第215話 落ち込みブルーは見せらんねェ


 さて、狙撃が成功した以上、余計な監視役のいなくなったイリアを前にした虎ヤローに変な気を起こさせる前に乗り込まなくてはいけない。

 要は、こちらに釘付けにした状態でヤツを倒す必要があるのだ。

 そんな俺の意図を察したパイロットが、ハインドの機体を大き目に傾け、彼我の距離を一気に詰めていく。

 いよいよだ。


「あそこに……イリアが……」


 いつしか傍らへとやって来ていたショウジが、つぶやくように言葉を漏らしたのが俺の耳へと飛び込んでくる。

 目を細めるようにしてイリアのいる崖の上を見つめながら、ショウジは外から入り込んでくる風に前髪を乱していた。

 視線を落としてその右手を見れば、握り拳が形作られていることに気付く。

 これから始まるであろう戦いを前に、強い緊張を覚えているのだろう。


 ――――なんにせよ、イリアのことで気負いすぎていなければいいのだが。


『目標地点到達まで、残り約10秒――――』


 パイロットからの声に、俺自身も腰に佩いた刀と腰に据え付けた銃器の重さを意識する。

 さぁて、とんでもねぇ強敵とのご対面だ。……うーん、生きて帰れるかな。

 緊張によるものか、少しだけ俺も動きがぎこちなくなる。


『降下準備!』


 パイロットからの再度の通告に、俺は深呼吸をして身体を落ち着かせ、ヘリから飛び降りる準備をする。

 タッチアンドゴーというよりはフライパス。なかなかに低い高度だが速度が速い。


 ……しかし、ショウジの動きが悪い。


 あー、もう! お前が一番乗りしないでどうするんだ!


「……ボヤボヤしてないで、お前が真っ先に行くんだよ!」


 ショウジには悪いが、かなりの高速で空を飛んでいるハインドから敵めがけて降下するなら、こんな風に感傷になど浸っている暇などありはしない。

 早くしやがれと、俺は遠慮なくショウジの背中をドガッと蹴り飛ばしてやる。

 わりと遠慮なく。


「ちょっ!? うわぁぁぁぁ!?」


 ノーガードで背後から不意打ち気味の蹴りを受け、悲鳴を上げながら機外に投げ出されるショウジ。


「クリス、気をつけてね」

「しっかりの」

「ご武運を――――」


 背中に受ける三人からの言葉にビシっとサムズアップさせた右手を掲げて返し、ショウジの後を追うように兵員室からふわりと飛び出す。


 一歩外へと出た途端、氷点下の空気が凍りつかせてやるとばかりに全身を包み込もうとしてくる。


 続いて襲いかかるのは、重力が身体を引き寄せようとする感覚。

 思わずそれに目を瞑りたくなるのを堪えながら視線を動かすと、落下中のショウジの姿が目に飛び込んできた。

 いきなりのことで慌てかけてはいたものの、すぐにショウジは姿勢を制御して魔力を練り、思った以上に上手く雪の上へと着地する。


 さすがに、俺自身の勘を取り戻すべく行った数回の空挺降下訓練に、半ば無理矢理同行させただけのことはあったようだ。

 晴れて実地訓練も成功したことだし、これでいつでも世界のどこにでも展開できる、即応能力を持った唯一無二の『勇者』としてデビューできるぞ。


「っと……!」


 ショウジが無事に降り立ったのを確認しつつ、俺は俺で魔力強化をして着地の衝撃を吸収。

 降り積もった雪があったため、想像以上に衝撃は少なかったが、とにかく無事に崖の上へと降り立つことができた。


 さて……。


 意識を切り替えつつ静かに立ち上がって前方を見やると、そこにはこちらを威嚇するかのように睨みつける白い虎人ワータイガー――――ラヴァナメルの姿があった。


 やはり、間近で見るとその身に宿る迫力はまるで異なってくる。

 昨日も何人かの虎人を相手にしたが、体躯だけでも二回り以上は違うように見える。


「貴様は、たしか昨日の戦場にいた……」


 ゆっくりと歩を進めて行く俺とショウジの顔を見ていたラヴァナメルが、思い出したらしく声を上げる。

 初めて耳にしたその声は、その巨躯に相応しい迫力を持っていたが、同時にその中に含まれている繊細な気配のようなものまでが感じ取れた。

 ともすれば、それはある日突然、自身の運命が歪んでしまったがゆえだろうか。


 だが、そんな部分に配慮してやる暇と義理はない。


「へぇ、覚えていてくれたのか、嬉しいね。それじゃあ、嬉しいついでに、


 続いて放たれた俺の言葉を受けて、ラヴァナメルの表情に新たな種類の殺気にも似た感情が満ちる。

 ほぼ真正面から「イリアはテメェのものじゃねぇ」と言っているわけだから、この時点で宣戦布告も同じだ。

 もっと言ってしまえば、ハインドを使って殴り込んだ時点で敵対行動はとっているわけだが。


「そうか、なるほどな……。貴様がイリアにヒト族のくだらぬ考えを吹き込んでくれたのか」


 開口早々にずいぶんな物言いである。

 まぁ、自分以外の考え方をこうやってロクに聞きもせず否定さえすればいいのだから、さぞや人生も楽しい毎日が遅れているのだろう。


 しかし、控えめに言って状況はよろしくない。

 こちらを“敵”と判断してくれたのか、ラヴァナメルの身体から敵意が圧力となって放射されていた。

 久しぶりに感じる凄まじい圧力に、心臓の鼓動が悪い意味で加速。そればかりか首の後ろにまでビンビンとキていやがる。


 隣を見ればショウジも同様の――――いや、俺よりもよろしくない状況だ。

 正面から向けられる威圧に不意を打たれたのもあるのだろうが、その顔は若干蒼白気味になっていた。

 このような緊張状態のまま戦闘に突入するのは極めてよろしくない。


「なにを吹き込んだって? 言いがかりはよしてくれよ」


 仕込んでおいた軍隊式の呼吸法で呼吸を落ち着かせながら、ショウジが呼吸を安定させるだけの時間を稼ぐべく言葉を弄する。

 ついでに言えば、ここからはどれだけ上手く時間を引っ張り、また反対に相手のペースを少しでも乱すことができるかが鍵となる。

 戦闘が開始されるまでの間合いの稼ぎ方は、決して彼我の肉体の距離だけではないのだ。


「この土地に終始引きこもって外を知らない世間知らずが言ったって説得力なんてまるでないぜ。お前が何を知っている? 少なくともイリアは外の世界を自分の目で見て来ているじゃないか。その点、お前はどうだ?」


 とりあえず、このような無礼な物言いには、こちらもそれなりの対応を返したって構わないだろう。

 幸いにして他に邪魔者となる存在はいない状況だ。俺も心おきなく本音を吐き出すことができる。


 いざ事ここに及んでは、互いの持つ社会的な地位だとかは、もはや何も関係ないのだから。

 だから、こちらも敢えて名乗りを上げるつもりはない。


「……ほざいて見せるか、ヒト族の分際で」


 殺意を漲らせて俺を睨みつける中で、次第に憎々しげなものへと歪んでくラヴァナメルの貌。

 要するに図星なんだろう。

 すでに背中に背負った大剣の柄へと手が伸びているあたりに、この男の内心の余裕のなさが透けて見える。


「まさか。俺がヒトじゃなかったとしても同じことを言っていただろうさ。種族差を盾にして人の発言を封じるなよ。思春期のガキじゃあるまいし」


 鼻を鳴らしながら遠慮なしで言い放つ俺の言葉に、場の雰囲気がどんどんと張り詰めていく。


「結局お前はな、何の覚悟もできていないんだよ。だから、こうして皆を巻き込んで仲良く死への行進をするしかなかった」


 ラヴァナメルの背後に倒れてこんでいるイリアや、横に立つショウジがハラハラとした表情を浮かべていたが、それでも俺発を止めない。


「小僧が好き勝手なことを……!」


 そう吐き捨てるラヴァナメルだが、口唇が微かに動くだけでその後に言葉は続いてくれない。

 ……そろそろだな。


「あぁ、そうそう。悪いけど俺は見た目よりもずっとトシを食っていてね。たぶん、お前よりも年上だ。……なんだったら、負けた時の言い訳に使ってくれてもいいぞ」


「ふ…………ふざけるなァァァァァァァッ!!」


 極めつけのどう聞いても冗談としか思えない発言により、ついにラヴァナメルの我慢が決壊。

 腹の底から飛び出た雄叫びめいた声とともに、ラヴァナメルの全身から怒気が膨れ上がる。


 おぅおぅ、どうやら怒らせてしまったようだ。


 ビリビリと肌を刺す気配の中、話は終わりだとばかりに俺とショウジはそれぞれの武器を抜いて戦闘態勢に移行する。


 この寒空の下にありながら、ひとすじの汗が俺の頬を流れていった。


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