第150話 いくぞ、必殺――――!
「バカ、な…………」
衝撃のあまり、俺は空となったパンツァーファウスト3の発射機を取り落としそうになる。
そして、突然降って湧いた轟音に、それまで剣戟を交わしていたショウジとセリーシアも戦いの手を止めて事態の趨勢に目を向けていた。
一方で、それに続くように口をついて出た言葉は、我がものながらあまりにも陳腐なものであった。
だが、そうも言いたくなる。
次第に晴れていく土煙の向こうには、エラ・シェオルの健在な姿があったのだから。
おいおい……。タンデム成形炸薬弾頭のメタルジェットを無効化しただと?
とはいえ、まったくの無傷というわけではない。
弾頭を受け止めた左腕は、生物であればもう二度と機能しないほどに大きく抉れているが、それは高密度の破壊エネルギーが叩き込まれたことの証左でもある。
だが、肝心の破壊エネルギーは、ヤツの本体中枢まで届いていなかった。
……これはあくまでも推測に過ぎないが、エラ・シェオルの左腕の損傷状況を見るに、着弾とほぼ同時にオリハルコンを瞬時に集中させその破壊力の進行を遅らせたに違いない。
そして、弾頭から発生したメタルジェットがオリハルコン装甲を侵徹する中で、瞬時に肩の付け根部分を動かし、その破壊のエネルギーが進む方向を強制的に逸らしたのだ。
これも宝玉の持つ機能であろうが、とんでもない防御反応である。
「……少々驚いたが、無駄な足搔きだったな。強力な魔力を循環させることで、オリハルコンはこのように宝玉の管制下で液体のようにも振る舞う。そして、今見せたように一点まで集めて超高密度化することもな」
必殺の一撃を無効化され呆然とする俺へと、まるで一矢報いたことを労うかのように、種明かしでもするような口調で告げるリクハルド。
「その力を応用すれば、このように使うこともできる」
ダメージの影響などないように、こちらに向けて無事な右手を構えるエラ・シェオル。
先ほどのように強大な魔力反応こそないが、最高に嫌な予感に襲われた俺は、パンツァーファウストⅢ-Tの発射機を投げ捨ててその延長線上から退避しようとする。
「――――
エラ・シェオルの指先が瞬く間に空洞化し、そこから自身を形成していると思われる金属が炸裂音と共に高速で射出されたのだ。
どこのサイボーグ戦士だ、お前は!!
内心で叫びつつ即座に魔力障壁を展開するが、ファンタジー世界にあるはずもない機関銃のごとく叩き込まれる金属球により、あっという間に魔法障壁が削り取られていく。
抜かれる――――!
弾丸の形状をしているわけでも、ましてや銃身にライフリングが刻まされているわけでもないにもかかわらず、金属球自体が魔力を宿しているため、本物の弾丸よりも遥かにタチが悪い。
即座に、俺は障壁で防ぎ切ることを諦めて後退を決断。
着弾で火花を散らす魔力障壁に新たな魔力を注ぎ込みながら、俺は距離を取りつつ次の策を考える。
弾数に制限があるというわけでもないだろうが、エラ・シェオルも一定数の弾丸を撒き散らしはしなかった。
自身を構成する金属を射出しているがゆえなのだろう。
事実、俺の魔法障壁に弾かれた金属球は、本体の制御下に置かれているのか地面を転がるようにしてエラ・シェオルの身体へと戻っていく。
ますます映画の未来兵器のようではないか。
……いや、コイツはそれ以上に厄介だ。
強力な
仮に、必中を期するために彼我の距離をとっても、ジャベリンのような対戦車ミサイルをロックして発射するような時間をくれるとも思いにくい。
であれば、こちらからの攻撃手段が限られる中では、相手に有効打を与えることはできない。
向こうとて本気を出せないのかもしれないが、それは俺も同様である。
……いや、少々こちらが不利か。
「どうする、万策尽きたか?」
リクハルドから投げかけられる見え見えの挑発には乗ってやらない。
たしかに、ヤツの言ったことが事実なら、エラ・シェオルには地球の対戦車兵器をもってしてもダメージは与えられないということになる。
「ずいぶんと余裕をカマしてくれるじゃねぇか。月まで吹っ飛びたいのか、王子サマ」
「それはそれは勇ましい。この状況下でまだ心が折れんか」
返す俺の挑発を受けても、悠然とした態度を崩さないリクハルド。
――――だが、それはハッタリだ。
リクハルドは、俺が『使徒』であることは理解しているものの、どのような手札を持っているかまでは把握していない。
たとえば、生物に対して極めて凶悪な加害手段である核兵器の存在など。
もしそれを知っているのであれば、最初から最強の攻撃手段で俺を殺しに来ているはずだ。
つまり、今は単純に左腕が元の機能を取り戻すまでの時間を稼ぎたいのだ。
現に、エラ・シェオルの左腕は再生途中であり、それも決して高速度での修復速度ではない。
オリハルコンのように特殊な金属を流体化してまで制御できる宝玉であっても、高密度のエネルギーを一点に叩き込まれれば、一時的にその制御系統を妨害されるにも等しいらしい。
あるいは、純オリハルコンで構成されている中に異分子である他の金属(銅ライナー)が入り込むことで予想外の効果を発揮したのかもしれない。
銅が金属として電気伝導度と熱伝導率の高さを持つことから考えるに、エラ・シェオルが宝玉からの魔力コントロールとは言いながらも、実際には電気信号にも似たものを受けて動いているのだとすれば、異物により元の形状への復元を阻害されていたとしても何ら不思議ではない。
とはいえ、それがわかったところで、依然として俺が不利なことに変わりはない。
たとえ弱点がわかったとして、それを突破して更なる一撃を叩き込めるかと言えば、相手は主力戦車以上の敏捷性を持つ兵器だ、大きな疑問が残る。
逆に、急所を狙わずにダメージを与え続けることで向こうの魔力を削っていくとしても、それではおそらく先に俺が魔力切れを起こす。
であれば、宝珠そのものか、中でエラ・シェオルを操っているリクハルドに直接ダメージを与えるしかない。
そんな手段があるだろうか。
……あるにはある。それもヤツの本体でもある胴体への直接射撃――――。
放たれる弾幕を掻い潜り必中距離まで接近するしかないが、それでも今はその可能性に賭けるしかない。
対処する時間を与えればすべて防がれる。
そう覚悟を決め、今度は両腕にパンツァーファウスト3-IT600を召喚。
その途端、俺の両肩にズシリと重みが増す。
パンツァーファウスト3シリーズの中で最大となる均質圧延鋼板換算900㎜の装甲貫通力を誇るこの弾頭を、二挺同時に使った射撃でテメェをぶっ飛ばす!!
未だ再生の追いついていない左腕では防御など満足にも行えまい。未だ健在な右腕で防がれても、残るもう一発がきちんとカマしてくれる。
女神のケツというわけにはいかないが、これでお前をファックしてやれる。
「あすた ら びすた べいべー(地獄で逢おうぜ)!!」
「そうはさせぬ!」
俺が叫びつつパンツァーファウスト3-IT600を構えるのとほぼ同時に、こちらに向けて掲げられた右腕。
トリガーを引けとがなり立てる思考へと割り込むように、本能が全力で回避しろと俺の中で叫ぶ。
だが、既に発射のため魔力でブーストをかけた脚力を使って飛び上がってしまっていて、別行動に切り替えるにはとてもじゃないが間に合わない。
そんな中、エラ・シェオルの右腕の肘から先が、俺に向かって射出された。
ロケットパンチだとぉっ!?
パンツァーファウスト3-IT600のトリガーを引き絞るより早く、それは俺を正面に捉えて強襲する。
この距離で撃てば俺だけが死ぬ――――!
すぐにパンツァーファウスト3を放り投げればよかったのだ。
だが、咄嗟のことでわずかに遅れた回避行動が事態をより致命的にする。
速攻勝負に出て無茶をし過ぎた。
ともすれば、両腕で総重量30㎏近い重量物であるパンツァーファウストを構えたのがいけなかったのかもしれない。
「ごふ――――」
完全に虚を突かれ、巨大質量の一撃が俺の身体に襲い掛かる。
凄まじい衝撃と共に、俺とエラ・シェオルの右腕との距離が遠退いていく。
それが吹き飛ばされているためだと気付いた瞬間には、俺は背中から壁に叩き付けられていた。
全身の骨が軋む感覚と幾つかの不快な音。肋骨が何本かイったな。
続いて押し寄せる、食道を何かが逆流するイヤな感覚。
耐えきれずに吐き出せば予想通りの鮮血。折れた肋骨が内臓に突き刺さりやがったのだ。
懐かしい感覚。
一瞬
……あぁ、こりゃまた死ぬっぽいな。
「クリス様!」
どう見ても致命傷に近い一撃を受け地面に転がった俺を見て、下がっていろと言ったにもかかわらず駆け寄ってくるヴィルヘルミーナ。
美しい金色の髪が、走る身体の動きに合わせて左右に大きく揺れ、墳墓の中で小さく輝く。
そして、不意に訪れる柔らかな感触。ヴィルヘルミーナが俺の身体を抱きかかえたのだ。
「バカ……どけ……。死ぬぞ……」
掠れた声を出しながら、俺は身体を支えようとするヴィルヘルミーナをどかそうと腕に力をこめるが、その意に反して身体はまったく動いちゃくれない。
「わ、わたくしが、あの時クリス様に声をかけたばかりに…………」
瞳に涙を浮かべながら、必死で俺の身体に向けて治癒魔法を発動させようとするヴィルヘルミーナ。
「バカ野郎、オメーのためなんかじゃねぇ」と言ってやりたいが、今はそんな声さえも出てこない。
そんな俺たちの元に近付いてくる、たしかな死の足音。
「そのまま何もしなければ楽に死なせてやろう。せめてもの情けだ。祖国の終わりを見ないで済むのだからな」
新たな魔力反応に、ヴィルヘルミーナは俺への治癒魔法を中断させられることになり、代わりに魔力障壁を展開して抵抗の構えを見せる。
それへとわずかに遅れて、ヴィルヘルミーナの魔力障壁にオリハルコンの弾丸が着弾し、障壁を削っていく。
威嚇か。わざと防御できるように調整して撃ったのだ。
「どけ、ミーナ。お前も王族であれば理解しろ。『大森林』の歴史は、今日この時より新たなものとなるのだと」
「イヤです……」
「……なに?」
「イヤです! リクハルド兄様、もうやめてください……。こんなことをしてまで、わたしは『大森林』を存続させたくはありません……! なぜここまでせねばならないのです!」
俺の身体に縋るようにしながら、リクハルドに向けて必死で叫ぶヴィルヘルミーナ。
だが、それは無理な話だ。
そう、彼女の願いを聞き届けるには、既にあまりにも多くの人間が死にすぎた。
この事態を止めるには、もはや血を流すことなく済ませられないところまできている。
それに、そんな背景などなくともこの男は止まらないだろう。そんな言葉では――――もう止まれないのだ。
「そうか……。残念だ。できることなら、身内を手にかけるようなそんな真似だけは――――したくなかった……」
動け……!
そう必死で自分の身体に命じるが、死が近くまで迫った身体はまるで動いてはくれない。
あまりのダメージに、自分自身で治癒魔法を発動させようにも魔力回路すらおかしくなっているのかてんでダメだ。
だが、俺は……ここで死ぬわけにはいかない……!
死ぬことが怖いんじゃない。
今の俺には守りたいものがあるんだ。
前世で死んだ時のように、すんなり受け入れることはできない。
ここで俺が死ねば、家族や仲間はどうなる。
親父、母上、イゾルデ、ベアトリクス、みんな――――。
そう考えるだけで、守りたいものすべてが俺の手の中からこぼれていってしまうような感覚に襲われる。
俺にはそれが怖くてたまらない。
だから、動いてくれ! 今動かなくてどうするんだ! 帝国と『大森林』との戦争を起こさせるわけにはいかないんだ……!!
「安心しろ、ミーナ。後のことは俺がすべて背負う」
寝かしつける子どもに向けるように放たれるリクハルドの優しげな言葉と共に、ヴィルヘルミーナへと向けられるエラ・シェオルの右腕。
コイツ、本気で妹を殺す気か――――!
「クリスさん!!」
遠く、ショウジの言葉が聞こえた気がした。
お前、もっと頼りになってくれよ。いつまで経ってもしっかりしてくれないから、俺がちっとも楽できないんじゃねぇか。
すべてに決着をつけるべく迫るエラ・シェオルの姿が俺の掠れつつある視界に映る。
だが、それに抗うべく必死で指を動かそうとしたところで、無情にも、俺の……意識は…………ブラックアウトした――――。
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