第151話 力が欲しいか?
「おぉ、クリス。死んでしまうとは情けない。……いや、まだ死んではいないか」
何者かの声により、俺の意識は唐突に覚醒させられた。
目の間に広がっているのは謎の白い空間。
これもまた実に既視感のある光景だ。
「……誰だよ、今度は」
そう気だるげにつぶやいた俺の身体は、あの時と同様ふわりふわりと宙に浮かんでいた。
相変わらずココがどういう場所なのかはわからないが、声の内容を信じるのであれば、少なくともまだ俺は死んではいないらしい。
それが確認できた俺は、小さく安堵の溜息を漏らす。
前にもあったこの展開。初めての経験ではないからか、突然の事態にもかかわらず意外と冷静でいる自分に気が付く。
そんな風に脳内で状況を整理していると、どこからか漂ってきた光の粒子が一点に集まって人の形を形成していく。
あぁ、おでましになるわけか。
既に『創造神』の手駒である『勇者』のひとりを殺し、もうひとりを自分の陣営に引き込んだ身としては、もはや俺は『創造神』に敵対していると言っても過言ではない。
そんな中で、俺を『使徒』と知りつつ接触してくるような存在は、おのずと限られてくる。『創造神』に敵対する存在、あるいはそれに類しない第三勢力――――。
「……まぁ、『創造神』に召喚された『使徒』と相対するのであれば、さしずめ私は『破壊神』とでも名乗るべきなのだろうな」
「…………わーお」
ド本命のご登場ですね、わかります。
そんな衝撃の事実を告げながら目の前に現れたのは、一見しては『創造神』と同じく何の変哲もない人間――――地球人風と言ってもいいし、この世界のヒト族のようにも見える男であった。
外見年齢は30~40くらいだろうか。
ややくすんだ銀色の髪を後ろでくくり、フレームの細い黒縁眼鏡の向こう側に灰色の瞳を持つ幾分か鋭さを感じさせる容貌。
それに加え、180㎝近い痩せ気味の身体に、濃紺のホリゾンタルカラーシャツとチャコールグレーのスラックスを合わせ、その上から白衣を着た姿は、一目見て研究者風と思わせるには十分ですらある。
『破壊神』などという仰々しい名前のわりに、あまりにも人間然としていた。
だが、一方でそうではない存在がこの空間に俺を呼び寄せることもできないハズ。
「……まるで、登場するタイミングを窺っていたみたいな語り口だな」
「正直に言ってしまえば、接触できる機会をずっと探していた。なかなか相手の持ち駒にちょっかいをかけるのは容易ではなかったからな。以前の時は、タイミングよく近くにメッセンジャーがいたからそれで済んだが」
「……っ! あの時の巫女か……!」
俺の言葉に、満足そうな顔で頷く『破壊神』。
『勇者』事件の際に、聖堂教会本部で俺に預言めいた謎の言葉を残したフラヴィアーナとかいう『神託の巫女』。
アレは『破壊神』がやったことだったのか。
「そう、たまに私との『回線』が開けるヒト族もいてね。彼女には少しだけ協力をしてもらっている。だが、そのおかげで『勇者』という抜群の手駒が手に入っただろう?」
「全然活躍できてないみたいだけどな。ホントに『勇者』か? ――――って!」
手駒という表現は気に入らなかったが、はぐれ『勇者』のくだりで俺ははっとする。
しかし、あいにく今は話をしているどころでは――――。
「……安心するといい。この空間は、お前の深層意識で構成されている。現実の時間経過はここの千分の一くらいだ。急いで目覚める必要もない」
俺の顔を見て内心の焦りを察したのか、『破壊神』と名乗った男は穏やかな口調で告げる。
つまり、現実で1秒の猶予があるなら、ココでは約16分話ができるってことか。
ありがたくて涙が出そうになるね。
「ずいぶんと気の利いたコトで。もう驚く気力も湧いてこないぜ」
……であれば、この世界の根幹に関わることだ。もう少し耳を傾けてもいい。
焦りそうになる気持ちを切り替えるように、俺は溜息をひとつ吐き出す。
宙に浮いている以上、力を入れる必要も抜く必要も別にないのだが、ふわりふわりと漂いながらも話を聞く姿勢とばかりに胡坐をかいてみる。
「そろそろ、この世界の真実が知りたい頃かと思っていたからな。まさか『創造神』の言葉を額面通りに捉えていたわけではあるまい? 『勇者』こそが『魔王』からこの世界を救うための存在だと」
「いや、そうは思っちゃいなかったが……。だが、真実だって?」
「あぁ、真実だ。…………ところで、話の腰を折ってすまないが、タバコを召喚してくれないか。お前の世界のでいい」
世界の真実――――その言葉に、俺は自分の身体が緊張に強張っていくのを感じたが、後半のくだりを聞いた瞬間脱力してしまった。
うーん、シリアスな空気をもう少し持続できなかったんだろうか。
妙なところで見せる『破壊神』の人間臭さに嘆息しつつも、少しだけ気分の落ち着いた俺は、地球の紙巻タバコとライターを『お取り寄せ』。
俺から紙巻きタバコの説明を受けた『破壊神』が、フィルターを咥えたところでライターを差し出してそっと火を点けてやる。
葉っぱの燃焼する音とともに、宙に漂い始めた紫煙を眺めつつ、俺は『破壊神』が肺腑から戻って来た煙を吐き出すのを静かに待つ。
「一万年ぶりか……」
そんなことを呟きながらタバコを吸う神の姿を見て、俺は思案する。
たしかに、今すぐ「この世界はいったいなんだ? なぜ異世界から人間が連れて来られる?」と詰め寄りたい気持ちもある。
超常の存在でありながら、何らかの意思を持って俺をこの世界に送り込んだ『創造神』。
そして、目の前でタバコを
ともすれば、この世界の核心に迫れる可能性すらあるのだ。
「単刀直入に訊くが、アンタが『魔王』を生み出してると『創造神』から聞いているわけだが、それは事実なのか?」
まず確認しなくてはならないのがコレだ。
この男が遥か昔から続く争いを操っているのかどうか。
それを確認するために尋ねると、破壊神にとってその質問は想定外のものだったのか、小さく相好を崩してくっくっと笑う。
「いきなりだな。てっきり、『なぜ自分を?』あたりから訊いてくるかと思ったが」
「俺に用があるからこんな状況下で呼んだんだろ。理由なんて後で勝手にわかることだ」
バカにされたような気になって鼻を鳴らしながら答えると、破壊神は俺のリアクションに対してまたも小さく笑い出す。
「それもそうか。では先に質問へ答えよう。その問い、半分は事実だが、もう半分は間違いだ。少なくとも、私は人類と争わせるために『魔王』を生み出しているわけではない」
本来であれば、驚愕のリアクションを浮かべるべきシーンだろう。
だが、俺とてその可能性を考えていなかったわけではない。
ところが、『破壊神』にとってそれはお望みのリアクションではなかったらしい。俺が特に反応もしなかったため、『破壊神』は小さく溜息を吐く。
ちょっとばかりつまらなそうである。
まぁ、『創造神』同様、他に会話をする相手もいないみたいだから当然なのかもしれない。
「そもそも、『魔王』という存在は、重度の魔素汚染を受けた魔族のことだ。魔法を発生させる際に出た魔素の残滓は、惑星に吸収され再び魔素に戻る際に漉し取られて蓄積していく。それが魔大陸の霊脈から噴き出し、
「いやに勿体ぶるじゃないか。その話をするために俺を呼んだんだろう?」
「たしかに私から切り出した話題だが、本来の用件はそれじゃない。もちろん、ココですべてを話しても構わないが、お前は先に片付けなければいけないことがあるだろう? 言っておくが、お前の肉体はまだあの場所で死にかけたままだぞ?」
その言葉に、俺は再びはっとなる。
つい目の前のことに意識を持って行かれていたが、俺の肉体はまだあの墳墓にいて死にかけている。
そして、俺とリクハルドの間にはヴィルヘルミーナがいて――――。
「そう焦らずとも、また近いうちに会いに来る。『創造神』の妨害も『神剣』を持たない上にこの世界と切り離されかけた状態なら突破できたからな。一度、意識にまでチャンネルを作れば後はそう難しくもない」
短くなったタバコから最後の煙を吐き出して、『破壊神』は俺に向かって小さく微笑む。
「そんな顔をするな。今回の用件は別だ。魔導兵器に苦戦しているようでは、この先現れるであろう相手と満足に戦えるとは思えん。だから、私に残された力を使ってお前に能力を与える」
「……アンタ、俺の敵じゃないのか?」
「私は誰の敵になったつもりもない。強いて言うなら『創造神』の敵だな。だが、お前はもう『創造神』の手駒じゃあるまい?」
そう『破壊神』が意味ありげに告げると、俺の周りを光の粒子が渦巻き始める。
「ずっとコレを渡すつもりでいた。本当であれば、あの時に渡しておきたかった。今までお前が扱えなかった地球の兵器群を扱うための能力――――『レギオン』だ。目覚めた時には使えるようになっているし、使い方は身体が自然に理解する」
光の粒子が少しずつ身体に吸い込まれていく。……うーん、覚醒イベントっていうんかねぇコレ。
「……アンタに言ってもわからないかもしれないが、まるでプログラムのインストールみたいだな」
「似たようなものだ。私には『コンピューター』というものは知識としてしか理解出来ないが、仮にこの世界をコンピューターに見立てたとして、『勇者』や『使徒』という名前の外付けハードディスクを接続することで、通常では有り得ない現象を引き起こしているようなものだからな」
むしろプロアクションリプレイだな。懐かしい。
「さぁ、もう戻れ。『創造神』が召喚したお前の魂に干渉できるのも今回はもう限界だ。それに、大事な仲間がピンチだぞ」
「……まだアンタを全面的に信用したわけじゃないが、とりあえず礼を言う。これで仲間を助けることができる」
俺がそう言うと、『破壊神』は一瞬だけきょとんとした顔を浮かべる。
「……礼は不要だ。どうしても言いたければ勝ってからにするんだな。それよりも、この戦いを早く終わらせてくれ。創造神は『勇者』を使うことで自らの目的を達しようとしているが、私は――――」
少しだけ気恥ずかしそうに俺から目線を逸らした『破壊神』。
だが、後半呟くように漏らした彼の表情には濃い陰りの色が差していた。
それが何を指しているのか、今の俺には想像の範囲でしかわからない。
しかしながら、少なくとも俺には、遥か昔からこの星の歴史を見つめ続けてきた彼の心は、『創造神』のそれとは違って既にひどく摩耗してしまっているようにも感じられた。
次第にフェードアウトしていく意識の中、寂しげにも見えたその顔がなぜか俺の心に強く残った。
その顔を見たからだろうか、俺はなんとなく「幸運を」とばかりにゲン担ぎの名を持つ煙草を1カートン、この空間に残していくことにした。
軍人には決して送らない銘柄だが、神サマ相手なら別に構わないだろう。
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