第11話 夜を駆ける~後編~


「なっ⁉ ………これはこれはクリストハルト様。どうやってここまで? ……いや、貴族の子弟ともあろう方が、このような場所へ来てはなりませぬぞ」


 俺を出迎えたのは、誘拐犯――――もといオスヴィン助祭だ。

 もはや、俺の中では誘拐犯以外の何者でもないので、呼び方もそれでいい気がしてきた。


 礼拝堂で御子像に向かって祈りを捧げていた彼は、その物音だけで判断したために仲間と勘違いしたようだが、自分の思う相手と違う俺の声を受けて弾かれたようにこちらを見ると一瞬だけ驚いたような顔を浮かべた。


 しかし、すぐに反応を切り替え、こういう後ろめたいことをした人間にしては、随分と落ち着きのある声で俺を出迎えようとする。


 正直、俺にとっては少し意外であった。

 それとも、この男には狂信者のオプションで脳に幸せ回路でも搭載されているのだろうか。

 いずれにしても、こんなことをしでかした上でまだ教師面をしやがるとは不愉快極まりなかった。


「心配してくれるのか、オスヴィン助祭。その〝貴族の子弟〟を、こんな所に連れ去った人間のセリフとは思えないな」


 それなりに声を低く恫喝気味なものにしようとするが、6歳児の見た目と声帯では、残念ながらヒーローごっこをしている子どものそれにしかならない。

 まぁ、会話が目的ではないので、雰囲気作りは早々に諦めることにした。


「それはまったくの誤解です。ご聡明なクリストハルト様ならご理解頂けるかと思われますが、イゾルデ様は魔のことわりに取り憑かれております。その浄化には、どうしても教会の持つ清浄なる空気が必要だったのです」


「へぇ、誤解? 誤解とは聖職者の発言とはとても思えない。いや、面白いことだと言ってもいい。アンタはヒトの生まれ持つ才すら認めない気なのか?」


「人は創造神の加護と神託しんたくがある唯一の種族。そのような悪しき種族の術などに頼らずとも、『勇者』様さえ召喚されれば人族のみで大陸の覇権を握り、魔族とて世界より駆逐くちくできましょうぞ。そのためにも、魔技はこの世界から駆逐しなければならないのです」


 一瞬、俺はオスヴィンが何を言っているかよくわからなかった。

 いや、


 俺は転生してから少なからず人々を見てきたが、まがりなりにもこの帝国の人間としてコイツの言おうとしているコトがさっぱりわからない。

 はっきり言って、狂人の戯言である。

 この世界の文明レベルがどうのとかそういう次元ではなく、コイツは明らかにイカレている。

 どう考えても、俺の『敵』にしか成り得ない。


「そうやって、自分の世界だけでモノを見ようとする。そんな『決め付け』や『偏見』が何を生むのか理解できないほど、アンタは愚かなのか、オスヴィン助祭」


「まこと異なことをおっしゃられる。予言の神託がもたらされた今、『勇者』様の光臨を待つべく土壌を整え、その時が来た暁には、我らが正統なる大義を掲げ人族の連合軍を糾合し、この大陸を統一するのです! 既に同志は、帝国の要所に任を受け赴いておりますぞ」


 その過程で異種族は皆殺し、か。

 聖堂教会にどんなカラクリがあるのか知らないが、どうやら既に『勇者』の召喚は決定事項となっているらしい。


 創造神から聞かされていない以上、『勇者』として召喚されるヤツがどの世界の人間かは知らないが、もしもその時にオスヴィンの唱える思想を持った派閥が帝国主流となっていた場合、『勇者』は最終的にその意向を受けながら動くことになるだろう。


 いくら個人の武勇があったとしても、それは国全体を動かす流れを変えることはできない。

 彼もしくは彼女は『王族』などでは決してなく、あくまでも『勇者』という特別なゲストあるいは『駒』に過ぎないのだから。


 それに、前世地球並みの人道主義を持った人間が『勇者』であっても、所詮救う相手は異世界の人間だ。

 最初はその差異に戸惑うかもしれないが、適当なところでこの世界の文化が違うなどと自分を納得させ、あとは言うとおりに動く傀儡かいらいにでもなるのがオチだろう。個人の武勇だけでなんでも解決するほど世の中は単純ではない。

 俺としては、巻き込まれた側の心境もわかるのでそれを否定するつもりはないが、そんなしょうもない連中にこの世界を引っ掻き回されるのは実に不愉快だ。


「それで? そのために、こうして使い走りとして『魔法使い狩り』をしているわけか」


「いいえ、『浄化』です! イゾルデ様は、これより神が与えし機会を得て、清浄なる人の身に戻ることができるのです! もし、イゾルデ様が結果的にその慈悲から顔を背けることになろうとも、その魂は必ずや神の御許みもといざなわれることでしょう!」


 オスヴィン助祭が熱のこもった目を輝かせ、そのセリフを完全なる〝真顔〟で言い切った瞬間、俺は外套の中で構えていたスコーピオンのセーフティを親指で弾くように前へ倒し解除。

 銃口だけ外套の隙間から覗かせると、そのまま一切の躊躇(ためら)いもなく引き金を引き絞った。


 聖なる空間である礼拝堂の静謐せいひつのみならず、辺りを包む夜の闇までも切り裂くように、軽快な空気の破裂音にも似た発砲音が連続して響き渡る。


 反動をモロに受けぬようマガジンをフォアグリップ代わりにして、腰だめに構えたため大雑把な狙いとなった。

 しかし、レートリデューサーによる発射速度の制御が補助したこともあり、.32ACP弾の連なったスコーピオンの毒針は、オスヴィン助祭の左足ふくらはぎを中心として足元から上へなぞる様に喰らいついた。


「ギャッ!!」


 オスヴィンからすれば、それは突然襲い掛かった激痛としか形容できなかったであろう。

 火薬の燃焼によって射出された鉛の弾丸が、貫通力に優れないからこそ逆にオスヴィンのふくらはぎ内部に潜り込み、暴れ回るように肉を切り裂きながら、その副産物として骨を砕いていく。


 土属性の貫通型攻撃魔法ですら味わえないような凶悪極まりない加害を受けたオスヴィンは、先ほどまでの落ち着き払った態度を一変させ、くぐもった悲鳴と共に地面に転がった。


「あちちち……」


 外套内部で舞った空薬莢やっきょうが、燃焼の熱を持ったまま腕や手に飛んできて火傷しかける。

 慌てて振り払うと、外套からパラパラと床に落ちて金属独特の乾いた音を立てた。


 外套の下に隠して撃つのは気取られなくて良いが、スコーピオンは排出された空薬莢が銃本体の真上に飛び出す構造をしており、普通に構えて撃っても頭上から降ってくることもある。

 これなら、旧東ドイツ秘密警察のシュタージみたいにアタッシェケースに入れておくべきだったと軽く後悔する。


「あー、やっぱり魔法じゃ物足りねぇわ。なんつーか、手間かかる割りに大した刺激がなくていけねぇ」


 同時に、久し振りの感覚が蘇って来る。

 銃の引き金の軽さと、腕を通して身体を突き抜ける痺れるような反動。

 そして、鉛弾程度に呆気なく踏みにじられようとしている命が目の前にある。

 そう、銃弾は貴賎きせんの区別なく平等に死を運んでくれる。


「な、なにを、したのです……!」


「アンタみたいな人間に何を言っても無駄だし、どうせ理解できない。それ以前に俺の妹を殺すと言った以上、生かしておく気はない」


 まぁ、最初から殺すつもりだったけどな、とは言外に止めておいた。


 外套の下から取り出したスコーピオンは、銃口からうっすらと立ち昇る煙以外にも、燭台の輝きを受けて鈍い黒鉄くろがねの光を放っていた。

 それは、この世界で彼らが勝手に信じた神の威光を広めるべく、そのための活動だけに邁進まいしんしてきたオスヴィンの目にはどのように映ったのだろうか。

 彼がひたすら否定しようとしてきた『魔技』と呼ぶモノとはまるで違う、異世界で発達した『科学』が造り出した、生命体を無慈悲に殺すためだけに研ぎ澄まされた凶器を。


 そして、彼は知らない。

 この凶器こそ、彼の信奉する創造神の力によりこの世界に顕現けんげんした一種の『奇跡』であることを――――


「こ、れは『魔技』ではない……?」


「面白いだろ? 魔法がなくても、いずれヒトはこれくらいはできるようになる」


 オスヴィンにも、スコーピオンが少なくとも武器の類であることは、俺の言葉と顔、そして自身に降りかかった負傷から察することができたのだろう。

 激痛による脂汗を流し、苦悶の表情を浮かべて、俺に不安と畏怖の折り交ぜられた視線を向けている。


「あぁ、安心していい。拷問は面倒だし、どうせ後で勝手に捜査される。あと、ご執心の創造神に会ったら言っておいてやる。アンタのために一生懸命空回りしながら奔走している可哀想な連中がいるとな」


「まさか……貴方は……!」


「いや、俺は『勇者』ではないよ。そうではないとこの世界に来る時に


 オスヴィンの言葉を遮り、俺は本当のことを教えてやる。


 この世界で意識を持ってから今までずっとヒタ隠しにしていたことだが、死に逝くことが決まったこの男にはきっと良い冥土の土産になることだろう。


「では、どうして……。『使徒』が! 神の『使徒』が! なぜ我ら選ばれし人族を害する真似を──!」


「簡単だ。アンタらが俺の邪魔をしたからだ。そこには、ヒトも神も何も関係ない」


 床に倒れたまま、叫ぼうとするオスヴィンの言葉を静かに遮ると、俺は頭部に銃口を向ける。

 いい加減頭のイカレた人間とのお喋りにも飽きた。


「そんなバカな! 私はこんなにも――――」


 オスヴィンの言葉を最後まで聞くこともなく、俺は引き金を絞る。


 新たに連続して喰らい付いた弾丸は、オスヴィンの頭部を容易たやすく破壊。

 直前まで、神のための正義を執行しようと働き続けていた脳味噌を血とほどよく混ぜ合わせ、後頭部に開いた射出口から外へ撒き散らし、彼の息の根と耳障りなお喋りを、一瞬で、そして永久に止めてくれた。

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