第69話 すぱい大作戦


 神妙な顔で切り出したヘルムントに、俺も合わせて居住まいを正す。


 今までは前座。ここからが本題ってわけか……。


「イヤな予感しかしないんだけど。ところで俺も母上たちとお茶しに行っていい?」


 身構えたからか、ついいつもの調子で軽口を叩いてしまう。

 緊張すると軽口が増えるのは、前世で世話になった上官の影響が強いのかもしれない。

 ふと人懐っこい笑顔の似合う大尉殿のことを思い出してしまった。


 ……あの人は、元気でやっているだろうか。


「聖堂教会の本拠地が北に位置する神聖アウレリウス教国だとはクリスも知っていると思う」


 皮肉が返ってくるとは、ヘルムントも想定済みだったのだろう。俺のそれは華麗にスルーされた。

 少しばかり釈然としなかったが、ツッコミを入れると話が進まなくなるので仕方なく黙る。


「お布施の要求でも来たんですか? 金策はいくらかあるけど、あまり焦ると良くないものが多いんだけど?」


「いや、違う。まだそちらの方がよかったかもしれない。もうちょっと面倒な話でな……」


 そう言って、ヘルムントは肩を竦めた。


 帝国の国教でもある聖堂教会だが、その大元は人類圏でもヒト族の国が集まる大陸北部はイブリス山の麓にある神聖アウレリウス教国となる。

 創造神アルサスの名前も使ってないし、どこをどう短縮したら聖堂教会になるのか知らないが、なんか初代教皇が唯一無二の教会に固有名詞は要らないと言ったとか言わないとか。


「マズいなぁ。聞く前からもう逃げ出したい……」


「そう言うなよ。私だってそうだったんだから」


 国家としての規模は小さいながら、実態は大陸に信者の多い教会そのものなため非常にややこしい。

 国民はすべて聖堂教会の関係者――――つまり僧籍のヒト族のみで構成され、周辺国へ催事を司る宗教関係者を派遣し、見返りとして莫大な金銭を受け取ることで成り立っている。

 また、高位の聖職者が自国に駐在することが教会の影響下にある国家にとってはステータスともなるため、各国政財界への影響力も前世基準では考えられないほどに強い。

 そして、彼らの影響力を揺るがないレベルにまで高めているのが、創造神からの神託により『勇者』を召喚――――つまりは、この世界に呼び寄せる秘法を有している点だ。


 『勇者』が古来より人類の切り札である以上、それを召喚できる力は最早特別という次元ですらない。まさしく創造神の権威の地上代理人なのだ。

 もしも異端認定なんぞされた日には、王族クラスでも権力の座から追い落とされかねない。

 下手に教会に逆らい国家ごと反逆者扱いされれば、ヒト族国家群で組織された聖戦軍が国を攻め滅ぼしにくるのだから。もっともここ数百年はないらしいが。


 そんな力関係もあって、聖堂教会を国教としている国々は、神聖アウレリウス教国よりも遥かに大きい規模の独立国家であるにもかかわらず、教会に対してとてつもなく気を遣った政治体制をとっているのだった。

 帝国のみならず人類圏を近代国家に近付けたい俺からしたら、あまりにも強大にして余計な力を持った連中と言える。


「叔母上の例もあるし、人材派遣の話でも来たんですかね? それで、そこの関係者相手に俺は何をしたら?」


 教会絡みのネタで俺に関係しそうな範囲を抽象的なセリフにして切り出すと、ヘルムントの眉が小さく動いた。

 無意識のものなのだろうが、肯定ということらしい。


「話が早くて助かる。近々、帝国中央教会に赴任している大司教が任期の関係で交代する。その際、往路では現職のケストリッツァー大司教を、神聖アウレリウス教国からの復路では後任ビットブルガー大司教を護衛してきて欲しいんだ」


「……あいにくと、転生する際に『創造神』を名乗るヤツに会っても無神論者のままでね。聖職者の説法なんて聞きたくないんですが。それに、そんなの帝国聖堂騎士団がやる話じゃないのです?」


 割とストレート気味にイヤだと答えておく。


 今のところ話を聞いている限りでは、貴族の身内である俺がやらねばならない理由が存在しない。

 それこそ、身内を絡めたいなら、俺とイゾルデの帝都行きに合わせるように帝国聖堂騎士団本部に戻った叔母のブリュンヒルトにでも頼めばいいのだ。


「普通はそうだ。だが、帝国聖堂騎士団とは言っても、その構成員は帝国貴族の身内ばかりだ。直接的に言われたわけじゃないが、教会としては、あまり特定の国家と繋がりが強いとは思われたくないらしい」


 そこで俺は、再び猛烈にイヤな予感に襲われた。

 いやいや、貴族がダメなら平民だけど、平民でそれなりに社会的身分があって護衛ができるような存在ってひとつしかないじゃない!


「まさか……代わりに冒険者から護衛を?」


「本当に察しがいいな。そうだよ、貴族でも冒険者であればギルドを隠れ蓑にできる。トラブル防止のために、『迷宮騎士』はギルドに予め届け出た上で、偽名を名乗ることを許されているだろう?」


 嘆息しながら、ヘルムントは俺に数枚の紙を寄越す。

 こちらへ来る際に持ってきていたのだろうか、既に侯爵領で開発をしている木の繊維から作った紙を使っていた。

 ちなみに、現代水準の紙はパルプがどうのこうのと製法がややこし過ぎるので、先に和紙からなんとかしてもらい、前世水準の原材料を使った紙は技術者に資料を丸投げして現在鋭意開発中である。


 おっと、話が逸れた。

 気を取り直してその紙に書かれた内容を見た瞬間、俺はまたしても露骨に顔を顰めることになった。


「おい、なんだこの4級冒険者『クリス・バッドワイザー』と『ベアトリーチェ・ヘイネケン』を大司教交代時の護衛に推薦するって文章」


 しかも、なんかどっかで見たことある単語が姓になってるんだけど!!


「だから、帝国執政府からの指定依頼という形で、お前とベアトリクス嬢に行ってもらおうと思っている」


 あれ? なんか接続詞の使い方おかしくねぇ!?

 どう聞いても、既に決まっていることって言い方になっているんですが!


「……しかしなぁ、受けたとしてもこれじゃ銃が使えないじゃないか」


 この時、俺は今日何度目かわからない露骨にイヤそうな顔を浮かべたと思う。


 だが、そうもなる。

 この世界では、ようやく帝国で火縄銃が中央直轄軍の試験部隊に一部納入されただけで、まだ人類圏には広まってもいない。

 各国家の上層部で存在くらいは把握しているだろうが、その威力や製法などは帝国内ですら秘密のベールに包まれている。


 そんな中で、帝国冒険者ギルドから派遣されているとはいえ、一介の冒険者が明らかに高性能とわかる銃らしきものを持っていれば、間違いなく疑惑の目を向けられることだろう。

 それは、俺が帝国貴族関係者であるとか『使徒』であるとかは後でわかろうと関係ない。

 聖堂教会にとって『帝国が非合法な手段で探りを入れてきた』と判断できる材料となれば十分なのだ。

 そして、それをネタに嬉々として帝国へ圧力をかけるくらいのことはしてくるだろう。

 具体的には『火縄銃の使用方法および製造方法を教会本部へ提供しろ』という形で。


「そういう状況も考えられるから、クリスたちはサダマサ殿に鍛えてもらっていたのだろう?」


「ま、そうなんだけどね……。他にいないのかよ、適任者」


「それももちろん考えた。だが、知っているか? 名誉なことに『迷宮騎士』に相当する身分でお前たち2人より高位の者は帝国にはいないんだぞ?」


 この後も、あーでもないこーでもないと、イヤがる俺となんとか引き受けてほしいヘルムントとの間でやり取りが交わされることになった。


 だが、結局帝国としても聖堂教会の情報を把握しておきたいという思惑まで出されては断ることもできず、俺とベアトリクスは『絶賛売り出し中の若手冒険者』として、春休みを潰される形で大司教護衛の任務に就くこととなるのだった。


 まぁ、これを機会に聖堂教会本部を見ておくのも悪くないかと無理やり自分を納得させることにして。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る