第31話 キャリバー50はかく語りき


「……あぁ、コレは“パターン”入ったかもしれんなぁ」


 ハンヴィーをその場に停め、用意していた双眼鏡を覗き込む俺とサダマサ。


 レンズに映し出されたのは、馬2頭立ての馬車が盗賊らしき集団から襲撃を受けている光景だった。

 必死に逃げようとする馬車を取り囲もうと、馬に乗った男たちが15騎ほど。

 剣や槍を片手に、護衛と思しき数名の騎馬兵と剣戟けんげきを交わしている。


 彼我の距離は1㎞とちょっと。

 俺たちの進行方向を斜めに横切るように走っているが、どちらもこちらに気付いているような様子はない。


 まぁ、停車したハンヴィーは平原用に深緑の迷彩を施してあるので、遠くから見れば一体何かもわからないのだろう。


「まぁ、王道パターンってかいささかテンプレちっくではあるな」


 さすがに出来過ぎかと思うくらいのタイミングで襲撃イベントである。

 あまりに都合が良すぎる気もするが、考えてみれば俺たちも既に2回ほど盗賊から襲われているので、『侯爵家きぞくの次男坊が盗賊に襲撃されるイベント』がこの世界では普通に起きていることになる。

 日替わり定食と喩えたが、どんどんそれっぽくなってきている。何たる末法の世か。


 ちなみに、過去2回は異世界から召喚された『勇者』様が現れて助けてくれたりはしなかったので、盗賊の皆さんには世界の食料自給率を上げるため地面の栄養分になってもらいました。

 いつかそこに畑が作られれば、彼らの尊い犠牲も無駄にはならないことでしょう。


「馬車が無駄に豪勢だ。あの人数だとお忍びのつもりだったんだろうが、しっかりと紋章まで描いてある。世間知らずって言葉ではカバーできない迀濶さだな」


「貴族か……。しかし妙だな。この辺にはそれほど大きな領主もいなかったはずだが……」


 そう漏らすサダマサ。

 もし該当するような貴族を挙げるなら、それこそ昨日通り過ぎた地域の領主クラルヴァイン辺境伯くらいのものだ。

 アウエンミュラー侯爵領との位置関係は、いくつかの小さな貴族たちの領地を挟んだ西方にあり、帝国西方地域においても名の知られた有力貴族である。


 俺の記憶では、アウエンミュラー侯爵領との関係性は普通。

 交易ルートも小さなものしかなく、欲しい特産物があるわけでもないので、あまり接点がない間柄……程度の印象しかない。


「いやー、あの紋章はクラルヴァイン辺境伯のものじゃない。竜の描かれた紋章だから……王家に連なるトコだな。どっかの公爵家か? こんなところになんでいるかはともかく、ある意味大当たりだぜ」


「盗賊目線の発言だな。とても貴族とは思えやしない」


 俺の言葉にサダマサが呆れの声を漏らす。

 盗賊が身代金を要求する相手として襲っているのなら、それはもう大成功の部類である。実に運が良い。


「分析だよ、分析」


 実際、そんな大貴族が、こんな《竜峰》に近く物騒極まりない場所をウロウロしているのはあまりにも不自然だ。


 かといって、紋章の偽造というのも考えにくい。

 貴族にとっては家名を汚されることにもなるので、そんなアホは世界共通で全力で殺しにかかられる。


 そう考えると、高確率でやんごとなさそうな身分の人間がいるわけだが、それにしてもあんな状況になっている理由が謎だ。


「まぁ、バカ正直に紋章付きの馬車なんかで来たのがいかんわな」


 紋章は治安の良い場所では便宜がきいたりもするが、治安の悪い場所では一転してカモになる。

 見た感じでは、そんな考えなしな行動で盗賊に見つかり、護衛の数的にイケると思われ襲われたと考えるのが妥当か。


「それでどうする、クリス? あのままだとじきに護衛は全滅する、というかすでに全滅寸前だが」


 サダマサの言うとおり、盗賊の方が優勢だった。


 兵個々の練度はともかく、人数差がありすぎる。多勢に無勢というヤツだろう。

 護衛の兵がひとりまたひとりと討たれる度に戦力比が変わっていき、形勢はどんどん盗賊たちの方へ傾いていく。あと2分ともたず護衛は壊滅するだろう。


「あまり関わり合いになりたくないってのが本音だよ。貴族なんて基本面倒な人種しかいねぇんだ。侯爵家ウチが例外なだけだ」


 だいたい、民主主義世界にいた人間が、封建制支配階級の大多数マジョリティを構成する人種と違和感なく仲良くできる方が異常なのだ。

 できるヤツがいるとすれば適応力に優れた人間だろうか? いや、単純に深く考えないようにしているだけと思う。


「しゃーねー。やるか」


 とりあえず、俺は双眼鏡を覗き込むのを止めて、どっこいしょと漏らしつつ助手席から後部座席へ移動。

 それから、依然として眠りこけているウーヴェを容赦なく蹴り飛ばして起こしてやる。


「いてぇ!」


「起きろ寝坊助、パーティだ。給弾手をやれ。ほれ、水だ」


 アルコールはもう抜けたのか、比較的まともな返事をして目を覚ましたウーヴェに水の容器を投げつける。


「しっかり持ってろよ」


 水を飲んでウーヴェの眠そうな目がはっきりしてきたところで、俺は『お取り寄せ』した12.7㎜弾のベルトリンクがぎっしり詰まった弾薬箱を2つほど渡して銃座につく。


「意外だな。関わり合いになりたくなかったんじゃ?」


 外にいる俺によく聞こえるよう窓を開けて、ニヤついているのがわかる声色で問いかけてくるサダマサ。


「……今でもそう思ってるよ。だけど、見捨てるのも寝覚めが悪いだろ。それに、そのうちこっちに気付いて襲ってきそうだしな」


 それに少しばかり無理があるとは思いつつも、天板を軽く叩きながら俺は適当に返す。

 矢などから頭部を保護するために『お取り寄せ』しておいた88式鉄帽2型テッパチをかぶり、槓桿こうかんを勢いよく引いて初弾をブローニングM2重機関銃の薬室に送り込む。


「まぁ、M2も万能じゃねぇ。流れ弾を当てでもしたら馬車の中がスプラッターハウスになっちまう。馬車パッケージの斜め前方から接近しながら数を減らして、トドメは個人携行火器PDWでやるぞ!」


 俺がもう一度だけ大きく天板を叩きながら言うと、サダマサは返事の代わりにギアをローに入れてアクセルを踏み込む。


 低速ギアの高出力でエンジンが唸り声をあげて急加速。

 わずかなGが俺の身体にかかり、外に出ている上半身に空気の壁が風となってぶつかってくる。


「思ったんだがよ、坊。 その便利な能力で弾を召喚しっぱなしにすればいいんじゃないのか?」


 戦闘モードに意識を切り替えつつあった俺のことなどお構いなしに、ひょっこりと顔を覗かせたウーヴェが話しかけてくる。

 緊張感のないヤツめ。


 ちなみに、ウーヴェは俺の素性までは知らないが、革新技術に触れることもあるため『お取り寄せ』についてざっくりと説明してある。

 だから、たまにこうして無茶なことを言ってくるが、それもドワーフ族特有の知的好奇心の表れなのだろう。


「ためしたことはないが、たしかにそうすりゃあ弾は無制限に補充されるな」


「そんじゃあ──」


「だが無理だ。銃身が焼き付いちまう」


 ウーヴェとしてはナイスな思い付きだと思ったのだろう。

 それをあっさり俺に否定されると、しばし考え込んですぐに「あっ」という何かに思い至ったような顔をする。


 火薬の炸裂が、燃焼ガス以外に熱も生み出すことは、火縄銃の開発に携わった経験で知っているから、そこから連想して理解したのだろう。


 高威力の弾丸を高速で吐き出す機関銃に、冷却機能は備わっていない。

 強いて言えば、送風機ファンなしの空冷も同然だ。

 だから、銃身が大気によって冷やされる速度を上回って発射すると銃身加熱によって弾道が安定しなくなるし、いずれは焼損してしまう。


 そうならないよう、軍隊では寿命にかかわらず使用時には銃身を定期的に交換するようにしているし、そもそもそんな銃身が過熱するほど連続射撃をしないように射手が調整する。

 全軍突撃なんて喰らってひたすらに撃ち続ける状況は、現代戦ではそうそう起きることでないのだ。


「わかったらしっかり給弾手を務めろ。酒を飲んでる暇はやらねぇぞ」


「へいへい。雇用主には逆らえねぇや」


 ウーヴェの返事を聞きながら、俺は照準を合わせていく。

 いよいよ速度が落ちてきた馬車の後ろには、一定の間隔をあけて走っていた予備戦力と思われる連中がいた。


 護衛も壊滅し、馬車のほうも全速力を強いられていた馬が体力の限界に達し停車寸前だ。

 そんな状態にもう勝った気でいるのか、盗賊たちはまだこちらには気付いていなかった。ひどいものだ。警戒がおろそかなんてレベルじゃない。


「では、教育してやるか」


 両手でしっかりとグリップを握り、両方の親指でレバーを押し倒してブローニングM2を発射。

 短機関銃などでは到底味わえない腹に響くような重厚な発射音と共に、12.7㎜の凶悪極まりない弾丸が音速の2倍超で飛翔し、馬ごと盗賊たちの身体を文字通り破壊していく。


 密集していたため、一瞬で4体の盗賊が馬と人間の合い挽き肉になって地面に崩れ落ちていくのが見えた。

 即死か、していなくてもそのうちショック症状を起こして死ぬ負傷なのは間違いない。


「ヒーヤァ! やっぱりM2重機関銃フィフティーキャルはたまんねェなァ!」


 思わず叫ぶ悪い癖が出るが、射撃自体はちゃんと狙って行っている。


 今回は紛争地帯の国境線上で無差別射撃の真似をするわけではない。

 そのため、銃架に固定しているものの銃身をなるべく暴れさせないよう、身体能力を魔力で補いつつ弾道をコントロールする。

 5発に1発の割合で交じる曳光弾トレーサーによって、弾が飛んで行った場所がわかるため誤射の心配も不要。


 なお、万が一馬車へ流れ弾をカマしてしまった場合には、この襲撃事件への加勢はなかったことにするしかない。


「おい、坊! ヤツらまだヤる気だぞ!」


 ウーヴェが俺に向かって言うように、一瞬で仲間が殺されたのを見た盗賊たちは、それまでの余裕から一転して慌ただしい気配へと変わる。


「おうおう、ただの盗賊にしちゃ根性があるな」


 視線の先ではリーダー格らしき男が後方で待機していた残存兵に弓矢を射させようとしている。

 何者かはわからないが脅威度の高そうなこちらを先に何とかしようと決めたようだ。


「だが、無意味だ」


 もちろん、そんなことは想定の範囲内。俺の射撃であっという間に追加の挽き肉に変えられる。

 半分近くまで味方を殺され、いよいよまずくなったかと思うも、美味しい獲物を諦めきれない盗賊たちは、逃走ではなくハンヴィーへの突撃を選んだ。


 ある意味、それは正解だった。


 残った馬をすべて使い潰すつもりで正面からぶつかり合えば、ハンヴィーとて無事では済まない。

 運が良ければ転倒、そうでなくとも自走不能にまでは追い込める可能性は決して低くなかった。


 しかし、そんな戦い方を盗賊たちは知らない。

 こちらもある意味では騎兵なのだが、彼らの常識ではこんな戦い自体想定にないのだ。


 彼らの動きを見るに、両サイドから回り込んで剣で斬ったり槍で突き刺せば良いと思っているのだろう。

 この文明水準の世界では馬はとても高価な存在だ。貴重な移動手段であり、戦で活躍する兵器でもある。


 盗賊にとっては、短時間で略奪と逃走を完遂させるための足となり、商売道具として欠かせないものとなる。

 連中はそれを失うことを惜しんでしまった。

 致命的なミスである。


 まぁ、そうは言ったものの、M2の破壊力にビビって逃げようとしなかった時点でコイツらの運命は決まっていた。


 きっと獲物を見付けた時が、彼らの人生における絶頂期だったのだろう。

 残念ながら、幸運の女神は前髪しか存在しない。


「オーケー、俺の代わりに戦神に祈ってやれウーヴェ。向こうから近寄ってきてくれた。仕上げはPDWでやる」


 指示を飛ばしながらあらかじめハンヴィーに積んでおいた、俺の愛用火器であるMP7A1を取り出す。


 セレクターをフルオートに合わせ、ストックを肩に当てる。

 ドットサイトを覗き込み、左から来る連中に向けて迷うことなく銃弾を叩き込んでいく。

 弓兵のいなくなった時点で、こちらが一方的に攻撃できる展開になっており、両サイドから攻めて来ていてもハンヴィーの加速で接触のタイミングをズラしてやることもできるため、焦って射撃をする必要もなくなっていた。


 教本に載せられるくらい規則正しいリズムで引き金を絞り、指で発射の感覚を調整しながら、先頭を走る馬の足元から舐めるように銃弾を撃ち込んでいく。

 わざわざ人を狙う必要などない。


 そう、馬は足が弱い。

 まぁ、銃弾で撃たれるのだから強いも弱いもないのだが、1本でも足をやられると数百㎏にも及ぶ体重を支えきれずに転倒する。


 さて、ココで問題です。転倒した馬の後ろには何があるでしょうか? 


「うへぇ、エゲツねぇ……」


 正解は後続の馬でした。


 ウーヴェが顔をしかめたのは、直後に転がり落ちた盗賊――――それもリーダー格の男が、後続の馬に運悪く頭を踏み潰されて即死する様を見てしまったからだ。


 だが、それは始まりに過ぎない。

 それだけならまだ盗賊たちにとっては不幸な事故程度で済んだが、後続の馬の前には前を走っていた馬の身体が障害物となって現れている。


「クラッシュ!」


 俺は短く叫ぶ。


 速度がのった勢いを止めることができずに、後続の馬が次々に倒れた馬にぶつかっていく。


 騎兵と騎兵のぶつかり合いよりはマシだったのだろうが、それでも時速数十キロにまで加速された重量物の衝突で生まれる衝撃は並のものではない。

 馬は転倒、乗っていた盗賊は勢いよく前方に放り出され地面に叩き付けられていく。


 首から落ちた者はそのまま頸椎けいついが折れて即死。

 四肢から地面に触れた場合は変な方向に曲がっていたり、折れた骨が皮膚を突き破る開放骨折を起こしてしまっている。


 見てわかる範囲でそれなのだから、肋骨などのわからない範囲にまでダメージを受けているヤツはもっと多いハズだ。

 コイツらもトドメは刺さずとも先ほどの連中同様、放っておいてもそのうち死ぬか魔物のエサになることだろう。


「バケモンだ! に、逃げるぞ!」


 残っていた右側の集団にいたひとりが叫ぶ。

 すると、突撃を仕掛けてこようとした勢いのまま、盗賊たちは転進して逃げ出そうとする。

 そんな盗賊たちの様子を見て、サダマサは一旦ハンヴィーを停車させる。


 おいおい、4人にまで減ってようやく退却かよ。判断が遅すぎるだろ。


 逃げるという判断は決して悪くないが、相手が悪すぎることに気付いていないらしい。

 もしくはそんなことを考える余裕がないほど必死になっているからか。


 個人的な恨みはない。

 だが、人しか襲わない無産市民以下の存在は害悪なのできっちり後顧の憂いを断っておく。


「では、さようなら」


 射線上に余計な物がないことを確認すると、再びM2を構え残りの弾帯を撃ち尽くす勢いで射撃を開始する。

 狙って撃てば当たるかもしれない有効射程で2㎞、とりあえず殺せる威力のまま飛んでいく最大射程なら7㎞近い対物用アンチマテリアルの重機関銃弾だ。

 こんな開けた平原では身を隠す遮蔽物もなく、逃げる盗賊たちを背後から容赦なく吹き飛ばしていった。


 例の馬車以外にまともに動くモノがなくなったのを確認して、俺はウーヴェに弾薬を交換するように指示を出して助手席に戻る。


「さてさて、どんな世間知らずが乗っているのやら」


 どうにも面倒でならない。

 溜め息とともにつぶやいた俺の声は、加速を始めたエンジンの唸り声に掻き消されていった。

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