第158話 晴れ時々爆弾~後編~


「さて、本題へ移ろう。今回の『大森林』を魔族から守った『勇者』ショウジ・イマムラ。かの者を帝国は『勇者』として正式に公表する。そして、その補佐を成し遂げた英雄的功績により、帝国貴族クリストハルト・フォン・アウエンミュラーには、男爵位を与えることとなった」


「私に爵位を……?」


「意外か? そう驚くことでもあるまい。まぁ、宰相のノイラート侯爵あたりが何か言うかもしれんが、このくらいであれば余の権限で通せるだろう。少なくとも、この国が功には然るべき形で報いることを示さねばならん。無論、その逆もな」


 今後情勢が変わっていくであろう中では、帝国として信賞必罰を徹底していきたいということか。

 たしかに、将来的に想定し得る事態として、戦争のひとつやふたつは起きかねない。

 そんな中で内部から足を引っ張るような存在があれば、それは早めに取り除かねばならないのだから。


「仮にも侯爵家の人間だ。功績から考えれば、子爵位くらいは与えても良いかと思ったのだが、将来的に卿はエンツェンスベルガー公爵位を継承するわけだからな。先々のことを考えれば、このあたりが要らぬ妬みや嫉みを買わずに済むギリギリの線であろう。領地などの細かい部分は爵位授与までに決めておく。時期的には『大森林』との条約締結以降になるだろうがな」


 すでに決定事項なのだろう。陛下から俺への呼び方が『卿』となっている。

 もっとも、正式に爵位を与えられていないので『○○卿』という形にはなっていないが、それも近いうちに変わることだろう。


「そのような背景が……。しかし、それはつまり、いかに『勇者』とはいえ、安易に爵位を与えることはできないということでもあるわけですね」


 爵位について、俺は特に言及するような真似はしなかった。

 それに対して、ヘルムントも咎めるような視線を向けてきてはいない。


 そんな形式上の言葉は、儀式の際に残しておけばいい――――陛下はそんな口調で言っていたからだ。

 ここで無駄なことを言って失望させるわけにはいかない。


「そうだ。言ってしまえば、『勇者』といっても異世界から来たに過ぎぬからな。いくら有用な存在であるとはいっても、そういった者が功績により拝領するということは、国内の貴族階級の不満を考えるといささか難しいのだ。余が言うのもなんだが、貴族とは『血統』だと信じ込んでいる人間は存外に多い。そこに要らぬ騒乱の種を撒くわけにはいかんのだ。言外に与える領地で面倒を見ろと言っているようなものだが、そこは卿に呑んでもらいたい」


「承知しております。しかし、敵は外に内に、と。なんとも世知辛いことで。あぁ、しかし、できうるのであれば陛下、その余所者という言葉は……」


「わかっておる。間違ってもかの者には聞かせられぬ言葉だ。いくらこの世界の命運が委ねられているとはいえ、我ら人類の業は深いものだな、クリストハルトよ。なにせ、全く関係のない上に、年端もいかぬ若人を血塗られた戦いに駆り立てるのだからな。人非人にんぴにんの誹りも免れぬよ」


 権力を持つからこそどうすることもできない。

 陛下の言葉からは、そんな支配者の心の叫びが聞こえた気がした。


「陛下……」


「言うな、クリストハルト。余とて人の親なのだ。だが、綺麗事だけで世界は回ってはいかぬ。いくら我らがかの者を利用せずとも、いずれ何者かが見つけ出す。現に聖堂教会にその存在は露見しているのだ。権力の庇護下に置いておかねば、どのようになるかは皆目見当もつかぬ。それに、偽善かもしれぬが、少しでもその艱難辛苦の道から障害となるものを取り除くのも、先達たる大人の役目というものだ。違うか?」


 俺へと向けられる碧色の瞳には、深い慈愛の色が含まれていた。

 先の『勇者』事件で、陛下は俺たちがショウジを保護下に置くとした際に「よきにはからえ」とだけ言っていた。

 その時から、すべてを抱え込む覚悟を陛下は決めていたのだ。

 であれば、俺たちはそれに従うのみである。


「すべては陛下の大御心のままに――――」




                 ◆◆◆




 その非公式の謁見からおよそ2週間の間に、世界はめまぐるしく動くこととなる。

 まずは陛下の発言通りに、帝国が『勇者』を擁しており、帝国と『大森林』間での条約締結を阻止すべく暗躍していた魔族を倒したという事実を人類圏に向けて大々的に公表した。


 この時、『勇者』がどのような経緯で帝国にいるかまでは高度に政治的な事情により公表されなかったが、それさえも実は聖堂教会以外の各勢力の憶測を呼ぶための恣意的なものだった。もちろん、真の目的は聖堂教会に対する不信感を植え付けるためだ。


 また、聖堂教会からの反撃――――偽『勇者』認定を避けるべく、『勇者』の公表に合せて『大森林』から持ち帰っていた魔族ラディスラフの亡骸を帝国が擁する魔法士を総動員しての氷漬けにすることで公開し、その動かぬ証拠としている。

 死者を冒涜するともいえる行為に、俺自身あまり気は進まなかったが、今後のためにはそうするしかないと自分を納得させた。


 これでも帝国を気に入らない連中は、捏造だとかあーだこーだと難癖をつけてくるだろうが、少なくとも中枢部に何かしらの衝撃を与えることはできる。

 事実、帝都には各国の間諜スパイが少なからず潜んでおり、彼らがひっきりなしに動いていることがアウエンミュラー侯爵家専属の諜報員となっている獣人の少女――――イリアによって報告されていた。

 彼ら間諜を通して、一連の情報は平時ほど精査をされることなく諸国へと届けられることになるだろう。

 それがより大きな憶測を呼ぶとも知らずに。


 そして、そんな中、更なる衝撃が各国を駆け巡る。

 改めて編成された『大森林』からの第二次使節団が帝都へと入り、帝国執政府との会談を果たしたからだ。

 これは事前にシュルヴェステル王からの親書によって帝国執政府に対して申し入れられていたことだが、それでも国内に『大森林』の罠とする懸念がなかったわけではない。

 だが、既に国内に伝えられた『勇者』がなした活躍もあって、この後に及んで『大森林』が帝国へ叛意を示す意味がないと議会で判断され、比較的平穏に出迎えられることとなった。

 この時、貴族派の動きがほとんど見られなかったことが、俺の中に少なからぬ違和感として残っていた。


 それはさておき。


 先の第一次使節団は極秘裏に帝都へと入っていたが、今回は『勇者』の活躍を人類圏に向けて全面的にアピールするため、シュルヴェステル王直々に出向いていることも含め、この会談について大々的に報じられることとなる。

 帝国臣民からエルフへの感情は決して良好なものではなかったが、それはあくまでも長年の鎖国による不透明さからくるものであり、悪感情の類ではなかったことは幸いしたと言えよう。


 その証拠に、帝都では連日国交が樹立されるものとしてお祭り騒ぎが続いていた――――。






「……それで、なんでお前がココにいるんだ」


 アウエンミュラー侯爵家帝都別邸。

 その応接室で、俺はどういった表情を浮かべればいいのかわからず頭を抱えていた。


 目の前の人物のせいだ。


 現実から目をそむけたくなって窓の外を見れば、そこには初夏の日差し。白い輝きを増した陽光が、自身の存在を見せつけるかのように窓からも差し込んできていた。


 ついでに平民街のほうからは賑やかな気配。

 あぁ、このまま窓を突き破って逃げ出してしまいたくなる。


「なぜと申されましても……」


 そんな俺の気持ちを尻目に、来訪者は困ったような声を返してくるが、俺の方がもっと困惑している。なんなら夕食のおかずを賭けてもいい。


「何の理由もなしに、一国の王女が余所の国にホイホイ来られるわけないだろうが」


 そう、俺の目の前には、『大森林』で別れたはずの王女ヴィルヘルミーナが座っていた。

 今生の別れかもしれないと微妙にセンチメンタルな空気の下で別れたのに、半月もしないうちの再会だ。あのささやかな感傷を返してくれ。


「そんな……。遠路はるばるクリス様に会いに参りましたというのに……」


 俺の言葉に一転して表情を暗くし、よよよとハンカチを目元へと持って行く。


 ……コイツ、なんかキャラ違くねぇ?

 いや、『大森林』で見ていた姿がアレなだけで、もしかするとこれこそが素なのかもしれないが。


 そして、俺の隣ではショウジが、ヴィルヘルミーナの背後には騎士エレオノーラが、それぞれ所在ない様子で控えている。

 これだけを見れば、なんともよくわからない顔触れと言えよう。


 ちなみに、他の愉快な仲間たちだが、当主であるヘルムントは例の『大森林』との条約に関わることで帝国上席議員として帝宮へ行っているし、ハイデマリーはどっかの貴族夫人のお茶会に呼ばれて不在。

 イゾルデも今日は講義の関係で高等学校へ。

 ティアは例のごとくふらっとどっかに出かけてしまっていたし、サダマサもシルヴィアを冒険者登録するために付き添いでギルドに顔を出している。

 ベアトリクスとイリアに至っては、動き方こそ違うが北方諸国の情報収集に大忙しだ。


 それで急遽白羽の矢が立ったのが、暇を持て余していたショウジだった。


「あのなぁ、そんな理由で納得するわけねぇだろ」


「まぁっ。帝宮での会談にも参加せず、こちらへ馳せ参じたわたくしの想いをご理解頂けないなんて……」


 さも心外であるかのようにショックを受けたフリをするヴィルヘルミーナ。

 白々しいにもほどがあるし、そもそも答えになっていない。


 たしかに、彼女の言う通り、現在帝宮では『大森林』と帝国執政府との会談が行われている。

 だが、そこにヴィルヘルミーナが必要かと言われれば、俺は確信を持って言える。「必要ない」と。


 彼女とて王族に名を連ねており、王位継承権にしても第3王子のリクハルドが死亡したことで自動的に第3位へと繰り上がっているはずだ。

 しかし、今回軟禁状態にあった第1王子――――王太子がこの会談に合わせて解放され、第2王子エルネスティも本国で健在である中では、彼女が政治的に動かなければならない理由はほぼ存在しないと言ってもいい。

 急な気変わりで王位が欲しくなったとかなら別だが、それでは尚のこと帝国に来る理由はない。それこそ国内で地盤固めでもしていればいいのだから。


 しかしながら、現にヴィルヘルミーナは帝国にいる。


 


 同時に、あまり考えたくない理由が俺の脳裏をよぎる。

 ……いや、きっと考えすぎだ。


「よく言うよ。嫁に来たって言われるよりも信じられないぞ、そのセリフ」


 どうせろくなことではない、そう思った俺はやけっぱち気味に言う。

 ともすれば不敬罪にでもされかねない発言だが、まぁ今さらだろう。


「あら、なら信じて頂けそうですね」


「……はい?」


 俺の言葉を受けて、コロっと表情を変えるヴィルヘルミーナ。

 あれ? なんで言質を取ったみたいな反応なのコイツ。


「わたくしヴィルヘルミーナ・ヘルヴィ・ユーティライネンはお嫁に参りました。これは本当のことですから」


「…………はぁあああああああっ!?」


 とびきりの爆弾が投下された。

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