第29話 セーラー服と重機関銃


「なー、修行の仕上げって言ったけど、いったいどこまで行くんだよ?」


 隣の運転席で──俺の視線からすると後ろなのだが──ハンドルを握るサダマサに話しかける俺は、『お取り寄せ』したホットのほうじ茶を飲みながら助手席の窓の外を流れていくのどかな風景に目を向けていた。


「景色でも眺めていればそのうち着くさ」


 サダマサの言葉に俺は視線をさまよわせる。


 遠く北方に広がるのは、万年雪を湛えたローライア山脈の威容と青々とした遥かな空ブルー・スカイ

 これだけであれば、中央ヨーロッパあたりに広がる風景と言っても通じたかもしれない。

 しかし、それは時折山脈方面の空を飛んでいく巨大な羽の生えたトカゲーーーー生物ワイバーンの存在が、こいつを壮大なファンタジーの風景に変えてくれる。


「ハンヴィーの音のせいでなんかテーマパークにいる気分になってくるな」


 そんな幻想感たっぷりな情景は、俺たちのすぐそばから響き渡る内燃機関エンジンの音が台無しにしていた。


 そもそもの始まりは、帝都の学園入学をひと月前に控えたある日のことであった。

 突然、思い出したようにヘルムントに何やら交渉に行ったサダマサは、親父の執務室から出てくるや否や俺に遠出をすると告げた。

 詳細は秘密とかふざけたことをぬかした上で、だ。


 そして、言われるがままにあれやこれやを『お取り寄せ』したりと準備をし、自分もついて行くとぐずるイゾルデをなんとか宥めすかして侯爵領を出発して早2日。

 まったくもって異常なことだが、すでに俺たちは侯爵領を起点として数百キロほど南西へ移動した場所にいた。

 それもそのはずであった。


「あと少しだ。そうボヤくな。馬車なら最低でも2週間はかかるんだぞ。それに、この手の車両は慣れているんじゃないのか」


 そう、俺たちが乗っているのは馬車ではない。

 ロクに整備されていない土剥き出しの街道を、AMゼネラル社製の『HMMWVハンヴィー』、前世日本では民生用の『ハマー』の名がよく知られていたが、今回はその改良型である増加装甲取り付け可能なM1151が砂埃を巻き上げて走っているのだ。


 内燃機関など存在しないこの世界の一般的な移動手段が、ファンタジーの例に漏れず馬がメインであることを考えると、ハンヴィーは比較にならない程に速いトンデモ移動方法にはなる。

 だが、それにしたって自衛軍仕様のハンヴィーでは乗り心地が良いわけではなく尻や腰に負担がかかる。

 長距離運転手のおっちゃんだってエコノミークラス症候群でエラい目に遭うこともあるというのに。


「元軍人だからって軍用車両をプライベートで使いたいとは思わないけどな」


 本当は、燃費と快適さ重視で民生用のSUVにしたかった。

 しかし、盗賊や魔物の襲撃を考えると軍用車両のほうが頑丈だし色々便利だと判断し、こうして無骨極まりないハンヴィーとなったのだ。


「お前、今までの道のりで本当に民間車輌にしとけばよかったと思うか?」


「……ちょっと不安が残るかな」


 実際のところ、この世界の治安はお察しレベルで、侯爵領を出てから今までで盗賊の襲撃を2回ほど受けた。

 まるで日替わり定食である。


 ケンカを売る相手を間違えた不幸極まりない彼らには、ハンヴィー車載のブローニングM2重機関銃によって、「金目の物を置いていけ」とかしょうもない会話のやり取りをする前にさっさと大地の養分になってもらった。


 盗賊のような――――生身の人間が相手では、12.7×99㎜重機関銃弾は2㎞くらい先から喰らっても余裕で着弾部分が千切れ飛ぶ。

 強力な生物である『魔物』が生息しているこのファンタジー世界であっても明らかに過剰な攻撃能力である。


 そう考えればM240Gのような7.62㎜弾を使用した汎用機関銃でも済む話だったが、結局は車両に積載した上で遠距離から運用した際に敵を圧倒できる威力が優先された。

 並の攻撃魔法なんぞ及ばないほどに強力である点と、万が一皮膚の硬い魔物やワイバーンなどから襲撃された場合も考えると、M2に勝るものはなかったのだ。


「なら文句を言うな」


「むぅ……。装甲車でも出せれば盗賊も近寄ってこなかったかもしれないなぁ」


 俺にもっと魔力量があれば、12.7㎜重機関銃のみならず7.62㎜同軸機銃も完備、さらには105㎜戦車砲まで搭載した装輪自走砲であるM1128ストライカー機動砲システムMGSを召喚していたことだろう。


 まぁ、そうならなかったのは総合的に見て、この世界にとっては不幸中の幸いだったかもしれないと、今の俺はしみじみと思うのだった。





               ◆◆◆





「ヒャッハーッ!! いいぞいいぞ、逃げろ逃げろ!!」


 2回目の盗賊襲撃時、銃座に座ってトリガーハッピーになっていたのは、サダマサの呼んできた知己のドワーフ一門の若手ウーヴェだった。


 彼らドワーフは、火縄銃を見て以来すっかり地球の武器にハマってしまった。

 当面の開発目標はフリントロックを経ての前装式ライフル(いわゆるミニエー銃)なのだが、雷汞らいこう(二価の雷酸水銀らいさんすいぎん)を作り出すための技術的な問題さえクリアしていない現状では当面作ることはできそうにない。

 それはわかっていても20世紀以降の銃火器の動く様を見てみたいと、俺にせがんではセミオートライフルや汎用機関銃GPMGなどの近・現代銃の射撃を見学していた。


 さらに、ウーヴェは侯爵領では好き勝手にできない重火器の実弾射撃もできるとどこからか嗅ぎ付け、俺とサダマサに頼み込んで一門の若手代表として半ば無理矢理付いて来たのだった。

 たしかに人手はあってもよかったが、まったく無茶をしおる。


「どうしたどうしたぁっ!」


 そして、いくら豪快なドワーフとはいえ、タガが外れたように重機関銃をぶっ放すことになったのは彼にそういう倒錯した嗜好があったからではなく、純粋に酔っぱらっていたからだ。

 盗賊からの襲撃を受けるちょっと前に、酒好きで知られるドワーフの飲みっぷりを見たくなった俺が、暇つぶしもかねて『お取り寄せ』した亀の甲羅模様のウイスキーを与えてしまったのが原因だった。


 余談だが蒸留酒の作り方については、ヘルムントに素性を打ち明けた際に侯爵領へ手法を伝えてある。

 領地で収穫される大麦を使って蒸留酒を作り、それを木製の樽で貯蔵して寝かせるウイスキー作りも実践し始めていたが、まだ作り始めて2年も経っておらず、熟成用の樽に使える木材のデータも取れていないため、完成には程遠い状況ではあるが。


 俺は肉体年齢的に飲めないので味見してくれと完成品サンプルを渡すと、美味い酒だと大層喜んでグビグビと飲んでいた。

 羨ましいが、あと5年の我慢だという俺の内心での葛藤など知らぬ顔で……。


 ところが、これがいけなかった。

 揺れる車や電車での飲酒は、どういうわけか普段よりずっとアルコールが速く回る。


「死んだら罪もこっちこの世に置いて逝けるぞ! かかって来い!」


『良い盗賊は死んだ盗賊だけだ』ってコトか。ドワーフの信仰はなんとも物々しいものだ。


 まぁ、けたたましい銃声を轟かせて盗賊たちを馬ごとひき肉に変えていくウーヴェだが、酔っ払っての行動だったとはいえもしかすると盗賊に何らかの恨みでもあったのかもしれない。


 1回目の襲撃の際に、俺がM2を操作しているのを見て使い方を覚えていたらしいウーヴェは、2回目の時にはいち早く銃座に就いてM2をぶっ放し始めやがった。

 酔っ払いの照準でよくもまぁ命中弾を出せたものだが、そこは運もあったのだろう。


 そうして見事に盗賊殲滅というひと暴れをしたウーヴェは、アルコールが回ったのもあって満足したのか、後で鋳潰して使うという真鍮しんちゅうの空薬莢をひと通り集めると、後部座席にひっくり返ってイビキをかいて寝始めやがったのだ。

 のんきなものである。


 だが、そんな大立ち回りに呆れる以上に、俺は機械に対するドワーフの順応性の高さに改めて驚かされていた。

 戦神を信仰するドワーフは、身長こそ高くても150㎝程度しかないが、男性体では筋骨隆々の鋼の肉体と呼んでも過言ではない身体を、女性体では子どもっぽい外見だが他種族と比べると遥かに強い筋力を遺伝子に刻み込んで持っており、戦でも特に男性体はパワー系の戦士として名を遺したりもしている。


 ところが、そんな外見とは裏腹に、同じ人類で比較しても突出して優れた金属加工技術と器用な手先も有しており、武器の製造も得意である。

 実際、ドワーフの名工が作り出した剣などの武器は高値で取引されることもザラだ。


 だから俺は、鍛え抜かれた肉体で使用するための武器を作るドワーフは、遠距離から一方的に敵を殺傷することのできる銃に拒否反応を示すのではないかと思っていた。


 しかし、それは大きな間違いであった。


 細かい理屈とかが苦手なドワーフの代わりにそれっぽく言うと、彼らにとって肉体はあくまで強力な武器を鍛えるための道具ツールに過ぎず、金属加工技術も新しい何かを作り出したいという創造心と知的好奇心を満たすためのものでしかなかったのだ。


 それがゆえに、地球の科学の産物である火縄銃を紹介した時、まさしく“化学反応”が起きた。


 彼らにとって、銃は忌むべきものでもなんでもなく、作り甲斐がありそうな未知の武器としか映らなかった。

 しかも「要は弓矢の進化形だろ?」とさらっと流されたくらいだ。


 その反応を目の当たりにした時、やっぱり種族の持つ特性を活かして相乗効果を発揮できないこの世界は閉塞感に包まれていると思った。

 それと同時に、利用できるものは全部利用して、どうにか発展させてやろうじゃねぇかとも。




                ◆◆◆




「あのなぁ、クリス……。装甲車なんか出してどうする? 機関砲で地面でも耕すつもりか?」


 回想に没頭していた俺の意識をサダマサの言葉が引き戻した。


「快適な旅じゃないんだ、文句のひとつも出るだろ。キャビンアテンダントが欲しいとは言わないが、盗賊の歓迎委員会はもう飽きちまった。ウーヴェまで暴れ出しやがったしな。……今は寝てるけど」


 一瞬後部座席を振り向くも、ウーヴェは空になった酒瓶を抱えて眠りこけていた。幸せそうな顔をしやがって。


「いや、ウーヴェが暴れたのは確実にクリスのせいだと思うが」


「ありゃ事故だよ事故。あんなピンポイントで酒癖が悪いなんて普通は思わないだろ? あー、でも暇だわ。なんか面白いネタない?」


 まぁ、無理にウーヴェを起こしてもあれこれと興味を持ったことを聞かれるだけだし、万が一リバースなんかされたらたまらないので、放置して俺は外の風景を眺める作業に戻る。


「面白いネタか……。まぁ、今日中には着くはずからネタもあるだろう、《竜峰アルデルート》にはな」


「ぶばっ!?」

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