第66話 ファンタジー殺伐社会


「あー、しんどかった……」


「うん、わたしも疲れた……。クリスの言葉遣いを注意する気力もないくらい」


 帝都にある冒険者ギルド本部の建物を出た俺たちは、遠慮なく大きな息を吐き出す。ふたり揃って心身ともに疲れ切っていた。


 あれからずいぶんと時間を使わされた。


「事情聴取にしてもやり過ぎだよ……」


「そうね。でも、あれで少しくらいは身分に配慮されてると思うわ……」


 俺たちにとっては想定内だったとはいえ、帝都のお膝元にあった古いダンジョンを踏破した報せは、瞬く間に冒険者ギルド内を駆け巡った。

 誰がやっても騒ぎにはなったと思うが、それを成し遂げたのが本来大穴扱いの『迷宮騎士』と判明したため、当然のように上へ下への大騒ぎに発展した。


「あれでぇ? 俺はてっきり犯罪者への取り調べかと思ったぜ」


「そう言わないで上げて。本来は十人近い集団で踏破するものだから……。そのぶん質問も5倍になったんだと思うわ……」


 冒険者ギルドは、帝国という人類有数の国家の中にあっても、腕っぷしを持ちながらも社会的権力を持っていない連中の受け皿として、封建社会の中に存在しながらかなりの独立性を確保している。

 さすがに、そこは帝国側も利害が一致しているため黙認していた。


 俺やベアトリクスが大身貴族の身内であろうがそこは関係なく、表向きは他とほとんど同じ扱いを受ける。


「ありゃ、事情説明が欲しかったんじゃなくて、さっさと隔離して火消をしたかったんだろうぜ。じゃなきゃあんなド迫力のボスが出て来るもんかよ」


 人目をはばかるようにギルド帝国本部に移動させられた俺たちはギルドマスターと面談させられる羽目になった。


「ちょっとクリス。ああ見えてもこれまでの功績で男爵に叙爵されているはずよ。そんなこと言っちゃダメ」


 俺を窘めているつもりだろうが、「ああ見えて」のあたりでまったくそう思っていないことがバレバレですよベアトリクスさん。


「そうかもしれんけど……。どう見てもおまえがダンジョンに潜った方が早いだろって言ってやりたかった」


「それは絶対ダメ!」


 凶相・巨漢の元冒険者に、幹部まで集まって来て事細かに聴取を受けた。

 ダンジョンの下層に何があったとか守護者はどんなヤツだとか説明することで、ようやく事態を収拾できた。


 公爵家と侯爵家の人間相手に居丈高な振舞いをするようなアホはおらず、それなりに配慮しているという姿勢は感じられたが、窮屈な思いに変わりはなかった。


「しっかし、働いた割にはなんだか別の部分で疲れちまったよ」


 自分の足元ながら疲労感からか足取りも芳しくない。やり場のない気持ちを処理するかのようにボヤきが口から勝手に漏れ出てくる。


「貸しくらいに思えばいいのよ。今回の件は他に目撃者もいないし、踏破されたとわからないよう緘口令が敷かれるはず。そこは騒がれたくないでしょうし」


 完全になかったことにしてしまうのは不可能だ。

 現場からの反発も考えるとリスキーなため、功績自体はちゃんと帝国の上層部に報告されるが、俺たちは堂々と『古き迷宮踏破』のステータスを名乗れなくなる。

 とはいえ、それも考えてみれば納得のできる話ではあった。


「……釈然としないけれど、自分たちの領分を侵されたくないのでしょうね」


 先ほどまでの自分の行動を考えるとベアトリクスの言わんとするところも理解できた。

 結局のところ、帝国階級制度が抱える問題からの政治的判断なのだ。

 俺たちにその気がなくとも、『迷宮騎士』が高難易度と目されるダンジョンを踏破したとなれば、少なからぬ波紋として広がってしまう。

 ただでさえ、正気を疑うような特権意識に染まった厄介な連中の多い『迷宮騎士』が、それを追い風として更なる特例措置を求めないとも限らない。


「迷宮騎士にデカいツラされたくない、か。俺も平民だったらそう思ったろうな」


 腕っぷし一本で生きている平民サイドからすればたまったものではない。

 彼らからすれば、これ以上冒険者の領域において貴族に余計な発言力を与えてメシの種を奪われたくないのだ。


 前世の地球――それもイギリスのように、21世紀になっても階級制度が残されていながら、それぞれが自分の階級に誇りを持ち他の階級への野心を持たない社会……というには、残念ながらこの世界はまだまだ未成熟と言えた。


「帝国側もそこは大事にしたくないと譲歩してくると確信してたかもね」


「いや、案外既に了承を得ていたんじゃないか? 途中、不自然な待ち時間があっただろう? 宮廷に問い合わせくらいはしてそうだ」


「抜け目ないわね……」


「それくらいの腹芸ができなきゃ、貴族を相手にしてこうも独立性は保てないだろうよ。いくら煩いと言っても、連中まるっきりのアホだけじゃない」


「それがコレってこと?」


 ベアトリクスが胸元に光るドックタグを思わせる銀色のネックレスを指先で軽く弾いた。


 ゴタゴタへの口止めと、成し遂げた功績への理解を示す意味合いもあるのだろう。

 ダンジョンで倒した魔物から回収した各種魔石と、最深部にあった魔石『ダンジョンコア』の代金としては、かなり多い、それこそ破格の報酬がこっそりと手渡されており、そればかりか俺たちは、それまでの7級冒険者から4級冒険者へ3階級特進することとなった。


「たぶんね。3階級はやり過ぎかもしれないが貴族云々を抜きにしても、俺たちを買ってくれているのかな?」


 ベアトリクスに言葉を投げると、彼女も思うところがあったのか苦笑を浮かべる。


「案外、使い勝手がいいと思って目をつけられたかもしれないわよ? 侮られてはいないかもしれないけれど、上手いことやれば利用できそうとか思われているかも」


「そういや大人の対応すると損するんだよなぁ、この世界」


 またしてもため息が漏れる。


「冒険者ランクにしても、帝国執政府側に恩を着せるポーズもあるんでしょう。冒険者のランクは、爵位とは違って気前よく与えて困るものではないもの。今回の昇級に至っては、実質銀板2枚みたいなものだから」


「そう聞くとケチ臭く感じて来たな。級だけならあくまで名誉的な意味合いの方が強い。なんだか安く見られているようで釈然としないな」


「普通は喜ぶからね……」


 ベアトリクスは苦い笑みを浮かべた。


 冒険者と言ってもその中身はかなり漠然としている。

 迷宮探索を専門とする者以外にも、商隊の護衛など様々な依頼を請け負う『何でも屋』的な側面がある。

 依頼によってはある程度の力量が必要になるため、各冒険者がどの程度の実力を持ち、またどのような仕事を得意とするかで分類したランク制度が採り入れられている。これは同時に冒険者のモチベーション維持も兼ねているらしい。

 10級の『新入り』から始まり、功績を積んでいくことで最大で1級の『英雄』まで昇級できるが、3級以降は次第に人間を超える能力が求められると聞く。


 ……サダマサならその気になれば1級も取れそうな気がする。


 話が逸れた。


 身に付ける識別用のプレートも、青銅(10~8級)<銅(7~5級)<銀(4級)<金(3級)<ミスリル(2級)<オリハルコン(1級)と見ただけでわかるようになっている。

 もっとも、銅ランクまではあくまで総合力での分類なので、仮に戦闘力がからきしでも、失せもの探しで並ぶ者がいないため5級に列せられている冒険者も存在する。

 わかりやすい評価要素となる『強靭な外見』には恵まれていないため、あまり名声は得られないみたいだが。


 様々な人員が存在するため、ギルドも下手を打って損を被らないようにしている。

 外部から出された依頼を受ける場合にはギルドで本当に大丈夫か審査されるし、特殊な内容の依頼にはギルドで冒険者を選定した上で依頼する二重のチェック方式がとられている。


 フィールドでの魔物の間引きやダンジョン攻略なんかは、ギルドでは到底管理しきれない部分があるので、できるヤツができる範囲で魔石を持ってくるなりダンジョンを踏破するなりしてくれるのを待つフリー依頼とされている。

 生き残れるかわからんような下っ端は、まずは自分で何とかしろというわけだ。


 こうした背景から、大体の駆け出し冒険者は、フィールドの魔物駆除&ダンジョン上層攻略などで功績を積んで8級まで上がり、そこから各方面にバラけていく。

 優秀なヤツとそうでないヤツをふるいにかける目的もありそうだが、さすがは人権もクソも存在しない世界である。


「でも、これでギルド指定依頼なんかもくるのではなくて? チャンスも増えるでしょうしクリスの欲しいものに近いのでは?」


「国家資格もない世界での数少ない身分証明書だからな。でも、指定依頼に関してはやらされるって言って良さそうだな」


「というのは?」


。向こうも勝手に審査したつもりでいるんだろうよ」


 貴族とはいえガキが相手と、どうにも舐められている。少しだけ不快感を露にした溜息を吐く。

 近くに漏れていた緊張感が一瞬だけ跳ね上がるのを承知の上で。


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