第53話 飲んだくれたちは自重ができないようです


「ぷはぁーっ!! おかわりなのじゃー!」


 満足そうな顔を浮かべながら、特大ジョッキをドワーフ以上の速度で飲み干し続けている化物がいた。


 言うまでもない。ティアである。

 人型形態をとっていながらも、中身──肝機能は竜形態と同じなのだろうか、今の時点ではそれほど酔っ払ったような様子は見受けられない。

 ドワーフですらさすがにドン引きしているレベルであり、それこそまさに浴びるように飲んでいるが周りの反応などどこ吹く風だ。


 そんな文字通りのドランクドラゴンと化したティアは、俺の用意した──厚切りのハラミステーキ肉へとフォークを突き刺し、強靭な顎をもって噛みちぎるように喰らいつく。

 ティアの持つ規格外に秀麗な貌だけを見れば、そこからは到底想像もつかないような歯の断面を肉へと刻みつけながら、口の中に入ってきた肉をさらに噛みこんでいくのだが、美女がやるとなぜか下品に見えないから不思議だ。

 ともあれ、その行為により、凝縮された肉の旨味が舌の上で塩コショウと絶妙の具合で混ざり合う。


「ん~♪」


 新たに生まれたハーモニーを余すことなく味わっているのか、ティアの表情はいい具合にほころんでいる。


 そうして、口の中を完成された味で満たしてからゆっくりと呑み込み、タイミングよくテーブルへと給仕が持って来た新しいピルスナー入りの特大ジョッキへとその|

繊手せんしゅを伸ばす。

 そして、再び口の中をまっさらにして、次の味が楽しめるようにジョッキを傾けて舌を洗い流す。


 肉を食らうという行為において、これはもう最高の流れといえよう。

 ただ、その際に飲む量がぶっ飛んでいることを除けば。


 以前は「食事が必要なんて」と否定的な反応を示していたティアだが、この1年半の間にすっかり「物を食べる」という行為の魅力に目覚めてしまったようだ。

 まぁ、事あるごとに俺が美味い食事を食べさせ、美味い酒を用意していたのが原因だと思うけれど。


「どっちもとんでもねぇ大酒飲みだな」


「ちげぇねぇ。あのふたりにかかっちゃ俺たちドワーフも形無しだァ」


 ちびちびと発泡ぶどうジュースを飲みながら発した俺のつぶやきに呼応する声。

 見れば、イギリスのペールエールを特大ジョッキに入れた大親方が俺のところへやって来ていた。


「あぁ、大親方。飲んで食ってるかい?」


「おかげさまでなァ! 酒だけじゃなくて肉も魚も、どれもびっくりするほど美味ェ。こりゃ最高の宴だぜ。若がいなけりゃこうはいかねぇなァ。癖になりそうだぜ!」


 ニカッと笑ったかと思ったら、そのままぐびーっとジョッキを傾ける大親方。

 相変わらず、惚れ惚れするようないい飲みっぷりだ。


「楽しんでくれてるなら幸いだ。でも羨ましい限りだよ。ビールに焼肉の組み合わせなんて」


「飲みたきゃ、若も飲めばいいじゃねぇかよ。ヒト族でも10歳越えて飲んでるヤツくらいいるんじゃねぇのか?」


「身体の成長になんかあってもイヤだろ? いいんだよ、成人したら浴びるように飲んでやるから」


 俺の少しだけねたような響きを持った言葉に大親方が笑う。


「俺ァあんまり細かいことはわからねぇが、その方が身体に悪そうだけどなァ。若もあんな風に飲むってか?」

 そう言って、依然としてハイペースを保ったままジョッキの中身を飲み干し、今やギャラリーの注目の的となっているティアの方を見遣る大親方。


「……前言撤回だ。ほどほどに飲むようにするわ」


「がはははは! そうしときなァ。若には身体を大事にしてもらわなきゃならねぇ。俺たち一門の生活がかかってるんだからなァ!」


 ヒゲもじゃのヤローに「あなたひとりの身体じゃないのよ」と言われても、残念ながらあまり嬉しくは思えない。おそらく俺は憮然とした表情をしていることだろう。


「なんじゃー、クリスも飲めば良いのにのぅ~」


 酔っ払いドラゴン が 現れた!!


 噂をすればなんとやら。まるで蛇が獲物に絡みつくように、いつの間にかティアが俺の背後に回り込んで抱きついてくる。恐ろしいことに、この酔っ払いまるで気配がなかった。

 俺の肩口にあるティアの口からアルコールの香りが漂ってくる。


「うっ、酒くせぇ!」


 うーん、マンダム……なわけはない。

 完全に身体へと吸収されつつあるアルコール特有の匂い。紛うことなき酔っ払いスメルだ。


「おい、やめろよティア。みんなが見てるじゃないか」


「ふふふ、見せ付けてやればよいよい」


 そんなもんは知らんと言いながら身体全体を押し付けてくると、例のごとく背中に生じる柔らかなふたつの感触。

 これはアレだ。理解してはいけないヤツ!

 どんとふぃーる! すぃんく!!


「ちょっと、なんか当たってるんですけど!」


「んふふー、当てておるのじゃー」


 さらに抱きつく力を強めつつ、楽しそうに笑う酔いどれティア。

 悪いが衆人環視の中でやられても俺はまったく楽しくない。やるなら夜の寝室的なアレなそれで!


「ちょっと。鼻の下が伸びてるわよ、クリス」


 そんな邪(よこしま)な内心を見透かしたのか、ベアトリクスが汚い物でも見るような目で俺を見ているが、できるなら見なかったことにしたい。


「気のせいだよ。……ほら、ティアも離れろよ」


 冷静を装いつつ、俺は内心で叫ぶ。


 どうして、この世界でできた仲間は、常識回路が内側から弾け飛んでぶっ壊れたヤツらばかりなんだ! 俺のせいとか、類は友を呼ぶとかで済む話じゃないだろこれ!!

『創造神』とか『破壊神』とかそんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしい上位存在の片鱗を垣間見た気がするぜ……。


「んー、あいからわず、クリスの肌はきめ細かくて気持ちいいのう~」


 空気ガン無視で俺に頬ずりをしつつむふーという笑うティア。まるで聞いちゃいない。

 とても満足そうな顔だが、その笑顔のために俺のSAN値がみるみる犠牲になりつつある。

 ていうか、完全に痴女のレベルに足を踏み入れかけてませんかね、ティアさん。

 まぁ、その無邪気な行動のせいか、ベアトリクスの顔も毒気を抜かれたのか困ったような表情になっている。

 そして、その顔がまた結構かわいいから困る。


「いい加減にしろ、酔っ払いドラゴン。もう少し酒の飲み方を覚えろ。親父アプストルが草葉の陰で泣いているぞ」


 ラブコメでも始まりそうな甘ったるい空気に鬱陶しくなったのか、サダマサが近付いてきてティアへ苦言を呈する。


「なんじゃー、サダマサァ~。もしや、おぬしいておるのか~?」


 だが、対する酔っ払いは挑むような目でサダマサを見る。

 そこには、自分のテリトリーへ無遠慮に入り込まれたことを嫌う猛獣のそれにも似た剣呑さがわずかに潜んでいた。


「……面白い冗談だな。何千年前のネタだ? 古すぎてかえって新鮮に感じるぞ」


 ピシ──気のせいか、空気が凍る音がしたような。


「ほぅ、ただでさえ短いヒト族の寿命をもっと短くしたいのかえ?」


 ティアの顔からアルコールの気配が消えた。あ、これはまずい。


「そりゃ千年単位で生きれば、いい加減人生にも飽きてくるんだろうな。それだけ変態じみた行動に出られるくらいだから大したものだ」


 軽口どころか毒を吐きあうティアとサダマサ。

 それを互いに受け、いよいよふたりの目が酒以外の原因によって据わり、付近の空気に不可視の電流が走り始める。


 このまま放っておいては、一触即発の事態となりかねない。

 どうしたものかと必死で脳を回転させる俺の背中を緊張の汗が濡らす。


「なんだとこのヤロー!」

「てやんでぇ、バーロー! やんのかテメー!」


 そんな中、不意の大声によってふたりの動きが止まる。


 視線を向けると、酒の入ったドワーフたちの議論がヒートアップしたようで口論となっていた。

 なんだなんだと様子を窺っていると、さらに温度が上がってとうとう殴り合いのケンカが始まる。おいおい、あまりにも導火線が短すぎやしないか。

 しかも、よく見ればケンカをしているドワーフの片割れはウーヴェだった。相変わらず酒癖があまりよろしくない。こちらももう少し酒の飲み方を覚えた方が良さそうだ。

 想定していなかったことではないといえ、さすがに溜息が出る。

 それなりに付き合いを深めてわかったことだが、酒好きなドワーフたちにはよくある風景だ。

 酒で遠慮がなくなっているところに、元々の頑固な性格で議論なんか始めた日にはたちまちにケンカとなるのはわかりきっていたのだ。

 ドワーフたちにバイクでも与えた日には、たちまち暴走族でも作り出しそうだ。

 いや、どちらかというと世紀末ヒャッハー集団だな。


「……興ががれたのう」


「……クリス、お前が主催だろう。止めてきたらどうだ」


 ウーヴェたちのケンカを見て冷静に戻ったのか、ティアとサダマサの間に漂っていた不穏な空気が霧散する。


 やれやれ、とりあえずはひと安心か──。

 ひっそりと訪れていた世界の危機を回避したことに安堵の溜息を吐いて、俺はケンカをしているウーヴェたちへと近付いていく。


「やめとけやめとけ。お前らドワーフが素手で殴りあったら歯がなくなっちまうだろ」


 さすがに頭に血が昇りきっているドワーフふたりも、仲裁に入った俺という存在を無視してまでケンカを継続するほど周りが見えなくはなっていなかったようだ。

 依然として相手に怒りの視線を送ってこそいるが、いったん互いに距離を取る。


「若、止めないでくれ。今日こそこのアホと白黒はっきりつけなきゃならねぇ」


「おうおう、俺に勝つ気でいやがるのかこのタコは」


 ……ダメだこりゃ。ここで止めたら余計にややこしくなる。

 もし、よそへ飛び火して全体での乱闘にでもなったら、余計に目もあてられない。


 盛大に吐き出した溜め息とともに、俺はボクシンググローブを『お取り寄せ』して、ついでとばかりにリングも呼び出してみる。

 ここには秘密を共有できる身内しかいないので、俺もわりと遠慮なしに『お取り寄せ』が使えるのだ。

 まぁ、詳しく知らない人間は、俺だけが使える特殊な魔法だと思っているらしく、それほど心配もない。


「わかったわかった。それなら好きなだけやらしてやるよ。コレならよっぽどのことがなきゃ大丈夫だ。いっそのことここにいるドワーフたちでトーナメントでもやってみるか? 優勝商品に好きな酒50本用意してやるから。なーんて──」


 ガタッ!

 それまで2人のケンカを他人事のようにはやし立てたり笑って眺めたりしていた連中が、俺の言葉にジョッキを呷る手を止めて一斉に反応した。


 ……あ、もしかしてやらかした?


 まずいと思ったが時すでに遅し。完全にドワーフたちの目はやる気になっていた。

 というか殺気立ってさえいやがる。


 ヤバいぞ。さっきよりも状況が悪化しやがった。

 もしここで止めようものなら、起きるのは乱闘どころかもはや暴動だ。


 ……ええい、こうなっては仕方ない。俺も腹をくくろう。

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