第10話 夜を駆ける~中編~


 さて、夜の闇に紛れて進むことは目立たぬためには必須であるが、他者が俺を視認できないように、俺もまた夜の闇の向こうを見通すことはできない。

 それがこの先に広がる森の中ともなれば、視界は極端に悪くなり、野生動物の奇襲すらないとはいえないのだ。


 そう、夜の闇はこの世界の人間にとって、古来より最大の敵となっている。


「ま、目的地に着く前に死にたくないしな……」


 そこで、魔法が役に立つ。

 まずは熱を持たない聖属性の光の球を作り出す。

 これは余談になるが、この光の球だけでも火属性と並んで灯りの代わりになるらしい。火事の原因や、洞窟で使っても術者が謎の死を遂げたりしないため火属性の光よりもずっと人気があるらしい。

 それ以外にも、肉体を癒す効果や対闇属性及び対アンデッド属性を持っているというのだから何とも不思議な現象である。


 まぁ、地球人の俺からすれば、魔法なんていう科学に正面から中指立てている技術に突っ込んでも仕方ないので、その光球へ更に魔力を加えて性質を変えていく。


 物体が光っているということは、原理はどうあれ可視光線かしこうせんを発しているということだ。

 これは事件より前に実験していたことだが、ガラス多面体プリズムを通してみると光を分散させることができる。

 今回はそこから一歩進めて、各色調を調整させるべく光球に働きかけると特定の波長に寄らせることに成功。

 さらに続けていくと光の球は目に見えなくなるが、それは近赤外線の領域に移行し可視領域を外れたからである。


 こうして出来上がった魔法式近赤外線照射装置から放たれる光線を、前方に投射し、自分へとその反射波に反応する効果をイメージした魔法を自身にかける。

 これで俺の目がアクティヴ赤外線感知式の暗視装置になる。


 とりあえず、実際に成功させることができたので、俺はこの魔法を『蛇の目』と名付けることにした。

 無論、『蛇の目』とは言うものの、厳密には蛇はピット器官を使って獲物の熱を探知しているので目を使ってはおらずサーモセンサーに近いのだが、この世界に魔法として残すかもしれない以上は便宜上の名称である。

 後世で生物学者あたりにバカにされたら良いだけなのだ。


 それに、名前をつけることは魔法を使いやすくすると例の本に書いてあった。珍しくあの本が役に立った気がする。


 本当は、魔力照射の必要がないパッシヴ方式にしたかったのだが、どうにも月の光の一部をキャッチした上で網膜上で直接増幅するイメージが難しく、現時点では習得には至っていない。

 難しい方が魔力消費が少ないのだから、現実はゲームとは違って不思議なものである。


 ちなみに、こんなことをせずとも、前世における最新世代の暗視ゴーグルを『お取り寄せ』する方法もあったのだが、5歳児の頭にはやや重く大き過ぎるのと、存在自体が銃以上にオーパーツ過ぎるので後々面倒になりそうなこと、それ以上に消費魔力が『蛇の目』で想定される以上に高く、諸々の装備を召喚した後では夜の活動に支障が出ると断念せざるを得なかったのだ。


 どの道、この『蛇の目』は魔法というカテゴリにはめ込むことが出来れば、将来俺以外の人間が使うこともできるかもしれないのでよしとしよう。


「視界が制限されないのも逆に慣れないな……」


 ぼやきながら『蛇の目』で視界を確保するのと同時に、今度は『探知』の魔法を使用する。

 これは魔力を周囲に放出・照射することで、照射範囲に存在する生き物ならわずかでも保有している魔力と反応させて、その反射を捕捉する魔法らしい。

 かなりの魔力を必要とするため、高魔力保持者のみ可能とする魔法らしいが、俺からすればそれも発想の問題だ。

 限られた魔力しかないならば、魔力の放射を直線状にしてそれを360度走査そうささせれば、もう一度開始地点に来るまで空白も出来るが、ざっくり言ったら魔力消費は通常の360分の1で済むのだ。アンテナを旋回させるレーダーと同じ原理である。


 ただ、魔力に敏感な魔物や魔法使いなどには、魔力の照射を受けるため探知されていることに気付かれることもあるようだが、少なくともアンチ魔法使いの連中には逆探知される心配もないだろう。なにしろ魔法を毛嫌いしているのだから。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず、なのだがな。


 なお、この探知の主目的はイゾルデの捜索だが、同時に獣からの奇襲を避けることでもある。体毛のほとんどない人間──それも子どもとなれば肉食性の野生動物にとってはとびきりのご馳走なのだ。

 まぁ、スコーピオンを使わずとも電気系魔法でショックを与えれば追っ払えるだろうし、よく音の通る夜に加えて、火器の存在しないこの世界ではその時まで発砲音を響かせたくはない。


 腰を落とし、俺は夜の道を駆け出す。

 そうして、山の中を歩くことおよそ1時間。

 俺は、例の存在を知られていない礼拝堂へと辿り着いた。


 途中、中型の獣と思われる反応はあったが、気付いている素振りを見せて魔力を強めに放射すると、こちらが危険な存在であると思ったのかすぐに逃げて行った。

 これが魔物であれば逆に襲い掛かってきた可能性もあるが、アウエンミュラー侯爵領には、奥深くの魔素が濃い一部領域を除いて魔物がほとんど生息していないらしく、余計なリスクを負わずに済みありがたい状況だった。


 さて、ここから先はさらに慎重な行動が求められる。

 すぐさま匍匐前進ほふくぜんしんに切り替え、スリングのスコーピオンを誤動作させないよう背中に回すと、闇に同化するように音を立てずに地面を這っていく。

 まるでイモムシだ。


 声を出すわけにもいかないので内心でぼやきながら、俺は教会までのわずかな距離をじりじりと詰める。

 幸いにして、外に見張りと思われる人の気配はない。

 見たところ、廃棄されたのはわりと最近のようで、元々が石造り中心であったことを除いても建物の荒れ具合はかなり少ないと言えた。

 おそらく、存在を知る一部の者により手入れがされていたのだろう。……今回のような時に使うために。


 建物自体は、なだらかな山の斜面に作られており、湿度などによる腐食を防ぎメンテナンスを簡易にさせようとしたか、床を少し高くして建てられていた。

 その気になれば、成人男性でも床下にもぐり込むことが出来そうで、ガキの俺には楽勝だろう。


 だが、それまでだ。

 残念ながら、今回用意したスコーピオンの.32ACP弾では、床材を貫通してあのクソ助祭に致命傷となる鉛弾を余すことなく叩き込むことはできない。

 そんな無茶な手段をとるなら、せめて5.56㎜弾を使用するクラスのライフルが必要だが、残念ながら今の俺にはまともに扱えない。

 結局、遮蔽物しゃへいぶつなしの間近から放たれる咆吼ほうこうだけが、あのクソ野郎の息の根を止めることができるのだ。


 足音を立てぬようゆっくりと入り口に向かい、俺は少しずつ木製の扉に体重を預けるように張り付き、目出し帽を脱いで『探知』の魔法を発動させる。

 こうして密着させないで使用すると、遮蔽物しゃへいぶつに魔力を吸収されて弾かれるため、建物の中を正確に探知することはできない。

 まぁ、森の中などで遮蔽物や建物などを発見する際には便利だけどな。


 扉越しではあるが、『探知』に込める魔力を多めにしたせいで効果は発揮された。

 入ってすぐの礼拝堂。ここに反応はひとつある。

 魔力を感じないので、コレが犯人の助祭であろう。

 そして、人質パッケージであるイゾルデの魔力と思われる大きめの魔力反応は、礼拝堂から少し離れた場所から感じられる。

 何処かの部屋に閉じ込められているようだ。


 少し念入りに『探知』をかけてみたが、他に人間のいる反応らしきものはない。

 ふーむ、敵はひとりだけということか。


 そこで俺は覚悟を決める。

 悩んでいても仕方がないし、他に気付かれない進入路もないのだ。

 ヘタに逃げ道を塞がれるよりも、こちらが先手を打って正面から入っていくしかあるまい。


 ギィ……と軋む音を立てて、俺は正面の重厚な扉をゆっくりと開けて中に入る。


 礼拝堂の中は、蝋燭ろうそくによって灯りがともされていた。

 中央奥に位置する御子像を中心に、この部屋の中で最も華美と言える祭壇が作り上げられ、訪れた者が座るベンチも少ないながら設えられている。

 このような場所にあるにしては、なかなかに荘厳そうごんな空気を作り上げていた。


 俺の想像が間違っていなければ、ココは帝国における異端者の拠点のひとつになっているのだろう。

 廃棄され使われなくなった礼拝堂が、何の支援もなく中身だけでも比較的綺麗に整えられているはずもない。協力者や支援者がいるのは間違いないだろう。


 そして、それらについては、今俺の視線の先で祈りを捧げている男が知っているはずだ。


「おや、忘れ物かね? いくらなんでも戻ってくるのが早過ぎやしないか」


「いいや、かわいい妹を引き取りに来たんだ」

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