第30話 会いに行くよ、ハンヴィーに乗って


 予想外の答えを喰らって、俺は思わず口に含んでいたほうじ茶を噴き出してしまう。


 窓の外を向いていたからよかったものの、一歩間違えれば車内にぶちまけていたかもしれない。

 爆弾発言をカマした当の本人であるサダマサは、「きたないなぁ……」などと顔をしかめて言っていたが、少なくとも俺にとってはそれほどの衝撃を与える内容だったのだ。


 《竜峰》アルデルート。この世界に来て日の浅い俺でさえ、そこがどんな場所であるかは知っている。


 先ほどから、山脈方面を悠然と飛んでいる姿を見かけるワイバーンをはじめとした様々な竜族の住む、別名 《世界の柱》とも呼ばれる巨大な山である。

 いつの間にかドラゴン(の親玉)を倒すことが目的じゃなくなった某RPGのタイトルにも付いているように、ファンタジー系コンテンツのお約束でもあるドラゴン。

 この世界における『この世で一番ヤバいヤツ! ランキング』を作っても、彼らは余裕で種族レベルの上位にランクインしてくる生物だ。


 だから、たまに人を襲うこともあるワイバーン以外は、よほどの事情でもない限りは触れないでおくのが、この世界で長生きするための基本常識なのである。

 まさしく触れ得ざるモノアンタッチャブルだ。


「ちょ、おまっ! そこがどんな場所だかわかってて言ってるんだよなぁ!?」


 俺が言いたいのは、別に低位竜であるワイバーンや中位の属性竜を危険視してのことではない。

 ソイツらが決して脅威にならないとは言わないが、そんな一般的に凶悪とされる連中が霞むほどの存在がこの世界には存在している。


《神魔竜》――――。

 その物々しい名前の通り、ドラゴンという種族の中でもさらにブッチギリで規格外れの存在として扱われている最上位種である。

 まぁ、ここまで言ったらもうわかるだろうが、アルデルートはその《神魔竜》が生息する唯一の場所として知られていたりする。


 ちなみに、この《神魔竜》、暴れると大体歴史が動く。

 マジギレすると国がブレスで焼き尽くされてほろぶか、何らかの超高位魔法で陸地の地形が変わるとかそういう天変地異を起こす超迷惑な存在と伝えられている。

 アレだ。ゾンビなど比較にもならない生物災害バイオハザードだ。


「当たり前だ。何が悲しくて目的もなく、貴重な時間を使ってこんな西の辺境まで出張って来なきゃならんのだ。キャンプに出かけるなんて言っていないだろう」


 いや、目的があっても来るような場所じゃねぇよ、普通は。


 俺は反射的に出そうになる言葉を飲み込む。


 なにしろ、超個人的な理由で俺の中で気に入らない位置づけにいる、『勇者』というこの世界の歴史に名を遺す存在でさえ、《神魔竜》を討伐した者は有史上ひとりもいない。

 せいぜい、その一つ二つ下のランクにいる高位魔竜を何とか倒して英雄扱いされるようなレベルだ。


 いくらこの世界でどうにかこうにかのし上がっていこうと企んでいる俺だって、アルデルートへ行こうとするのは、前世基準で言ったら戦艦大和の46㎝砲の真ん前、あるいは着弾地点のど真ん中で全裸阿波踊りするくらいヤバいことだとは即座に理解できる。

 人間の規格からちょっとはみ出したくらいで調子に乗るほどバカではない。

 で、結局のところ俺が言いたいのは、そんなRPGで倒すのが無茶な隠しボス的な存在と俺にいったい何の関係があるのだろうか、ということだ。


 ……いや、なんとなくわかってはいる。

 だが、少なくとも自分の中では認めたくないのだ。


「……一応訊くけどさ、何しに行くのよ?」


「そりゃ修行の仕上げだしな。《神魔竜》相手の腕試しだよ、


「…………」


 俺が言葉を失ったことで一瞬、妙な沈黙が車内を支配する。


 聞こえるのはエンジンの音とタイヤが地面を蹴る音。それにウーヴェの暢気なイビキだけだ。


「なるほどなるほど。……いや、サダマサさんの言っている意味がさっぱりわからないんですがね」


「お前、神魔竜、戦う。OK?」


「蛮族相手に諭すみたいに言うな!」


「難しい言い回しをし過ぎたかと思ってな」


「あのねぇ? 俺、まだ10歳にもなってませんヨ? 第2次性徴期もまだですヨ? 具体的には、毛も生え揃わない無垢なボディですヨ? なんで「仮免取れたから、今日から路上教習やりますよ~」みたいな気軽さで言ってるわけ?」


「ふむ、仮免というのは言い得て妙だな」


 そこで変な納得を入れるんじゃねぇよ。


「なぁ、人類圏の勢力図を塗り替えるのに『神魔竜』って、倒したりしなきゃいけないもんなのか?」


 考えてみれば、竜王とかはRPGのボスキャラだったりする。要するに魔族のお仲間扱いだ。

 だから、世界に覇を唱える『神魔竜』をぶっ殺すのが、俺の最終的な目的にもつながるというのであれば、100万歩譲って理解できないこともない。


「そうだなぁ……。ヤツらにとっては人と魔族のどうこうなんてのに関心はまるでないだろうな」


 あるぇー?

 実は魔族との繋がりがあるとかそういうヤツじゃないわけ?


「じゃあ、なんでそんな火薬庫で花火セットに一斉点火するようなことするんだよぉぉぉっ!!」


 なんとか理由をつけて自分を納得させようとしていたところに、ぶっちゃけた話を神妙そうな顔をしたサダマサにぶっこまれてさすがに叫んでしまう。

 確かにこの男、たまに天然じみた行動をすることがある。


 だが、そのタイミングは今じゃない。今じゃないだろう?


「あー、ヤツらが関心を持っているのは自分を打倒し得る存在だけだ。強過ぎるから倒されたい願望があるヤツ。ある意味、真性にして最強のドMだな」


「んな連中、世界のために放っておけよ!! 放置プレイでいいだろ!! ドMなんだからぁっ!!」


 残念ながら、俺は巨大な──いや、サイズは関係ないが、見た目まんま爬虫類の生物に欲情できるような高等な性癖を持ち合わせていない。車とドラゴンの組み合わせとかまったく知りません。

 ドラゴンが知性体だからといっても、別に言葉を交わす以上のコミュニケーションを求めているわけではないのだ。少なくとも俺は。


「そうもいかない。以前、ひとりで挑みに行った時、イロイロあって『弟子ができたら連れて来てやる』と約束しているからな。長い間放置しておくとは退屈しのぎに国でも滅ぼしかねん」


 人類の存亡にかかわりそうな約束、勝手にしてんじゃねぇぇぇぇぇっ!!


 もう一度叫ぼうとするも、あまりの衝撃にパクパクと口は動くも肝心の言葉になってくれない。

 てか、なんでこの男は、ゴブリンとか亜人との交戦経験がないくせに、いきなりラスボスクラスの敵とやり合っちゃっているんですかね⁉


 しかも、遊びに行った時に約束しちゃったみたいな気軽さで言ってるし。どう考えてもそこで行われたことは、観測者がいれば歴史に残っちゃいそうなヤツだろ。怪獣大決戦とか。そんなのは映画でやれよ。

 人のこと戦争狂ウォーモンガーかなんかみたいに言ってくれていたのに、すでにサダマサ自身が冥府魔道を歩む者になっているんだが。


「そんなのお前がどうにかしろよ……」


「何を言っているんだ、この世界をどうにかするんだろ? それなら個人の武力がないとイザという時の切り札にもならんぞ」


 それはどう考えても、今の時点でやらなきゃいけないことじゃないだろう!


「ていうか、俺の技量で『神魔竜』なんか、相手にできるか! 中位竜だって斬ったことないんだぞ!」


「べつに剣技だけなんてことはないぞ。お前の持つ力の最大限のモノを駆使して、『神魔竜』に認められればいいだけだ。


 いや、待て待て。慌てるな。まだ慌てるような時間じゃない。


 そう自分に言い聞かせ、俺は何とか呼吸を落ち着かせてから脳にしっかり酸素を供給させる。

 それから、とりあえず何か言ってやろうと、ほうじ茶を飲んで喉を潤わせるが、すっかりぬるくなってしまっていた。


「トンチで勝ったら認めてくれるとは思えないんですが……」


「実力行使に決まってるだろ。それに、イゾルデを守ってやるんだろう?」


 ぐっ。


 一瞬、言葉に詰まってしまう。そこでイゾルデの名前を出すのはズルい。


 完膚なきまでに叩き潰さない限りは、おそらく何処までもイゾルデを狙ってくるであろう異端派。

 ヤツらをぶっ潰すためにも、俺自身の武力は欠かすことのできないファクターとなる。


 たとえ俺自身がいくらチート能力を使えても、殺されれば死んでしまう。

『お取り寄せ』できる現代兵器の威力は、この世界ではそれこそ比肩ひけんする物が少ないほどに高いが、良い面ばかりではない。

 高威力の物ほど専門知識を必要としたりと使用するための条件がキツくなってくる。


 その反面、この世界の加害手段は魔法があるせいでなまじ地球よりも多種に及び、簡単に人を殺せるものも多い。

 そんな中で確実に頼れるのは、それこそ鍛錬によって作り上げた自分自身の身体をおいて他にないのだ。


「しっかりしろよ?


 ……ったく、そうまで言われてしまったら、もう諦めて向かうしかないと思ってしまうじゃないか。


 だが、そんな言葉だぇで俺を上手く丸め込めると思ったら大間違いだ。

 ここはちゃんとした言葉を用意した上で、厳重にサダマサへ抗議しなくてはならない。


「だがな、サダマサ。俺が言いたいのはそうじゃなくて、そういうことはもっとーーーー」


 俺は姿勢を正そうとサダマサに向き直り、ガツンと言ってやろうと口を開き始めた。

 しかし、ほぼ同じタイミングで視線の端に何かを捉え、それが何であるかを理解したことによって、途中で言葉を切ることになってしまう。


「なんだ、クリス。大体言いたいことはわかっているが、ちゃんと最後まで言うもんだぞ。聞くかどうかは別にしてな」


 俺が珍しく真剣に抗議しようとしたことも相まったか、サダマサは気付いていないようで俺との会話を続けたままだ。

 ハンヴィーを使って高速で移動しており、さらに見通しの良い状態ではお得意の『気』の放出もしていなかったのだろう。


 ……いやいや、そんなことは後回しだ。


「違う違う。サダマサ、停車してくれ。馬車が襲われている。1時の方向だ」

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