感情は、前世の戦場へとうの昔に置いてきていたのだから。


「さて……」


 物言わなくなった死体を放置し、俺はイゾルデの閉じ込められている場所へ向かった。

 この世界では、死体を放置すると時折魔素の影響を受けてアンデッドーーーー要は魔物になってしまうらしい。

 そのため、聖魔法で浄化したり、炎魔法で灰になるまで燃やす必要があるのだが、少なくとも今の俺にそんな気持ちの余裕はなく、こんな山の中でアンデッドが出ようがどうでも良かった。


 どの道、朝になれば騎士団も駆けつけることだろうし、捜している犯人の死体処理は彼らに任せればいいのだ。

 建てられた当初は使用するつもりであったのだろう。

 この礼拝堂で修行をする修道士が寝泊りに使う部屋が2階にいくつかあり、その中のひと部屋にイゾルデは監禁されていた。

 ちゃちな南京錠が取り付けられていたので、跳弾に注意しながらセミオートで一発銃弾を叩き込んで破壊し、扉を開けて中に踏み込む。


「イゾルデ! 無事か!」


「……に、にいさま!」


 突然踏み込んできた俺の姿を見て、びっくりしたような表情を浮かべるイゾルデ。

 まだ何もされずに済んでいたのか、目立った外傷もなにも見受けられないが、その表情はこころなしか憔悴しょうすいしたものだった。


 5歳と幼くはあるが、イゾルデも貴族の娘なりに覚悟を決めていたのかもしれない。

 それとも、必ず誰かが助けに来ると信じてひたすら恐怖に耐えていたのか。


 いずれにしろ幼い心身を疲弊させるには充分過ぎる体験だったに違いない。

 イゾルデの頬に残る涙の跡が、その精神状態を如実にょじつに物語っていた。


「こ、こわかった……。こわかったです……!」


「そうか……。もう大丈夫だ……。うちに帰ろう」


 それまで懸命にこらえていたであろう感情を発露はつろさせ、顔をくしゃくしゃにして飛びこんでくるイゾルデを、俺は静かに受け止め、そして強く抱きしめる。


 ――――あぁ、そうか……。


 外套越しではあるが、自身の存在を訴えかけるように伝わってくるイゾルデの体温を感じ、俺はようやくこの世界でどう生きるかを決めた。


 プランだなんだと一応考えてはいたが、イゾルデがさらわれる前までは、死んだところを転生させてもらったついでに、創造神の計画へ適当に協力しつつ2回目の人生を楽しむかくらいでしかなかった。

 それこそ、もし前世の身体のままでこの世界に落とされただけであれば、俺は似たようなことがあっても何かをしようとはせず、ひたすらに口を閉ざして目立たぬよう生を終えたかもしれない。


 しかし、現実に俺はこの世界の構成要素のひとつとして生まれたし、肉親いもうとが良からぬ陰謀に巻き込まれたことを切っ掛けとして、否が応でもに世界に関与する方向へ進み始めている。

 もしかすると、この事件も俺をその気にさせるために、創造神アイツが仕込んでいたことなのかもしれない。


 そもそも、当人に絶対的な力があれば、異世界から召喚などせず、自身で世界に干渉して有利な方向に持っていけば済む話なのだ。

 それをどちらかと言えばイレギュラーな俺のような存在に頼るということは、世界への干渉に何らかの制限があると見ていい。


 だから、『勇者』でもない俺をこの世界に転生させたのだろう。


 であれば、俺は当初言われたとおりにすれば良いだけの話になるのだろうが、同時にこの世界に対して俺の持つ知識を行使することは正直エゴ以外の何ものでもないとも思う。

 それは、知識が地球において長い歴史や大きな犠牲の中で形成されたものであり、同じものを得るためにはこの世界の人々が歴史を重ねていく中で、同じように長い時間と大きな犠牲を経て獲得していくべきものである。

 それを、ぽっと出の俺が改変してしまうのは、本来経ていくであろう道を踏みにじるようなものではないのか。


 だが──


 たとえ俺が何かをしなくとも、創造神が用意している『シナリオ』によって、いずれ世界は大きく揺れ動くこととなる。

 この世界に生きる人々は何も知らない。

 世界が、神という上位存在が管理する、言ってしまえば箱庭でしかないことを。


 そんな中で、2回目の人生で家族として結ばれた人たちを、そんな時代の奔流に吞み込ませたくないというのも、結局のところ俺のわがままに過ぎないのだろう。


 そして、そんな事態を避けるためには、俺が世界への介入を是が非でも成功させなくてはいけなくなるのだ。

 それが創造神の計画へ協力することだとしても。


 あるいは、こう考えることさえ、創造神ヤツの思惑の内かもしれない。


 だが、俺には既に与えられた能力がある。

 少し使い道に悩むところもあるが、大きな可能性を秘めた能力が。


 たとえ、それを行使することが、どこまで誤魔化したところで俺のエゴでしかないとしても――――俺は、家族を守りたい。

 安堵したせいで緊張の糸がほぐれたか、やがて俺の腕の中で眠りに落ちたイゾルデを静かにベッドへと寝かせると、俺は気を落ち着かせながらその時を待つ。


 それは、俺が当初から予想していた通り、そう長くかかるものではなかった。


 山並みが朝日に染まろうとして夜が明ける頃、遠くから軍馬のいななきが聞こえ、それはすぐに騎馬の駆ける大きな音へと変わる。

 この世界に来てから初めての寝ずの番に、俺は少しまどろみそうになっていたが、窓の外に目を向ければ、いつの間にか礼拝堂の周囲はにわかに騒がしくなっていた。


 鎧の金属がこすれる音と礼拝堂内部の床に打ちつけれられる靴音が近付くも、俺は特に動くことなく居住まいを正すのみにとどめていた。

 そして、激しい音と共に開かれる扉。


「イゾルデ! 無事か!」


 俺は待っていた。父であるヘルムントが現れるその瞬間を。

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