第152話 Panzer Vor!!


「はっ――――」


 ふと意識を取り戻せば、ヴィルヘルミーナを巻き込む形で俺へと目がけてエラ・シェオルの手刀が振り下ろされるところであった。


 ……ホントにピンチ寸前の状態じゃねぇか!


「クリスさん!」


 そんな絶体絶命の窮地。

 迫りくる巨大質量に覚悟を決めかけた俺の目の前に、叫び声を上げて滑り込むように身を割り込ませ、そのまま手を広げて俺をかばっていたヴィルヘルミーナを突き飛ばす影。

 『神剣』を携えた『勇者』――――ショウジの姿がそこにはあった。


 間髪入れずショウジから放たれた高出力の爆炎魔法が、咄嗟に展開されたエラ・シェオルの魔法障壁を大きく侵食。そのまま、破壊にまで追い込む。


「っ! セリーシアを退けたか!」


 不意打ち同然のショウジからの妨害により、完全に勢いを封じられたエラ・シェオルは、いったん攻撃の手を止め体勢を立て直すべく後方に退く。

 その中で、牽制とばかりに例の四重魔烈線クアドラプル・レイを発動するが、ショウジの振るう『神剣』の前にすべて物理現象として発動する前に吸収・無効化されてしまう。

 相変わらず、『神剣』はとんでもなくデタラメの威力を持っていやがる。


「ちっ、厄介な――――! だが、ここで諸共に死ねいっ!」


 しかし、そんなショウジとて所詮は人の身に過ぎない。


 リクハルドの言う通り、再び勢いをつけて腕を振り下ろされる質量攻撃の前には、肉体の耐久力がすべてを左右するため、さすがの『神剣』といえども、その性能を遺憾なく発揮することはできないのだ。

 誰もが、エラ・シェオルの放つ巨大質量に耐え切れず、ショウジが叩き潰される光景が現実のものになると脳内で想像をしたことだろう。


「……なん……だと……!」


 だが、その予想を裏切る形で、ショウジは持てる魔力のすべてを注ぎ込んだ『神剣』を使い、エラ・シェオルの手刀を受け止めていた。

 高密度の運動エネルギーを受け止めたからか、手刀を受け止めた『神剣』の刃の部分から熱を帯びたと思しき白煙が上がっている。


「長くは持ちません! 早く回復を!」


 切羽詰まった形相でこちらに向けて叫ぶショウジ。

 いくら規格外の魔力を持つ『勇者』といえど、所詮は半人前が全力を出しているだけに過ぎない。

 その証拠に、受け止めた攻撃を押し返すような気配もまるで見られない。

 むしろ古代ハイエルフの最終兵器であるエラ・シェオルの発揮する力には完全に拮抗出来ず、ジリジリと押し込まれつつある。

 これではショウジの魔力が切れたらぺしゃんこだ。


 だが、ショウジの勇気がかけがえのない時間を稼ぎ出してくれた。


 いつの間にかわずかながらに動けるようになっていた身体を使い、全身に極大の治癒魔法をかけることでようやく内部が再生していく。

 折れた左腕など最低限動くために不必要となる部分の回復は後回しにしており、まだまだ完全な状態には程遠いものの、まともに動けるようにはなった。


 しかし、新たな問題が浮き上がる。

 ここから反撃をするには、既に俺自身の魔力が底を尽きかけていたのだ。


 まさに万事休す。


「クリス様、わたくしの魔力を使ってください!」


 そんな中、俺のところへ駆け寄ってきて抱き着いてきたヴィルヘルミーナにより、強くホールドされた腕を通して、彼女の持つ膨大な魔力が俺の身体へと流れ込んでくる。


 これがヴィルヘルミーナの持つ能力か!


 空っぽになりつつあった魔力が、俺の身体の中へと注ぎ込まれ、それが暖かな感覚となって伝わってくる。

 俺もまたヒト族の範疇を超えた魔力容量を持つからこそ耐えきれる荒業だが、咄嗟にそこへ気が付いたヴィルヘルミーナにはよくやったと言ってやりたくなる。


 だが、ひとつだけ言いたい。


 すんごい痛いんですけど!

 左腕は折れたままだし、まだそこらじゅう負傷してるんだよ!


「……よくやった、ショウジ。あとは寝てていいぞ」


「……今寝たら死んでしまうんですが!」


 少しだけ声が上ずりそうになるも、ゆっくりとヴィルヘルミーナの死の抱擁から抜け出た俺は、激痛を堪えながら立ち上がって前に出ると、再びエラ・シェオルと対峙する。


「バカな……。アレを受けて、生きて……いただと……?」


 まさかの復活を遂げた俺に対して驚愕の声を漏らすリクハルドの正面で、俺の体内で練り上げられる魔力の渦が、戦うための意思を形作っていく。

 それは決して比喩表現などではない。


「ちょっとばかりあの世が見えかけたがな。まぁ、まだ来るのは早いってに追い返されたぜ」


 そして完全に練り上げられた魔力を解放して、新たなる戦力をこの空間へと具現化する。


 この殺戮の女神を止めるには、コイツしかない。


「なんだそれは……! 『鋼の竜』……か……!?」


 全長約11m、全高約3m、重量67tの巨体が俺たちの横手に現れた。

 黒く塗装された艶のない鋼のボディに、砲塔側面に特徴的な楔装甲を持つドイツ軍採用の主力戦車レオパルド2A7+の威容である。

 到底生物とは思えない武骨な姿をしているが、逆にそれがとてつもない威圧感を与えている。

 また、絶えず鳴り響く高出力ディーゼルエンジンの音が、獰猛な獣の唸り声のように墳墓内に響き渡っていた。

 まさに『鋼の竜』とは言い得て妙だ。


レオパルド2レオパート・ツヴォー、お前のクソのような野望にトドメを刺すヤツさ」


 旋回する砲塔に据え付けられた55口径120mm滑腔砲の砲口が、今までよくもやってくれたなと言わんばかりにエラ・シェオルを睨みつける。

 既にレオパルド2の内部では射撃管制システムが作動し、女神の優美な体躯をロックしていることだろう。


黒騎士シュヴァルツリッターより竜騎士ドラグナー。敵機体を照準ロック。射撃許可を求む』


 いつの間にか俺の耳に装着されていたインカムに、レオパルドから人間の声で通信が入る。


 ……そうか、これが新たに与えられた『レギオン』の力か。


「ドラグナーよりシュヴァルツリッター。ヤツの身体に盛大な風穴を開けてやれ。目標、敵機体胸部。弾種、徹甲弾!」


『Roger That』


 インカムに向けて力強く宣言すると同時に、生身のままでいる自分たちを守るべく多層の魔法障壁を展開。

 得体の知れぬ存在の登場に危機感を覚えたのか、エラ・シェオルは眼前のショウジを片付けることを断念し、相互の距離を確保しようと大きく後方へ飛び退こうとする。


 だが――――そんなものは、高度に制御された射撃管制システムの前では無意味である。


「横に跳べ、ショウジ! それと耳を塞いで口を開けろ!!」


発射ファイア


 俺の警告の直後、120mm滑腔砲の咆吼が墳墓内に轟音として鳴り響く。

 とてつもない音の衝撃波だけで、全身のあらゆる器官を負傷できるレベルの轟音が墳墓内を縦横無尽に駆け抜ける!


 初速1,500m/秒を超える速度で放たれた装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDSが、俺の視認速度を遥かに越える勢いで飛翔。

 エラ・シェオルが展開した魔力障壁を一瞬で貫通し、そのままタングステンカーバイドの弾芯ペネトレイターがボディに着弾すると同時に穴を穿って背中から抜け、偶然にも背後の壁画に描かれていた世界樹ユグドラシルの幹の部分に大穴を開け、そのまま壁ごと破壊してのける。


「こ、古代ハイエルフの、い、遺産が……」


 背後でヴィルヘルミーナの呻くような声が聞こえた気がしたが、非常時だし気のせいということにしておこう。


 一方、徹甲弾の直撃を受けたエラ・シェオルの胸部は大きく抉れていた。


 運動エネルギーの伝播に制御系統にダメージを受けたか、立っていることもできなくなり大きく片膝をつく。


 だが、そこまでだ。

 それでもなお、エラ・シェオルは倒れない。


「まだだ……! まだ終わってはおらぬ……!」


 いくらオリハルコン内部にいて外部からのダメージを遮断しているとはいえ、自身を包む金属を伝う衝撃波までは完全に相殺できなかったのだろう。

 まるでエラ・シェオルが負ったダメージに連動したかのごとく、荒い息を吐きながら苦鳴を漏らすリクハルド。


 これでも……まだ倒れはしないか。


「もう諦めろ。これ以上やっても無駄だ。それに、ここでお前を殺す必要まではない」


 レオパルド2に次弾を装填するように告げつつも、俺はリクハルドに向かって最後の投降を促すべく言葉を投げかける。


「甘い。甘いぞ、クリストハルト……。俺のやろうとしていることも……所詮はダークエルフを捨て駒同然に使い、過激派の者どもと同じく『大森林』の民全てを地獄へ叩き込むべく死出の道を歩ませているに過ぎない……。であるならば、その旧弊にしがみ付かんとするこの身に流れる悪しき血とて、同様に討たねばならんはず……!」


 リクハルドから明確な拒絶の意思が放たれる。


 そして、新たに修復を始めつつある胸部を蠢かせ、エラ・シェオルはゆっくりと立ち上がろうとする。まるで担い手の意思を遂げようとするかのごとく。

 ほぼ回復を終えた左腕をぎこちなく動かして、エラ・シェオルはこちらに向け最後の攻撃を繰り出そうとする。


 それは、当初のものに比べれば驚くほどに緩慢な動きであった。


 わかっているのだ。

 リクハルドとて、現時点ではもう勝算が皆無に等しいことを。


「ヴィルヘルミーナ。悪いが、こうするしかもうヤツを止める手段はない」


「クリス様……。どうか、兄様を……止めてください……」


 振り返った先にあったヴィルヘルミーナの顔は、既に覚悟を決めている者のそれであった。

 そして、彼女の口から辛うじて絞り出された声は、身を切られるような響きを秘めていた。

 とうに理解しているのだ。もうこうするしかないことを。


「わかった。だが、目は逸らすんじゃねぇぞ……」


 やはりエラ・シェオルを止めるには、全体を管制している宝玉を破壊しなくてはダメだ。

 この像を操縦しているリクハルドがどこに隠れているかはついぞわからなかったが、最優先で狙うべき目標は宝玉でしかない。


 『蛇の目』を発動させ、俺は温度の高い部分をサーチする。

 既にダメージを受けた各所が再生を始めているにもかかわらず、最も温度が高い部分は頭部であった。

 おそらくオリハルコンのボディを管制している宝玉はそこにあるのだろう。

 たしかに最も地上からは遠い部分ではある。古来の戦争でもそれが弱点とはならなかったのだろう。


「来い……! 己の意志を貫きたくば……俺の推し進めんとする覇道ごと……このオリハルコンのゴーレムを貫いて見せよ……!!」


 所々に呼吸に血が絡んだようなリクハルドの叫びと共に、限界出力の一撃を繰り出そうと広げた翼の如き放魔フィンが凄まじい共鳴を始める。

 それに呼応するように、回復した右腕と左腕が胸の前でひとつに融合し、一つの大きな砲身を形成していく。

 そして、こちらを睨み付ける砲身内部では、既にチャージされた膨大な魔力が、破壊のエネルギーに変わるべく渦を巻き始めていた。


 ……前言撤回だ。これならこっちをまとめて吹き飛ばせるだけの威力がある。


「俺を砕き! 世界の歪みを糺し! 魔族の手からこの大陸を守って見せろ、クリストハルト・フォン・アウエンミュラァァァァッ!!」


 どこの魔砲少女だ! 何でもありかよ、この反則ロボは!!


収束極天アルティメットインペリアルブレイ―――!!」


 ノリノリで必殺技を叫びたいところ悪いが、チャージなどさせてやるか!


撃てファイア!!」


 俺の叫びと共に、再び放たれる鋼鉄の咆吼。

 超音速で発射された120㎜徹甲弾は、破壊エネルギーに転換される前の魔力の渦を砲身ごと易々と貫通し、エラ・シェオルの頭部を完全に破砕してのけた。

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