第107話 春過ぎて 夏きたるらし~後編~


「別に高等学園に行くつもりはなかったんだよ。まさか領地にも帰してくれないとは思ってなかったからなぁ……」


 そして、主軸となる俺についてだが――――中等学園卒業と同時に軍にでも入ろうかと思っていたが、ヘルムントから待ったがかかった。


 どこから漏れ出たかはわからないが、凄腕の冒険者が教会の『勇者』らしき存在を退けたというウワサが広く流れており、その条件に該当しそうな俺が目立つのを避けたいとのことだった。


 まぁ、十中八九、貴族派か教会の仕業であろう。

 ウワサなんてものは、事実であるかどうかより可能性があることを強調したいのだから。


「仕方ないわよ。クリスがなにかしようとするだけで、あれこれとトラブルに発展するんだもの」


 呆れ気味に漏らすベアトリクスの言葉どおり、どうも俺はなにかしようとするたびにトラブルに巻き込まれる体質のようだ。

 逆に言えば、どこへ行っても面倒事が起きるんだから、ある意味なにをしたって同じだと思うのだが周囲はそう考えてはくれなかった。


「いくらなんでも過保護すぎやしないか?」


「予防策よ。クリスのしぶとさはみんなわかっているわ」


 ひどい言われようだ。


 結局、せめて成人するまでは大人しくして欲しいと半ば懇願するようにヘルムントから言われたため、不承不承だが納得して、俺はそのまま高等学園に進んでいる。


 元々の志望進路は中央直轄軍だったのだが、無理に軍へ進んだとして、絶対に目立つなと言われても性分&宿命的に無理な話だろう。


 将来的にどうなるかは別に、侯爵家次男の身分であればそれなりの地位を与えなくてはマズいため、待遇は士官扱い……地球風階級はまだ存在していないので、百人長くらいから任されるはずだ。

 そうなった際に、俺は部隊の指揮官として兵を死なせないための訓練をしなくてはいけないが、やはりそこで目立つのは避けられない気がする。


「まぁ、それでも来年には卒業だ。成人したらいいかげん軍にでも入るさ。魔法の才能があるイゾルデはともかく、研究職になりたいわけでもない俺が魔法大学に行っても仕方がないしな」


「兄様だって、保有魔力量はすごいじゃないですか」と言葉を挟んでくるイゾルデ。


「いちいちいことを言うやつだなぁ」


 悪い気はせず頭を撫でてやると、それに合わせるようにツインテールがふわふわと揺れる。


「そういえば、最近はあまり聞けていなかったけれど、侯爵家領地の方はどうなっているの?」


「んー、順調と言っていいと思うよ。特に“あっち”のほうはな」


 近況を尋ねるベアトリクスの言葉を受け、そこから簡単に説明をしていく。


 アウエンミュラー侯爵領は跡取りであるレオンハルトがそこそこ頑張っているらしい。『お取り寄せ』をしておいた知識の落とし込みも順調なようで発展を続けている。


 あれから懸念となっていた銃関係についても大きな進展があった。

 火縄銃マッチロックガンの開発は無事終了したため、次の世代と呼べるフリントロック銃の開発を進めつつも、それと並行して一気に銃用雷管を開発して密閉型構造の銃を作ろうと検討。

 想定通りに雷管がネックとなったが、思わぬところで発見があった。

 雷管を屑魔石で代替できる可能性をドワーフ――――あのウーヴェが発見したのである。

 小さな魔石をたまたまハンマーで叩いた時に出た火花――――魔力が結晶体から解放される瞬間のエネルギーが、火薬の点火剤になるとわかったのだ。


「それなら銃も作りやすくなったんでしょうね」


「いや、よくよく考えたらそんな単純な話じゃなかったよ」


 ただし、これも良いことづくめではなかった。

 たしかに屑魔石から火花は出るのだが、前世風に言うなら単結晶ダイヤモンドと同じく結晶の方位にランダム性がある上に、火花を出すには高い激発力が必要となった。


「生じた問題についてはコンペティションを行い、技術を体系化させるために問題箇所の洗い出しを行うつもりだよ。これさえ何とかなれば、採用する上ではそれほど難しくないからな」


 だが、

 この屑魔石雷管の技術が下手に広まってしまうと、化学的手法を基にした俺たちの技術の優位性がなくなるため、そのまま進めることはできないのだ。

 平坦な道だとは思っていなかったが、なかなかうまくいってはくれない。


 ちなみに、他の項目については然程問題もなさそうであった。

 地球の銃の発展史を辿るだけでも優位性は確保できる。

 鉛で作った弾丸が発射後に膨張して銃身内径をこするように通るよう設計し、ボトルネック形状の真鍮製薬莢が発射ガスを銃口以外から漏れないように蓋をする。

 これだけで発射エネルギーのロスを防ぐことができるようになり、火縄銃から比べると当然であるが大幅な進歩となる。

 これも技術的には模倣は容易だが、その前の火薬への点火技術が完成しなければ稼働率は高まらない。


「あぁ……。真似されてしまうにしても、その時間をどれだけ稼げるかって話なのね」


「そうだよ。魔法に近い技術は俺の知識も不足気味だ。いくら便利でもそれを安易に使うのは危険と見ている」


 特に高度な冶金技術を必要とする薬莢に関しては、それらの技術に元から高いアドバンテージのあったドワーフ抜きには、金属関連の知識を与えたにしてもこんなにも早く実用化はできなかったとつくづく思う。


 さて、これらの技術的発展によりカートリッジ式のライフル銃開発の目処が立ち、現状では単発装填式からが精一杯であるが試作品の製作が進められている。

 発射後の煙が問題となる発射薬の開発だけが少しばかり遅れているが、褐色火薬は既に実用化一歩手前、ニトロセルロースを使った無煙火薬についても、優秀だがコネもなく働き先のない魔法大学出の錬金術師を雇い入れて研究が開始されている。


 おそらく、次の戦争までの配備は間に合わないが、以後はコイツが戦の常識と世界の在り方を徐々に変えていくことになると思っている。


 そして、こららの秘密をどれだけ守れるか、これが今後の帝国を大きく左右するのは間違いないと思う。


「そう、順調なようでなによりね。そういえば北方からのウワサが入ってきたわ。教会は火薬らしきものは手に入れたけど、例のヤツ、アレは早々に失っていたらしいわよ。まだ諦めてはいないようだけど」


 俺は苦笑するしかない。

 やはり、誰かの手が吹き飛んだくらいでは諦めてはいなかったか。


 アレから教会が何も言ってこなかったのは、火縄銃(欠陥品)の問題に気付いた気になっていたからであろう。

 しかし、教会に渡したサンプルがそうなってしまっては、当面パイプに火縄を差し込むハンドキャノンあたりからやるしかないだろう。


 まともに使えるレベルにするには、金属加工技術も必要になるがそこは俺の知ったことではない。

 だが、黒色火薬でも『火薬』を手に入れたことは脅威となり得る。

 火薬が充填された破裂する球体などは原始的な爆弾としての効果も発揮し得るからだ。

 決して銃だけが火薬の使い方ではないのだ。


「……さて、ちょっと名残惜しいけど、わたしはそろそろ領地に戻るわ。また連絡してね、クリス」


「あぁ、手紙じゃ遅すぎるからな。設置した無線でも―――――」


 待て待て。

 俺は自分で言っていておかしいと思う。


 仮にも婚約者同士が無骨極まりない軍用無線機の前でそれっぽいことを語り合うとか、平安貴族を思えば実にロマンも色気もないシーンではないか。

 だが、手紙なんぞ書いていては時間が…………いや、火急の用でなければそれでいいのか? 俺が文明の利便性に毒され過ぎているような気がしてきたぞ。


「いや、あまり文章に自信はないが、ちゃんと手紙を書くよ。またな」


「ふふふ、期待しないで待っているわね。ところで、二人はこれからどうするの?」


「あぁ、ちょっと学園まで呼ばれていてね。顔を出す予定だよ。こう見えて生徒のくせにオブザーバーもやってるからな」


「そう。じゃあ、それも含めてまた手紙で色々と聞かせてね」


 そう言うと、通りで待機していた馬車に戻るベアトリクス。

 さすがに月に二~三度の逢瀬にも慣れたらしく、その足取りは当初のものと違って軽いものであった。


 まぁ、婚姻までそう遠い話ではないのもあるかもしれない。


「卒業と同時に婚姻までされちゃうのですか? いやはや、やっぱり兄さまはたいしたものですよねぇ――――って、ふわぁーっ!」


「そういう男女の機微を覚えるトシになったのは喜ばしいことだけどさ、からかうのは勘弁してくれよな」


 からかうような視線を向けてきたイゾルデの頭を容赦なくくしゃくしゃにしながら、俺はコーヒーを一息で呷ると、溜息をひとつ吐いて椅子から立ち上がる。


 ふと見上げた帝都の空は、正午を回ったところで雲ひとつない眩いばかりの蒼穹が広がっていた。


 夏はもう、すぐそこまで来ている。

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