第216話 虎・トラ・とら
鋭い――――というよりも獣が狩りを行うような踏み込みから、ラヴァナメルが抜き放ったバカデカい大剣を手に一気にこちらへと肉薄。
刀を前方に振り上げるようにして迎え撃つ俺は、最初から魔力を惜しみなく体内に循環させる。
それも今の俺の肉体が耐えられる魔力量ギリギリで、だ。
というよりも、それくらいしなければならないのだ。
あんなものを真正面から何の準備もなく受け止められるか。俺が無残な
最初に接敵を果たしたのはショウジ。
『神剣』の一撃を放つが、対するラヴァナメルから唸りを上げて旋回してきた刃に吹き飛ばされる。
その程度でラヴァナメルの進撃は止まらない。
そして、待ち構えていた俺の刀を握る腕へと凄まじい衝撃が襲い掛かる。
「くっ……!」
とてつもなく重い一撃に、身体全体が軋む感覚。
全身の関節を使い、武器にまで魔力を流し込んで受け止めても押し負けそうになる一撃だった。
マズいマズいマズい……!
こんなもの、真正面から何度も受け止められるものではないし、こちらの武器が先に耐えられなくなる。
そして、なによりも、この一撃がラヴァナメルの本気ではなさそうだという点。
正直、これが最大の問題だ。
「……ほぅ、ヒト族の身でこれを受け止めるか」
俺の挑発によって生じた怒りの表情こそ完全には消え去っていないものの、虎の顏に感心したような表情を浮かべるラヴァナメル。
事実なんだろうが、なんだかバカにされているようで腹が立つ。
「この、クソ力を発揮しやがって、テメェ……!」
敢えて歯をむき出しにして獰猛な笑いを作り、俺はラヴァナメルに対して精いっぱい強がってみせる。
それと同時に膝を抜き、身体全体を使って不意打ち気味に大剣を受け流し、刃の軌道上から肉体を退避。
だが、このまま後ろに下がるようなことはしない。
回避した姿勢そのままに、腰の捻りを利用しながら右から左へと横薙ぎの一撃を放つ。
しかし、ラヴァナメルはそれを最小限の動きで持ってきた大剣で受け止める。
そう簡単にいくとは思っていなかったが、それでも攻撃は続けなくてはならない。
これだけの力量を持った敵を相手にして防御に回れば死ぬだけだ。
ひたすら攻めに回り、どこかで先手を取るしかない。
「ふっ――――!」
後方へ下がる――――と見せかけ急制動。
喉元目がけて刃を突き入れるが、剣身の樋部で防がれそうになるのを察知し慌てて引っ込める。
軽量化のため肉抜きされた樋に誘い込まれたら、刀など容易く圧し折られる……!
「あぶねぇな……!」
まぁ、自分でもわかっちゃいるが、見ての通り実際の状況は芳しくない。
……はっきり言おう。
どう足掻いたところで、コイツは俺たちが正面から挑んで勝てる相手ではない。
そう感じたせいか、腰にある重みへと意識が行くが、コレは使いどころが大事なものだ。
少なくとも、まだそのタイミングではない。
だからこそ――――よりこちらが強がっているように見せておかねばならない。
「言っておくが、俺たちを相手にして余裕コいてた連中は、ほとんどが地面の下で冷たくなってるぜ」
勝つ気でいることを、強く宣言しておく。
まぁ、勝てるかって言ったらめちゃくちゃ厳しいが、それでも負けるつもりだけは絶対にない。
「力を誇示することしか能のない獣人たちが、目覚めた俺に挑みかかってきたが……皆地を這い許しを請うか、死んでいった。同じだな」
挑発を受けたラヴァナメルが静かに告げる。
「そりゃ奇遇だな」
「いや、それ以下だ。大した力しか持たぬ身で、我々の大義の邪魔をしようとは片腹痛い。この地で無様に死んでいくがいい……!」
言葉とともに急襲。受け止めるも身体が軽く弾き飛ばされる。
はっきり言って喋っているヒマなどないのだが、そんな中でもラヴァナメルの大仰な物言いに、不快感が隠せなくなる。
「……無様とは言ってくれるじゃねぇか。だがな、お前の無茶苦茶な進軍――――いや、集団自殺に巻き込まれる方が、よっぽどくだらない死に方だと思うぜ!」
再び、挑むように自分から斬り結びに行く。
斜めに振り下ろした渾身の袈裟懸けも、ラヴァナメルの白い毛をわずかに刈り取っていくだけでダメージとはならない。
「……くだらないだと?」
少しでも力を抜けば押し切られそうになる鍔迫り合いの中、俺の言葉にラヴァナメルが口を開く。
ほんの少しだけ圧力が弱まるのがわかった。
……どうやら、関心を引くことができたようだ。
「ああ、そうだ。お前がその身に流れる『血』とやらでどれほどの力を得たかは知らないが、その力を使ってどうするつもりだ? お前の言う大義だって、ただ耳触りのいいお題目にしか過ぎない。見てみろ、その言葉に踊らされた連中が動いた結果がコレだ」
言葉を受けてラヴァナメルの視線が動く。
背後に広がる戦場――――いや、破壊の痕跡にその目が向けられる。
「それを……これだけの破壊と殺戮をもたらした者が言うのかっ!」
ラヴァナメルの瞳に浮かぶ激情が俺に向けて放出され空気が震える。
だが、それは同胞が殺されたことによる怒りではない。
むしろそうであればまだマシだった。この男にそんな感情など存在しない。
「あぁ、そうだ。だが、お前が皆をけしかけなければこうはならなかった! この戦いは本来避けられたものだ! それに……こうなることを望んでいたのは他ならぬお前だろうが!」
たまらず叫ぶ。
この男の思惑が俺には到底受け入れられなかった。
どれだけ大義だなんだとお題目を掲げたところで、結局考えていることは自身の復讐でしかないのだ。
本人が掲げる大義を信じ込んでいたのならいい。
だが、大層な御題目で本当の目的を隠し、それに関係のない多くの人間を巻き込んで死なせていったことを、とてもじゃないが許容するなどできなかった。
「貴様のような、“持てる者”が知ったような口をきくな……!」
心の内を容赦なくえぐっていく言葉に、剣が怒りの声とともに押し込まれる。
ふざけんなと返したいところだが、さすがにそれどころではない。
「くっ……!」
「クリスさん!」
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