第178話 邪魔するヤツは指先ひとつで~後編~
未だ殺気を放出しているティアは、返事代わりに目だけを動かして声のする方へと視線を向ける。
「おっと、あまり怖い目で見ないでくれないかな」
そう答えたのは、薄い皮のインナーの上から比較的軽装ともいえる金属鎧を着た男だった。
向けられているはずの殺気に怯んだ様子もなく、木の床を小さく軋ませながらティアへ向かって歩み寄ってくる。
「そいつらのしでかしたアホなことが原因だってのはわかってるが、一応俺たちは肩を並べて戦う傭兵同士なんだ。ひと戦始まる前から怪我して退場ってのは、あまりにも無体な話だよ」
軽薄な――――というよりはどこか困ったよう笑みと、それでいて場を落ち着かせようと控えめな喋り方をする若い栗毛色の髪の男だった。
あまり人のことは言えないかもしれないが、整ったと形容できる容貌に傭兵らしからぬ人懐っこい雰囲気を漂わせている。
好感を抱くとまではいかないが、嫌味のない感じだ。
もしかすると、この男も貴族の出なのだろうか。
事実、身に纏う鎧は、それなりに使い込まれた感こそあるがくたびれてはおらず、良い鉄を使っているように見受けられし、腰に吊るされている剣も同様で、装飾は控えめだが鋳込みの数打物ではなさそうだ。
そして、それらが単なるこけおどしではないことを示すように、こちらへと向かう足の運びは実に穏やかであった。
肩の上下もその幅が小さいことから、何か剣術の類を修めている可能性がある。
――――おっと、折角の好機だった。まずはティアを止めなくては。
「ティア、もういいだろう。これ以上やっても意味がない。誰も得をしないぞ」
「……
慌てて挟んだ俺の言葉を受けたティアが殺気を鎮めたことで、幾分か場の雰囲気が弛緩する。
どうなることかを見守っていた外野と、こちらが折れない限り引くに引けなくなりつつあった傭兵たちからは、安堵の溜め息まで聞こえてくるほどだった。
……山場は越えた、かな?
「少しばかり騒ぐことにはなっちゃったけど、これで終わりとしとこうじゃない。お役人も心強い人材が確保できてよかったでしょ。ねぇ?」
「ん? あ、あぁ。そうだ、な……。こ、これで傭兵の登録受付は終了とする。登録した者たちは、明日より我軍とともに北方の国境へと向けて進軍することになる。貴殿らは既に王国の指揮下に入ったも同然。今晩は十分に英気を養っておくように」
いきなり話を振られて狼狽えかけた役人だったが、そこは経験のなせる業とでもいうのか、すぐに事態を収束させる方向へと流れを変えていく。
事なかれ主義の極みだが、今の俺たちにとってはベストな流れだった。
そのまま場が解散となったことで、もはやこの場に用のなくなった傭兵たちは次々に建物から出て行く。
俺たちと揉めた傭兵団も、これ以上こちらと関わりあいにはなりたくなかったのか、気絶した男を二人がかりで担いでそそくさと退散していった。
去り際に、変に恨みがましい視線が向けられたりしなかったので、後ろ弾をカマされる心配はそれほどないだろう。
さすがにこの展開は読めなかったようだが、それでも明日から戦う獣人との戦力を自分で減らそうとするほどバカではないようだ。
「やぁ、さっきは大変だったね」
周囲の傭兵たちがいなくなるのを待っていたのだろうか。
再び栗毛の男が俺たちのところへと近付いてくる。
「……アンタか。さっきは助かった、礼を言う」
「いきなりの戦力アピールとは正直恐れ入ったよ。報酬が増えるわけでもあるまいし」
戦力アピールとは言い得て妙だった。
たしかに、結果から見れば、場にいた全員が少なくとも俺たちの中にひとりだけ規格外の戦力を持った人間がいることを知ったのだから、そういう評価にもなろうものだ。
あの連中はそうでなくとも、今回の戦で功績を上げようとしている傭兵団からすれば要注意扱いになったかもしれない。
「不用意に目立ち過ぎたかもな。だが、あいにくと舐められるのが好きなヤツは身内にはいないものでね。一人当たりの報酬の底上げをしてしまうところだった」
男の冗談めかした言葉に、こちらもつられるように軽口を返す。
そんな中でも、俺の目が笑っていないことに気づいたのだろう、少しだけ男の笑顔が引きつっていた。
「お、おたくら見た感じ冒険者上がりなんだろう? 慣れないところで、傭兵相手におっかないことをするもんだよ」
これ以上踏み込むのはマズいと思ったのか、男は話題を変えようとしてきた。
俺もやってしまったことをいつまでも話していたいわけではないので、敢えてそれに乗っかることにする。
「そうだな、よく言われるよ。それで、何の用なんだ? わざわざ厄介そうな連中に話しかけたんだ。世間話がしたいってわけじゃないんだろう?」
「うーん、そう警戒しないでほしいなぁ。明日から同じ仲間として戦うんだ。少しくらい親睦を深めてもバチは当たらないと思ってるだけなんだぜ? それに……場を丸く収めたお礼が見える形であっても良さそうなもんだけど」
真意を訊ねるような俺の物言いを手を振って否定し、くいっと握ったジョッキを傾ける仕草をする栗毛の男。
露骨な言い回しではあったが、不思議と不快な気分にはならなかった。
「……わかった、一杯を奢ろう。たしかに、仲間なら親睦を交わすのも悪くはないだろうしな」
「そうこなくっちゃな! 近くにいい酒場があるんだ」
屈託なく笑う男に、俺はすっかり毒気を抜かれてしまうのだった。
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