第217話 虎・トラ・とら~後編~
このままでは……というところで、横合いから頃合いを見計らっていたショウジが、『神剣』を手に携えこちらへと突っ込んで来る。
「手を出すな」なんて言ってはいないし、俺自身にそんなふざけたこと言っている余裕もないだけに正直非常にありがたい。
「むっ……!」
なんとか俺だけでも先に仕留めておきたい――――
同時に、こちらの刀にかかっていた圧力がなくなる。
それに一瞬遅れて、ショウジの放った斬撃が空を切った。
「ちっ……」
もとより俺から引き離すための牽制程度のつもりだったのだろう。
小さく舌打ちが漏れたものの、攻撃をしくじったショウジの顔に残念がる様子はない。
「……悪いな、ショウジ。俺ひとりじゃ、あのパワー馬鹿の相手はキツい」
わずかに痺れの残る腕に魔力を循環させて回復を促しながら、傍らに立つショウジに声をかけるが、彼もまた緊張した面持ちを崩さない。
「いえ。本来なら、俺が討つべきなんでしょうけどね……」
ままならないもんだ、と二人で同じような表情を浮かべる。
「どうします? いつぞやのように戦車で吹き飛ばしますか?」
「物騒なことを考えられるようになって嬉しいね。……だが、ちっとばかり無理だな。圧し潰すって方法もあるが、ここに50tもある戦車を喚んだら地面が崩れて死んじまう」
そう、ここは切り立った崖となっている。
ラヴァナメル自身は、単に見晴らしが良いからこの場所を選んだのだろうが、それが見事にヤツに利する形となっていた。
……なんとも悪運の強いヤツだ。
実際、こんなところでなきゃ、とっくの昔に戦車なりを喚び出して粉砕している。
力量を見ても、状況を見ても、ラヴァナメルはまともに相手をするべき相手ではないのだ。
「それは残念です。しかし、あの虎、ずいぶんとイヤらしい動きをしてますね」
嘆息するショウジの言う通り、敵もなかなかに勘が働くものだ。
正体不明の存在でありながらも、
それどころか、間合いをとる際には、なるべくイリアと自身の位置がハインドから見て重なるように動いている。
つまり、先ほどの狐の獣人を無力化した手段が、どのようなものであるか朧気ながら理解しているのだ。
猪武者ならまだしも、頭までそれなりに回るなると厄介極まりないな……。
なかなか上手いこと回ってはくれない事態に、唇が乾いていく。
「しゃーねー、こうなりゃ連携の見せどころだ。しっかりついてこいよ。虎狩りは危険がいっぱいだ」
「言われずとも……!」
軽口と叩くと同時に駆け出す俺とショウジ。
それを受けて、ラヴァナメルもこちらに向かって動き始める。
さらなる加速をかけて先に仕掛けたのはショウジだった。
「はあっ!!」
『神剣』の横薙ぎで誘い出そうとするが、ラヴァナメルはその場に静止したまま、その一撃を軽々と操る大剣で難なく受け止めた。
すかさずそこへ、反対側から俺が袈裟懸けに斬り込む。
せめて手傷くらいは……!
だが、その一撃さえも強固な手甲に激突。難なく受け止められてしまう。
ウソだろ!? いったいなんなんだコイツの装備は!!
「……面白い。二人がかりなら俺に勝てると思ったか?」
左右からの同時攻撃を受け止めたラヴァナメルが牙を剥いて
その言葉を受け、ラヴァナメル越しに攻撃を受け止められたショウジの奥歯が噛みしめられる。
「まさか卑怯とは言うまいね……!」
少しでも自身を奮い立たせるために軽口を吐く。
「それは……こちらを追い込んでから言うべきセリフだ!」
するりと手甲が
慌てて重心を制御し、転ばされないように踏ん張りをきかせて耐える。
しかし――――
ヤツの狙いはこれじゃない……!
続くラヴァナメルの動きに強烈な悪寒を覚え、一度立て直そうとした身体から素早く力を脱いて、地面を転がることを選ぶ。
どこからか旋風が巻き起こったと感じた時には、頭の真上――――先程まで俺の上半身があった空間を重量物が通り過ぎていった。
何が起きたのかを認識した俺の身体に、冷や汗と脂汗の混合液体がどっと浮き上がる。
「ぐっ……!」
一瞬遅れて、今度は金属音とともにショウジから苦鳴が漏れ、その気配が遠ざかる。
まさか回転斬りだってのか!? マンガじゃねぇんだぞ!?
ラヴァナメルから遠ざかるように転がりながら事態を把握。
信じ難いことに、ラヴァナメルは二人がかりの攻撃を受け止めた状態から、身体全体の関節をフルに活かした恐るべき速度で大剣を横に薙ぎ、俺の胴体を輪切りにしようとしたばかりか、その過程で自身の後方となった位置にいたショウジの上段からの斬撃にまで合わせやがったのだ。
ウルトラCなんてレベルじゃない。
だが、ここまで連続した動作となれば、その後で生じる隙は大きい。
後ろ腰に括り付けていたMP5Kを引き抜き、ほぼ勘を頼りにフルオートで射撃。
コイツ相手に手段なんか選んでいたら、確実に負ける。
しかし、ここで俺は“獣”が相手ということを失念していた。
常に周囲360度に対して、魔法を使うわけでもなく警戒できるだけのセンサーじみた感覚を持っていやがったのだ。
「小癪なァッ!!」
ショウジに対して追撃をしようとしていたラヴァナメルが、上半身をひねりつつも弾かれたように急転回。
叫びながら9㎜パラベラム弾の奇襲を回避してのける。
冗談じゃねェ、あの身体でなんつー反応速度だ。
決して油断していたつもりはなかったが、こんなことなら、それこそショットガンでも用意しておくべきだったと後悔を覚える。
反撃代わりの剛腕が唸るのを、軌道変化が起こらない位置まで引きつけながら再び転がって回避。
続く右の直蹴りが追いかけてくるのを、ギリギリのところで盾となってくれた手甲が火花を散らして逸らしてくれる。
しかし、完全にいなせなかった衝撃が伝わってきて、骨が軋み顔が苦痛に歪む。
掠ってこれなのだから、まともな一撃を喰らうだけで肉体が粉砕されてしまいそうだ。
「フン、単なる雑兵ではないと思っていたが、想像以上に楽しませてくれるな」
そりゃこっちのセリフだ。
もちろん、戦闘狂ではないので楽しませてくれているなんて微塵も思っちゃいないが。
やっとのことで体勢を立て直しつつ、刀を構えてラヴァナメルを睨む。
「だが、そろそろ終わらせてもらおう。貴様らには報いを受けてもらわねばならん」
ラヴァナメルから宣告が放たれる。
クソ……。まさか、ここまで力量の差があるとは……。
『覚醒した血』とやらを侮り過ぎていたかもしれない。
「ここで死ね!」
その言葉は、一種の願望のようでもあった。
再びこちらへと向かって疾走を開始するラヴァナメル。
先ほどよりもさらに速い……!
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
最後まで――――身体に刀身が喰い込むまで諦めることだけはしない。
覚悟を決める中で隣を見れば、ショウジも魔力を全力で練っていた。
後のことなど考えない魔力の暴走――――限界値を超えようとしているのがわかる。
それならいっそのこと――――俺も体内で極大の魔力を練ろうとする。
だが、そこへ新たな一陣の風が舞い込んできた。
激しい金属音とともに、黒剣が大きく弾かれた。
虎の顔に驚愕の表情を浮かべる中、ラヴァナメルはすぐに殺気を漲らせ、素早く翻った黒剣が振り下ろされる。
甲高い音とともに火花が散り、虚空に
「……待たせたな」
大質量の剣を正面から受け止めながらも、その口から流れ出るのは涼しげな声。
俺たちの間に飛び込んできたのは、漆黒の影――――サダマサであった。
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