第159話 胸の熱さが哀し過ぎて~前編~
「まったく、いきなり驚かせやがって……」
ひとしきり驚いた後で、俺は大きく息を吐き出しながら言葉を漏らす。
おそらく、これに比肩する驚きは、弾道ミサイルでも落ちて来なければ今後は体感できないと思う。
というか、あってほしくない。
「ふふふ、素敵な反応をありがとうございました。クリス様がそのように狼狽するお顔を見られてわたくしは幸せです」
俺が示した一連の反応に、満足そうな笑顔を浮かべるヴィルヘルミーナ。
心なしか肌ツヤがよくなっているような……。
「そうかよ、そいつはよかったな」
憮然とした声が自分の口から漏れる。
からかわれているともなれば、さすがに俺もぞんざいな対応にはなる。
きっと一連の事件の時に、散々俺に口撃されたことを根に持っていたんだろう。
嫁入りの話をさんざん勿体つけて言ったのも、俺への意趣返しが目的だったと見るのが自然だ。
しかし……改めて状況を認識すると、俺は頭を抱えざるをえなくなる。
「なぁ、ショウジ。お前、どう思うよ? このいきなりプロポーズされるイベント」
水を向けるため隣を見ると、それはそれはもうお気の毒にとでも言いたげな表情を浮かべているショウジがいた。
そりゃこんな反応にもなるか。俺だって、立場が逆だったら同じような顔を浮かべていたことだろう。
「……え、俺ですか? んー、チェンジ」
……お前、勇者かよ……! あ、『勇者』だったね。
「え!? ショウジ様はわたくしのどこに不満がおありなんですの!?」
さも心外であるような顔を浮かべるヴィルヘルミーナ。
おい、まさか不満に思われる部分ないとでも思ってんのか、このポンコツは。
同じようなことを思ったのか、背後に控えているエレオノーラが、少しだけ俺に向けて気の毒そうな視線を向けてくる。
小さく肩をすくめて見せると、あわてて元の顔に戻る。無意識のものだったらしい。
しかし、よっぽどポーカーフェイスが苦手なのか、またすぐに、今度はヴィルヘルミーナを少しだけ気の毒なものを見るような目で見ていた。
騎士の忠義的に大丈夫なのか、それは。
「そりゃ、いきなり結婚するって言われても困るに決まってるでしょう、普通。あとは………胸かなぁ……?」
その瞬間、今度こそ部屋の空気が凍りついた。
……やべぇ。ショウジすげぇな。やっぱり『勇者』だけなことはあるわ。俺だったら思っていても言わないぞ、それ。
思わず腹を抱えて椅子から転げ落ちそうになるが、そこは必死で我慢しなくてはならない。くそ、腹筋が辛い!
「……脂肪の話が、どうかされましたか?」
一見さわやかにも見える笑顔を浮かべているヴィルヘルミーナ。
だが、目がまったく笑っていない。むしろ怖い。
そんな状況下でも構わず笑い出そうとする俺の空気を読まない腹筋のせいで、そろそろ痙攣が始まりそうである。
なんで絶対に笑ってはいけない状況下って、いつもより笑いのハードル下がるんだろうね! あ、ヤバい。腹筋がつる!
「いえ、なんでも。冗談ですよ、冗談。少なくとも、自分の立場に置き換えても断われない話だということはわかりますし。それがクリスさんみたいな立場ならなおさらでしょう?」
やだなぁと両手は振りつつも、なにが冗談かまでは決して言わないショウジ。
うん、コイツもやるようになった。
だが、一方で浮かべているのは、いつか自分にもこういうことがあるんだろうなと思っているような――――あぁ、諦念の表情だ。
17歳の少年が浮かべていい顔じゃないような気もするが、まぁこれもまた単身で異世界に放り込まれたゆえのものだし今更か。
「ほとんどひとりで来たようなものなんだ。どうせとっくに足場固めはしてあるんだろ? なら、少しばかり毒を吐かせてもらったんだから、これで終わりだ。話を進めよう」
ようやく笑いの発作がおさまったのを確認した俺は、ショウジの言葉を引き継ぐようにしつつ口を開く。
これ以上、ヴィルヘルミーナを責めたりするような言葉を吐くことはせず、早々に本題へ入ろうとする。
「相変わらず、クリス様は聡明であらせられますわね」
彼女からすれば存外に早い理解を示したのだろう。
口に出した言葉とは裏腹に、少しだけ物足りなそうな顔を浮かべているヴィルヘルミーナ。
お世辞にもいい話だと手放しで喜べない本題へと入る前に、もう少しだけ軽口を交わしていたかったのかもしれない。
あるいは、こちらへの多少の遠慮のようなものはあるのだろう。
「やめろよ、安易な賞賛なんてイヤミにしか聞こえないぜ。喜ぶバカもいるだろうが、俺は同じにされたくない。それに、どんな経緯でこうなったかくらい俺にだってわかるぞ」
とはいえ、溜息だけは出てしまう。
どうせこれは、帝国と『大森林』の関係を強固なものとするために考えられた筋書きだ。
平時――――いや、従来であれば「帝国に膝を屈した王家は許されん!」と、エルフ過激派が勢力を拡大するチャンスにでもされるのだろうが、一連の騒動により今やその過激派は虫の息だ。
この世界の長い歴史を見れば、内心不満に思うエルフも少なからずいるかもしれないが、だからといって今の状況下でそれを声高に叫べば、「お前も『大森林』をいたずらに疲弊させた過激派の仲間か!」と身内から大顰蹙を買いかねない。
『大森林』中枢からしてみれば、国力を持ち且つあまり敵対的ではないヒト族国家と、さほど悪くない条件で深い関係を構築できる最初で最後のチャンスと踏んだのだろう。
まさに乾坤一擲の策なのだ。
被害者から言わせてもらえばいい迷惑だが、そうなった背景の理解はできる。
……納得となるとまだちょっと難しいけどなぁ。
「こう言っては失礼ですが、もう少しゴネられるかと思っていました」
「ゴネても無駄だってわかってるからな。余計なことはしないさ。見苦しいだけだろう?」
そうぼやくように言って、俺は肩を竦めてみせる。
それに、帝国にしたってメリットがあると判断したから、一見むちゃくちゃにも思えるこの申し入れを受けたのだ。
それを俺個人の感情だけで突っぱねるわけにもいかない。
そもそも、それなりの理由がなければ、仮にも帝室の縁戚にあたるエンツェンスベルガー公爵家に婿入りが決まり、さらには婚礼を近くに控えている俺へと、帝国がヴィルヘルミーナを受け入れようはずもないのだから。
実際、こんな状況でもなきゃ、普通は横槍同然の行為と判断される。
まぁ、考えられるメリットとすれば――――まずは南方方面の情勢が安定するため、兵力の再編が可能となるあたりか。
いくら『大森林』と不可侵条約を結んだとしても、まったくのノーガード戦略ができるわけではないが、本来割く必要のある兵力の幾分かを他へ回せるのは大きい。
これから北方が騒がしくなると踏んでいる帝国にとってはまさに渡りに船だ。
また、将来公爵家当主となる人間が他国の王族を娶ることができれば、たとえ間接的であっても軍事・経済的な圧力以外での影響力を持つことができる。
とはいえ、こちらはあればいいかな程度だろう。
「だが、意外っちゃ意外だな。俺は、内定済みとはいえ爵位は男爵だ。いかに他国であっても、降嫁してくるには家格が足りなくはないか?」
「そこは英雄というお立場と、将来の公爵様への先行投資とお考えいただければ。なにより……わたくし自身の希望でもございましたので」
ヴィルヘルミーナの声色は意外なほどに落ち着いていた。
なるほど、この様子では帝室やその他公爵家への嫁入りも、一度は考えられたのだろう。
だが、俺の記憶では、今現在の帝国において王族や公爵の地位に名を連ねている者は、だいたいが年配に差し掛かっている人間ばかりだ。
ひどいとこだと棺桶に片足を突っ込んだ、もしくは両肩を通り越して、かろうじて呼吸のために口と鼻くらいしか外に出ていないようなご老体さえもいる。
いくらなんでも、ハイエルフであるヴィルヘルミーナの実年齢から見たらお似合いだと言うバカもおるまい。
むしろ、いるなら是非本人の前で言ってみてほしい。殺されるから。
かといって、無理に高位貴族の若いところから探そうにも、下手に非ヒト族に対して偏見や侮蔑意識――――エルフなんて見た目が綺麗なだけの玩具みたいものだろう――――などのぶっ壊れた思考を持つ人間だった日には、起きるのは夜の薄い本でも割とニッチな展開だ。
一夜にして両国の目論見のすべてがご破産となりかねない。
そんなアホはそうそういないと思いたいが、残念ながらそういうこちらが想定しているラインのはるか下をくぐり抜けてくるのが、真にアホと呼ばれる人種なのだ。
これはあくまで俺の想像に過ぎないが、おそらくそんな背景があって、ともに『大森林』で魔族討伐を果たし…………まぁ顔見知り以上の関係である俺が選ばれたのだろう。
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