第149話 死を喚ぶクインテット


「では、終焉を始めよう」


 絶賛中二病発動状態のリクハルドがそう告げると同時に、白銀に輝く女神像の薄布に覆われた意匠が、見る見るうちに甲冑の姿へと形状を変えていく。


 白銀一色だった女神像が、宝玉を取り込んだことによるものだろうか、各部に装飾の如き紋様を浮かび上がらせ、そこに色合いが生まれる光景は、まるで無機物に命が吹き込まれるようにも感じられた。


 だが、変化はそれだけにとどまらない。

 『変身』を遂げていく背中からも飾りなのか、あるいは何らかの能力を持つのか銀翼ウイングらしきものまで展開されているではないか。


 まるで戦乙女ヴァルキリーのようだ。この世界にも似たような存在は語られているのだろうか。

 とはいえ、俺はこんな辺鄙な場所でヴァルハラへと導かれるつもりは毛頭ない。


「……下がってろ、ヴィルヘルミーナ」


 ゆっくりと動き出す女神像を見て、俺は背後に控えていたヴィルヘルミーナに下がるよう指示を出す。


「ですが……」


「下がってろ! 死にたいのか!!」


 食い下がろうとするも、俺からの一喝を受けてビクっと震えるヴィルヘルミーナ。

 彼女には悪いが、この状態でお姫サマを丁重に扱ってやれる余裕はない。

 この女神像がどれだけヤバい存在かは、肌にビンビンくる感覚から既に十分なまでに伝わっている。


 一方のリクハルドも、さすがに自分から身内へと攻撃を仕掛けるのは憚られたか、離れるまで攻撃の姿勢は見せなかった。


「クライマックスの舞台は整ったかよ、王子サマ」


 待ってくれてた礼とばかりに言葉を投げると、ゆっくりと、それでいてしなやかな動きを見せるエラ・シェオル。

 あまりにも滑らかな動きを見るに、自身への簡易的な重力制御すら限定的ながらも可能とするようだ。


 また、背中から展開されている翼。そこから放出されている魔力の反応から、コレが魔法を発動する際に魔力をコントロールする役目を果たすらしい。


 ……くそったれめ、とんでもないヤツが奥の手で残っていやがった。


 全長10メートル近い体躯に、名工が命を賭して作ろうとしても生涯に二つと残せぬであろう造形が織りなす美。

 そんなものが生物のごとく動き出す光景は、さながら神話に語られる一節のようであり、また同時に悪夢を見させられているかのようでもあった。


 知らず知らずのうちに、俺の背中を冷や汗が伝う。

 こんな非常識なモノの前では、あのアイアンゴーレムですら霞んでしまう。

 この墳墓ごと俺の魔力が許す限りの爆薬で吹っ飛ばして生き埋めにしてやろうかとも考えたが、この様子だとしなくて正解であった。


 どんな原理かまではわからないが、未来から送り込まれる殺人兵器よろしくボディを液体金属化できるコイツに対して、そんな策はまるで意味をなさないだろう。

 生き埋めにしたところで、しばらくした頃にでも出てきてサクッと『大森林』を制圧して即帝国との戦争だ。


「こんな穴蔵のような場所が、最初のお披露目になるとはな。まぁ、すぐにこの大陸とて席巻できよう」


 ちっ、俺たちはついでか。


 とはいえ、コイツは世に放っていいような存在じゃない。

 なんとしても、この場で破壊しておかねばならない、それこそ世界をとんでもない方向へと動かしかねない埒外の因子なのだ。


 ……しかし、なんでこんな時に限ってティアもサダマサもいないんだろうか。もうね、なんだかんだと肝心なところで勇者ひとりに戦わせるRPGのボス戦かと。


 だが、残念ながらこのボス戦にコンテニュー機能なんて気の利いたものはついていない。

 死んだらそれまでの一本勝負。

 だからこそ、俺もリクハルドもそれぞれの信じるモノのために自分の命をベットして対峙しているのだ。


 そして――――ここからはそれのぶつけ合いだ。


「悪いが、舞台はここで終幕だ!」


 こんな化物相手じゃアサルトライフルとはいえ豆鉄砲も同然だ。最低でも20㎜以上の機関砲が必要になる。


 ならば、出し惜しみはナシだ。

 HK417は放り投げて、初手からパンツァーファウスト3を叩き込もうと背中に手を伸ばすが、その瞬間背筋に怖気が走る。


 その警鐘が示すように、エラ・シェオルの周囲に浮かび上がる強大な魔力反応。翼――――放魔フィンから放出されている魔力の量もケタ違いだ。


四重魔烈線クアドラプル・レイ


 しかも4つだと!?


 いくら人類圏で最も魔法の扱いに長けると名高いハイエルフとはいえ、この魔力量で四大属性エレメンツを多重展開してのけるのは異常というほかない。


 だが、そこで俺ははたと気付く。


 リクハルドが持っていた、エラ・シェオルの中枢部と思われる宝珠の演算能力によるものだと。

 アレはこの像の制御を司っているだけではないってか!


「くそっ!」


 毒づきながらも、俺は高密度の魔力障壁を正面に展開。

 それぞれの特性により、俺たちの息の根を止めんと計算尽くされたタイミングで襲い掛かる属性魔法をすべて発動前に受け止める。

 こんなものが多重発動した日には、魔法と魔法がぶつかり合う相乗効果により、ティアがエルフたちに向けて放った《死の波濤》《デッドリィ・アフターマス》並みの破壊力を生み出しかねない。


「……ほぅ、魔力障壁。しかも高位のモノだと? 伝説級レジェンダリーの魔法士以外では魔族くらいにしか使えないと思っていたが」


 生憎、俺とイゾルデは使えるんだよ!

 余裕がないので内心で叫ぶだけに留め、俺は障壁表面で魔法として完全に顕現する前のそれを包み込み、完全なる魔素の塵へと還す。


「カマすぞショウジ! たまの出番だ、気張れよ!」


「はいっ!」


 俺の投げかけた言葉に応えるように、ショウジが背後で返事を寄越す。

 それと同時に、手で『神剣』の柄を強く握り締める音が小さく聞こえた気がした。


 そう、


 相手が強力な魔法を使えば使うほどに、『勇者』の持つ『神剣』の威力はそれを吸収して飛躍的に高まっていく。

 もちろん、そのためには『神剣』を扱う『勇者』の肉体的な性能に大きく左右されるが、それさえクリアすれば魔素の影響を受けている者へは例外のない絶大な威力のカウンターとなる。


 とはいえ、今のショウジにこの大ボスの相手は厳しい。

 相手の強力な魔法を吸収する前に身体が破壊されてしまう。


 だが、『神剣』の特性はそれだけではない。

 一撃でも入れることができれば、そこからコンピューターウイルスのごとく侵入してに魔力を循環させている回路を妨害する。生物でいえば血流を阻害されるようなもので、魔力のコントロールを不完全なものにする。

 そこにパンツァーファウストを撃ち込めば、この女神像とて無事では済まないハズだ。


 放たれたエラ・シェオルの魔法をすべて完全に無効化し、役目を終えた魔力障壁が解除されたところで、覚悟を決めたと思しきショウジが飛び出していく。


「おおおおおおっ!!」


 自分自身を奮い立たせるように雄叫びを上げつつ、魔力で身体能力にブーストをかけたショウジがエラ・シェオルに向かって疾走を開始する。

 エラ・シェオルも再びチャージを始めるが、ショウジの方が速い……!


 だが――――。


「させない!」


 エラ・シェオルまで一直線に駆け抜けようとするショウジ。

 その真正面へと飛び込んで来た人影の放ったハルバードの一撃を、ショウジは『神剣』で受け止める。

 リクハルドの傍にいたダークエルフの女だ。絶妙のタイミングで来やがった。やはり、コイツも戦う気か。


「……よくやった、セリーシア。そのまま足止めをしておけ。俺はこの厄介な『使徒』を先に倒す。…………四重魔烈線クアドラプル・レイ


 リクハルドはチャージした魔力を解放し、更なる多重展開魔法の一撃を俺目掛けて繰り出してくる。

 再び魔力障壁を展開して、どうにか抑え込む。


 マズい、……!!


「邪魔を、するなァっ!!」


 叫びつつ、ショウジは裂帛の気合を込めて眼前に迫るハルバードを押し退けようとするが、反対にセリーシアと呼ばれたダークエルフの女はショウジの『神剣』をいなしてのける。コイツ、技の使い方がわかってやがる。

 よろめいたところへハルバードの槍部分が迫るが、地面を蹴ってショウジはそれを回避する。


 なんてこった、完全に出鼻をくじかれた……!


 小さく舌打ちをしながら、俺は正面の敵――――エラ・シェオルへと向き直る。


 ショウジを押さえられたならば、俺が自力で倒すしかない。

 退避させたヴィルヘルミーナにも、ハイエルフとして強力な魔法を使えるだけの能力はあるのだろうが、員数外として考えないとかえって危険だ。そもそも、肉親との戦いともなればそれを十全に発揮できるとは到底思えない。


 やれやれ、結局はひとりか。


 なぁに、こちらもあちらも1対1。条件は同じだ。

 ……まぁ、歩兵と戦車が正面から堂々と殴り合いを始めるようなものだが。


「どうした、来ないのか? では次で退場してもらおう」


 まるでかかってこいと言わんばかりの余裕を見せるリクハルド。お望み通りにしてやろうじゃねぇか!


 頬を伝う汗の道筋を感じつつ、多重展開魔法を撃つためのチャージを狙い、俺はプローブを伸ばしたパンツァーファウスト3-Tを構えて照準を合わせる。


 舐めやがって、その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやる!


「骨董品は永久に眠ってろっ!!」


 この最高の芸術にして最凶の兵器を永久に黙らせるべく、俺は叫び声と共にトリガーを引き絞る。


 閉鎖空間での射撃のために轟音と化した発射音を伴い、後方からもカウンターマスをまき散らしながら弾頭がロケットモーターの唸り声を棚引かせて超高速で飛翔を開始。


 吸い込まれるように弾頭が命中する寸前、左手を前方に掲げたエラ・シェオルがそれを受け止めようとする。


 大した反応速度だが、それは無駄だ……!!


 着弾とほぼ同時に地面を揺るがすほどの爆発が生じ、舞い上がった土煙により視界が閉ざされる。


 ……確かな手応えはあった。


 タンデム成形炸薬弾頭HEATの一撃だ。

 いかに強力な魔力障壁といえども一段目が障壁をブチ抜いて、本命の二段目がエラ・シェオル本体にダメージを与えてくれる。

 いかに伝説の金属で全身が構成されていようが、外部からの破壊エネルギーで宝玉の制御とは別に流体化させてしまえば内部へのダメージも通るハズ。

 最低でも行動に差し支えるレベルの損害を与えられたと俺は確信していた。

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