第197話 優しい顔してこの子わりとやるもんだねと~後編~


 夜は長い。

 しかし、いつまでもダラダラと話していたいものでもない。

 イリアのこともあるし、方針が決まらないというのはどうにも落ち着かないのだ。


「昨日の戦いで君たちの強さはよくわかった。それどころかあの化物まで倒してしまうほどのものだとつい先ほど追加で判明したしね。そう、この戦いの流れすら変えかねないほどだ」


 なるほどね、先に唾をつけるために来たということか。


「昨日あれだけの殊勲を挙げた君たちを、前線偵察なんて任務に出すと聞いた時には北伐軍幕僚の正気を疑ったけど、逆に絶好のチャンスだと思ったわけさ。下手に第二王子派が君たちの価値に気付いてしまえば、僕の勝ち目は永久に失われるからね。どうだろうか、互いの利害は一致すると思うんだけど?」


 だから単身追いかけて来たと。

 さすがに王族として危機感が足りていないと思わないでもないが、それほどまでにアレスにとっては状況が良くなかったのだろう。


「それで協力をねぇ……。一応訊くが、そちらの手助けをするとしてこちらが得られるものはなんだ?」


「即答できるのは帝国北西方面の安全保障くらいだが…………その程度では足りないだろうね。一応、父王から帝国との通商条約くらいは引き出して見せるつもりではいるよ。あとはそうだな…………とかはどうかな?」


 コイツ……!


 アレスの発言に、思わず俺は声を上げそうになった。

 弾かれそうになるのを抑えながらゆっくりとアレスを見れば、穏やかな微笑を浮かべている。


 驚くべきことに、アレスは帝国の置かれた立場をよく理解していた。それこそ、どこが弱みになるかまで。

 表舞台に出てないという割には大した情報網を持っていやがることだ。


 いや、なのか。


「可能かどうかは別として、帝国は各ヒト族国家と教会のつながりを弱めておきたいはずだ。『勇者』を擁していると公表したものの、帝国は現時点ではかなり微妙な立ち位置にいるからね。それに、我が国は気候条件などで厳しい環境にはあるものの、人類圏における軍事力ではそれなりの序列にあると理解している。そして、それが教会が糾合する『聖教軍』に加わるような事態を帝国が望まないこともね」


 それなりなんてアレスは言ったが、東部や南部に展開しているノルターヘルン正規軍は強力だ。


 なんだかんだと内外に問題は抱えているものの、これだけの大国の領土を維持してきたのだ。その背景には強力な軍事力の裏付けがある。

 それがもし単身ではなく、いずれ起きるであろう教会連合軍――――『聖教軍』に参加する形で帝国に向かえば……俺が考えている中で最悪に近いシナリオとなる。

 帝国にも強力な軍事力はあるが、『聖教軍』が相手となれば話は別だ。


 ある意味では一人勝ち状態の帝国に味方してくれる国なんて、現状ではミーナの祖国でもある『大森林』くらいしかない。異種族よりも同族から嫌われているという現実に笑いしか出ない。


 しかし、そんな唯一の味方とも言える『大森林』とて、それほど余裕があるわけではない。

 リクハルドの起こした内乱からの復興途上にあり、国内でも課題が山積している。

 また、地理条件で見ても、西方に位置するドワーフ国家との関係が良いわけでもなく、また東方は魔族領であるとされる南大陸にも近い。

 そんな中では、帝国にもしものことがあったとしても、援軍として送れる兵力にも限りがあるのだ。


「そういえば、さきほど北東諸国でも動きがあると言ったけど、特に南部にあるカザファタス皇国が動きたがっているようだよ。いやはや、あの国は血の気が多いね」


 いきなりなんだと思う俺を余所に、アレスは独白を続ける。


「こちらの情報では侵攻先は帝国だと思われている。向こうでは後継者争いは終わっているみたいだけど、そのぶん新たな王の功績を積もうとしているようだ。これには聖堂教会も調停介入はしないと見られている。相手が相手だけに事実上の容認だね。さて、今の帝国にとってはなかなか厳しいところじゃないかな?」


 聖堂教会にとっては、敵対勢力となりつつある帝国の力を削ぐ絶好の機会というわけか。

 しかも時期が悪い。冬期侵攻となれば、長らく対外戦を経ていない帝国の初動は大きく遅れかねない。

 そこへ速度重視で戦力を投入されて領土でもかすめ取られようものなら、間違いなく帝国の人類圏における立場は悪化する。

 要は舐められやすくなるわけだ。


「的確にこちらの痛いところを突いてくれるもんだよ。だが、そうとなれば口約束だとしても動かないわけにはいかなくなるな」


 最終的にはアレスが次期国王に内定しない限り無意味な約束に終わるわけだが、だからといってこのまま何もしないでいるには惜しい条件を提示されている。

 脳内で速やかにソロバンを弾き、俺は口を開く。


「……わかったよ。穏健派とやらのいる所までは同道する。とりあえず、今はそこまでしか言えない」


「その言葉を待っていたよ。よろしく頼むよ、クリス」


 にっこりと微笑むアレス。まったく、とんだ食わせ者だぜ。

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