第118話 お姫様の大立ち回り
「俺に?」
「その冒険者の名前は、クリス・バッドワイザー。偶然にしては似過ぎていますよね?」
一瞬、何を言われたかわからなかった。
最後の最後ですっ転んだヴィルヘルミーナのセリフに拍子抜けしてしまったのだ。
そんなこちらの内心などつゆ知らず、会心の一撃を繰り出したとばかりに、それこそ「むふー」とでも言いだしそうなドヤ顔を小さく浮かべている王女サマ。
おいおい、言いがかりレベルの根拠しかないのにこんなこと言っちゃって大丈夫かよコイツ。
だが、一笑に付して終わりというものでもなく、『大森林』もそれなりに情報を持っていると匂わせることには成功していた。
確信にこそ至っていないものの、その寸前くらいまでは掴んでいるといった感じだろうか。
ヴィルヘルミーナの持つそれが中途半端だったのは、彼女の政治的な立ち位置ゆえかもしれない。
……もしくはこれさえも“彼女の背後にいる人物”の采配か。
今ある材料だけで人類圏のバランスを崩壊させかねない存在について、確証もないのにわざわざ異種族の立場から言及しているのだからよくやっているほうか。
「なるほどねぇ……」
イマイチ狙いがわからず、俺は思考の時間を稼ぐべく呟いてみる。
とはいえ、ぶっちゃけた話、ここまで執拗にはぐらかす必要はないと思っている。
そんなことをせずとも、元々ヒト族との関係が良くない『大森林』に帝国にいる『勇者』のことがバレたところで、俺個人としては大きな問題にはならないと思っている。
そりゃそうだ。
第一、その『勇者』の情報を彼らはいったいどこの友好国に対してタレこむつもりなのか。
長い間鎖国を続けてきた『大森林』に、帝国が『勇者』を擁しているといきなり吹聴して信じてくれる――――そんな酔狂さを持った国など存在しない。
あの手この手で無理にねじ込もうとしてもいいだろうが、異種族且つ今まで交易すら拒み続けてきた種族をそう簡単に信用するとは思えない。
むしろ、内部分裂を起こさせようとしていると警戒するだろう。
……んー、だからこそ『大森林』は接近してきているのか?
とはいえ、ここまで彼女なりに情報を開示してくれているのに、これ以上俺がすっとぼけ続けるのは、今後の関係に支障をきたしかねない。そろそろ押し引きのバランスを考えるべきだろうか。
「それで、どうなのですか?」
いや、どうなのって言われて、素直に答えられるわけねぇだろ。
にもかかわらず、この「お前の正体は知ってるんだ、観念しろ!」とでも言いたげな“迷探偵”感がもうね……。
オーケー、少し巻きに入ろう。コレではらちが明かない。
「違いますゥー! 人違いですゥー! …………って言ったら、お宅はそれを信じてくれるのかい?」
あまりにもアホの子丸出しだったので言い方も煽るようなものになってしまう。
「こ、言葉遊びしているつもりは――――!」
それまでの流れを完全に無視した俺の言葉は、彼女にとってあまりにも予想外のリアクションだったのだろう。
そんな合間に挟まれた冗談を受けて、ヴィルヘルミーナは言葉を詰まらせつつも、反論しようとして見せるが、バカにされたと勘違いした羞恥心からか白磁の肌を真っ赤に染め上げる。
うーん、怒っていてでも感情を表に出している顔のほうが、賢しらな顔を浮かべているよりはよっぽど可愛げがあると思う。
「こっちだって、思っていることは同じだよ。だいたい、いつまで勿体ぶっているんだ? 交流したいならしたい、そうでないならそうでないと、そこをはっきりしてもらえないとこちらも何も言えないぞ。……まぁ、ちょっと落ち着こうか。おい、ショウジ!」
こちらのセリフを挑発とでも思ったのか、激昂しかけたヴィルヘルミーナの言葉を、俺は手を掲げて遮り、ドアの外に向けて声を投げる。
「……なんですかクリスさん。呼びました?」
ややあってあらドアが開き、そこからショウジがひょっこりと顔を覗かせる。
ブリュンヒルトも内部の様子が気になったのかこっそりと隙間からこちらを見ていた。
一応ショウジは俺の方に顔を向けているものの、眼だけは完全に初めて見たエルフの美女ふたりを対空ミサイルよろしく画像追尾していた。
さらによく見れば、その追尾対象も胸の大きなエレオノーレに絞られている。
悲しい男のサガなのはわかるが、それにしたってわかりやすいヤツすぎやしないか……。
「ブレイクタイムだ。お客様にコーヒーを淹れてきてくれ」
「えぇーっ! ゆう……じゃない、人使いが荒いなぁ……」
露骨にイヤそうな顔を浮かべるショウジ。
まぁ、いくら遅刻したペナルティを課せられているとはいえ、現状完全に蚊帳の外で雑用を押し付けられているからな。
俺が命じたこととはいえ、『勇者』とはなんだったのかレベルだな、コレ。
……っていうか、おい。おまえ今なにを口走りそうになった?
『わかったわかった。淹れてきてくれたら同席してもいいから』
『もう歩哨に立たなくていいんですか! 美女エルフと戯れていいんですか! やったー!!』
少しはやる気を出させるべく、日本語に切り替えてエサをチラつかせてやると、ショウジの顔がパァッと明るくなる。
そんなにエルフが好きなのか、お前。
でも、コイツら見た目ほど性格よくねぇし、エロフ要素もなさそうなんだぞ?
『でも、一応は国賓なんだ。舐めまわすような視線送ったら殺すからな』
『信用ないじゃないすか! やだー!!』
何やら喚きながらも、俺の譲歩を受けて言葉とは裏腹に軽やかな足取りで部屋を出ていくショウジ。いくらなんでもわかりやす過ぎるだろ。
……さて、それじゃ戻ってくるまでにもうちょっと話を進めておくとするか。
「……失礼、話を戻そうか。それで、こうしてのらりくらりと交渉を続けるのも結構だが、お姫様がこんな場でまでアレコレしなきゃいけないほど、『大森林』はなりふり構っていられなくなっているのか?」
牽制もかねて尋ねつつ、俺は切り出す。これはこちらから攻めないとダメだ。
実際のところ、現状脳内で導き出される結論を数個シミュレートしたところ、結局どの選択肢でも円満に解決するためには帝国が動くしかないというモノばかりだった。
頭痛を覚えた俺はこめかみに人差し指をあてる。
「それは、こちらが述べた諸々の推論が、間違っていないということでよろしいのでしょうか?」
少し軟化したように見える俺の反応に食い付いたのか、少しだけ身を乗り出してきたヴィルヘルミーナ。
結論を急かしてくるが、俺はそのプレッシャーを受けつつも言葉にはしない。
コイツはまだこんなことを言っているのか。
もう少し探偵気取りの喋り方はどうにかならないもんだろうか。
「間違うも何も……。だいたい、殿下は話す相手を間違えちゃいないですかね? 『勇者』がどうとか小難しいことを俺は知らないが、『大森林』と帝国との間に相互不可侵条約でも結びたいのなら、それは学生の俺じゃなく――――」
そこまで言って俺は気が付いた。
何のために今現在『大森林』使節団のトップが宮廷に出向いているのかを。
『大森林』が今回、帝国に使節団を派遣するという前代未聞の行動に出たのは、軍事力を増強させつつある帝国が『大森林』――――この場合は過激派からの軍事的挑発を受ける前に帝室と不可侵条約を結びたいからだ。
そんな最後のチャンスとも言えるタイミングでテロ紛いの事件が起きた。
ここで使節団がヘタな対応をすれば、その時点で交渉はパァ。
それどころか最悪戦争だ。
だが、ひとたび事件が起きて、使節団はまともに動くことができるだろうか。
「そうか、あなたはもしもの時の対応を任されているのか……」
これはあくまでも推論に過ぎない。
だが、ヴィルヘルミーナの浮かべる表情が雄弁に物語っていた。
「ええ、わたくしも至らぬ身ではありますが、決して伊達や酔狂でここに座してはいないつもりです」
彼女は外交ルートで現在繰り広げられている交渉とは別で、『大森林』内部で起きている何か、それを解決するために協力を帝室派に要請――――つまり帝国穏健派との接触をしたいのではなかろうか。
本来であれば、相互不可侵条約を結びつつ、何らかの外交的譲歩をカードとしてもう少し穏便に進めるつもりだったのが、使節団に潜んだ強硬派か何かの暴走でこのように思い切った決断をしなくてはいけなくなった――――そう考えるのが妥当だ。
であれば、ヴィルヘルミーナは感情を表に出せないものの内心では焦っている。
要は、パニくっているからこんなにも回りくどい会話をしているのだ。
うーん、外交的譲歩とかせずに動きたかったのかもしれないけど、もうちょっとしっかりしてほしいね。
しかし、そう考えると、今現在の彼女の態度を含めて色々と説明がつく。
そもそもこのお姫様は、本来は自分の見た目の良さとかを駆使して、帝国貴族子弟とのチャンネルだけ構築できればそれで良かったのだ。
それが、こうして帝室派貴族で『勇者』事件に絡んでいると疑われている俺に、それまで政治の世界でなるべく頭角を現さないようにしていた彼女から外交官紛いのコンタクトを取ってきたという時点で、起きようとしている事件はただごとではない。
考えられる事態とすれば、強硬派とやらの目的が、何らかの切り札を使い永きに渡る沈黙を破って『大森林』から帝国に侵攻をする――――といった乾坤一擲の策あたりになるが……。
いずれにしても、ウチの貴族派―――クラルヴァインおじさんあたりが大義名分を得られて大喜びしそうなネタだ。
あのおっさん、既に火縄銃の配備を優先して回すように根回しをし始めているらしいからな。
「その覚悟は恐れ入るよ」
……考えれば考えるほどに、ホントクソッタレな状況だな!!
「このままでは戦争になるかもしれません。わたくしが帝国から戻れなくなることも覚悟の上です」
こちらへの覚悟を問うような目を向けてくるヴィルヘルミーナ。
そうか、あの「処罰はご随意に」という言葉は、ある意味ではハッタリではなかったのだ。
過激派エルフの暴走によりこのままでは帝国との戦争になりかねない。
だから、その一端を担っている自分の命を使ってでも、戦争を未然に防ごうとしているのだ。
本来、王位継承権を持っている程度では、国外における発言権――――というよりも、交渉権など本来はまったく有していないハズだ。
だから、よしんばここで彼女の話を真に受けて協力――――例えば俺がエルフの国に潜入することになったとして、本当に現地でバックアップを受けられるかどうかも怪しい。
そんな不確かな状況では、こちらの本音を出すわけにはいかない。
だが、向こうが命を懸けて対峙しようとするなら――――。
俺は小さく溜め息を吐き出した。
「……そこまでの覚悟を決めているなら、少しは俺も応えようか。俺だって帝室派にかけあってもいい。だが、その前に、君の――――」
『勇者』を探し求める理由は何か、そう訊こうと思ったところで、ヴィルヘルミーナの首にかけられていたエメラルドのような緑色の宝玉がはめられた首飾りの鎖が切れ、床に敷かれたカーペットに落ちる。
それを慌てて拾い上げ何やら魔力を流し込むと、ヴィルヘルミーナの顔色が途端に青く変わった。
「申し訳ありません、緊急事態になりました。わたくしはすぐに――――拘束される前に『大森林』へ戻らねばなりません」
顔色を変えてそう告げると、椅子から立ち上がろうとするヴィルヘルミーナ。
待て待て、勝手なことをさせるわけにはいかない。
完全に周りが見えなくなっているであろう彼女の行動を制止するべく俺は口を開く。
「ちょっと待て。いったい何があったんだ? さすがに理由も聞けないとなると止めなきゃいけなくなる。それくらいは話してくれるんだろう?」
けして野次馬根性からではないという俺の視線が通じたのか、ヴィルヘルミーナは一瞬だけ逡巡するような顔を浮かべ、少しだけ視線を動かした後、意を決したかのように俺の目を見て口を開く。
「我々の使節団が――――帝国によって拘束されました」
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