第54話 どいつもこいつも自重を知らないようです



「オーケー、酔っ払いども。準備はできたようだな? それじゃあ、審判は俺が務めさせてもらうぜ」


 参加者として名乗りを上げた救いがたい酔っ払いドワーフたちを前に、俺はルールを説明していく。


「攻撃方法は拳─――─このグローブで覆われた部分による打撃しか認めない。肘を使うのはなし、金的は即反則だ。足を踏んだり、組み合うのもなし。着衣は布の服だけ。試合は2ラウンド制。1ラウンドは180数える間──この色付きの目盛りがなくなるまでだ。戦闘不能にならなかったら、よりダメージの大きい打撃を多く入れた方の勝ち」


 そこまで言ってから大型のデジタルタイマーを設置。

 参加者の中には数字の数え方を知らない人間もいるため、棒状の目盛りが経過とともに減っていくわかりやすい方式にしておいた。


「さて? 見ているだけじゃみんなつまらんよな? だから賭けられるようにしておいたぞ! ニューヨークへ行きたいか!? ……まぁ、好きに賭けてもいいけど破産したり家庭で問題を越したりはするなよ。俺が困る」


 娯楽のないこの世界、刺激に飢えている人間はとても多い。

 それだけに、ドワーフたちのボクシング大会を見てるだけでもつまらなくはないだろうが、それではいささか盛り上がりに欠ける。


 そこで、参加資格を持たない人間向けに、優勝するドワーフは誰かを当てる賭けを始めることにした。

 これを受けて、会場はさらにヒートアップ。熱狂の渦が生まれる。


 それまで「これだから男たちは……」みたいに眺めていた女ドワーフたちや、冷やかし半分に見ていた工廠の警備員たちも、賭けが行われると聞いた途端にそれへと参加するため胴元役を任せた元冒険者の警備員のところへと殺到する。


「おい、ちゃんと並べよ!」

「んだと、コノヤロー!」

「うるせぇな、元気が有り余ってるならオメーが参加して来い!」


 参加希望者にくじを引かせ、トーナメント方式の組み合わせ表をこれまた『お取り寄せ』した黒板にチョークで書いて作ると、そこに集計した賭けの倍率が表示されていく。

 ちなみに、こっそり参加しようとしていたヘルムントが、目敏めざとく夫の動きを察知したハイデマリーに耳を引っ張られていた。

 あのね、侯爵なんだから混じって参加しようとするなよ……。


「なんだなんだ、おもしれぇことを始めたなァ、若」


 新たな酒を取りに行っていたのか、ちょっとの間姿を見ていなかった大親方がジョッキを片手に戻って来た。

 肝心な時に近くにいてくれないんだから、もう……。


「つい俺も余計なこと言っちまってね。ところで、大親方は出たりしないの?」


「ガハハ、俺ァもうとしだ。こういうのに出るのも、それはそれで楽しいのかもしれねぇ。だが、工廠を預かる身としてケガするわけにもいかねぇからなァ。こういうのは若くて血の気の多い連中に任せておくさァ」


 剛毅な笑みを浮かべて答える大親方。


 齢だなんだと言ってはいるが、大親方はどう見ても筋骨隆々の超重量級ドワーフである。

 新種の《ハイドワーフ》とでも命名してやりたくなるレベルだ。

 出場すれば優勝もそう難しいことではないだろうし、それは本人もよくよく理解しているはずだ。


 それをあえてしないということは、下手に自分が出ていって、若いドワーフたちのガス抜きを邪魔するような無粋な真似をしたくないのだろう。

 そういうここぞでしっかりしているところに俺は口元が緩んでしまう。


「そうかい、じゃあ観客として楽しんでいってくれよな。あ、ちゃんと賭けてくれよな!」


 賭けの集計担当から参加者の準備が整ったと言われたため、俺は大親方へと簡潔に告げてリングへと上がり、今か今かと待ちかねている観客へと呼びかける。


「よーし、それじゃあ始めるぞ! 侯爵領で一番強いドワーフは誰か知りたいかー!」


「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」 


 やけくそ気味な俺の煽りに、観客たちの割れんばかりの歓声が会場に響き渡る。

 それでいいのか……。いや、いいんだろうな。


 第1試合は、先ほどケンカを始めていたウーヴェとその相手──アヒムだった。火蓋を切るには絶好の組み合わせであろう。


 遠慮なくゴングを打ち鳴らすと、さっそく両者が拳を交えるべくリング中央に近づいていく。


 そんな中で、先に仕掛けたのはアヒムだった。

 技術も何も関係のない、右拳を振り上げてからの大ぶりな1発。

 格闘技なんて体系付けられたものがこの世界にはないに等しいことはまだしも、さすがにテレフォンパンチはひどいと言わざるを得ない。


 対するウーヴェは、そんな大振りの一撃を軽く身を引いて躱す。

 足の運び方などを見るにそれはドワーフの戦い方ではない。


 ウーヴェのヤツ、俺とサダマサの訓練から盗み取ってやがったな。


「なぁっ!?」


 当たると思っていたのか、空振りに終わったことでアヒムは大きくバランスを崩した。

 そして、がっしりとした体躯を持ちつつ、軽やかな動きのできる人間の前でのそれは、あまりにも迂闊であった。


 よろめいた姿勢を立て直そうと意識の大半が脚へといったことで、真っ先にしなくてはいけない防御がガラ空きになってしまう。

 完全にフリーとなった右顔面に、左からの鋭いジャブが入る。


「ぶぐっ!!」


 グローブ特有の弾くような音とともに、まともに受けた方は呻き声を上げつつ、今度は後方によろめく。

 よろめきつつも、咄嗟に打たれた箇所をガードしようとしたのは悪くない。

 だが、それはあまりにも遅すぎた反応であり、既に相手はそこを狙おうとはしていなかった。

 ガードに移行しようと両腕が動いたその隙間に合わせるように、今度は右のストレートが真正面から襲いかかる。


「おぼぉっ!」


 両腕の間に突き刺さるような鋭い一撃が鼻っ柱に叩き込まれ、まともに喰らった方はそのまま膝から崩れ落ちてマットに沈み込んでしまった。


「……あー、こりゃダメだ。気絶してるな」


 それにしても見事な一撃であった。

《竜峰》までついて来た行動力といい、ドワーフの中でもえらいイレギュラーな存在だ。


 勝利を告げると観客から歓声。

 結果的には成功というか大盛り上がりのようである。





 ◆◆◆






 結局、トーナメントを勝ち抜いて優勝したのはウーヴェだった。


 最後の決勝戦では危ない場面もあったが、そこからの巧みな反撃により最終的にはノックアウト勝ち。

 商品のウイスキーが入ったケースを両手で掲げ、ウーヴェはたいそうご満悦な様子であった。


「なかなか面白いモノを見せてくれたのぅ。まぁ、妾には及ばんが」


「あれなら少し鍛えればもう少し見られる試合になりそうだな。俺のレベルにはほど遠いが」


 試合の興奮冷めやらぬ中、出番のなかったティアとサダマサが試合の講評を始めていた。


 なんかさっきから妙に張り合ってるんだよなぁ、このふたり。

 ここはなるべく刺激しないようにしないと。


「ところで、おふたりはどちらがお強いのですか?」


 今度こそ、空気が凍りついた。


 何気なく発せられたイゾルデの無邪気すぎる問い。

 それは時として、誰も触れられなかったことをあっさりとやってのける。


 1度目の危機を乗り切ったせいで、俺は完全に油断していた。

 ドワーフたちの頂上決戦によって、問題をすり替えることができたと安堵していたのもいけなかったのだろう。


 核燃料を搭載した人型火薬庫の火種が、まだ燻っていることを完全に失念していたのだから──。

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