勇者の出番ねぇからっ!!~異世界転生するけど俺は脇役と言われました~

草薙 刃

~第0章~転生したはいいものの

第1話 プロローグ

 

 

 命の値段ってのはひどく曖昧あいまいだ。


 生後間もなく死んでも、老衰で死んでも、大雑把おおざっぱに言えば同じ“死”だ。

 生まれるも死ぬも、その瞬間だけを見れば誰にでも等しく訪れる。


 死ぬにしたって金はかかる。葬式の費用なんてけっこう洒落にならない。


 さらに残念なことに、21世紀になって科学も進歩したというのに、人は未だ好きに死ぬ自由も選べないでいる。


 ……先に言っておくと、別に自殺がしたいわけじゃない。むしろ生き残るために必死なくらいだ。


 轟音と炸裂音、罵声と悲鳴がそこらじゅうに響き渡り、それがまた新たな音に呑み込まれ消えていく。

 まるで慈悲もなく、生き足搔く生命を刈り取る死神の鎌だ。


 地位も名誉も区別なく、ただひたすらに人間を物言わぬ肉の塊へと変えていく、人間のみが行う極めて非生産的な行為。


 それが戦争だ。


 同時にこれは、文明の発生から数千年経って一度もなくならなかった行為でもある。

 むしろ、人を殺す効率に至っては格段に進歩したくらいだろう。


 そう、ここは世界の掃きだめ、クソッタレの戦場キリングフィールドだ。


 なんの因果か《日本国陸上自衛軍中尉》の俺はそこにいる――


 前後左右問わず銃弾に砲弾、オマケに上からは空爆とミサイルの雨。

 会ったこともないヤツが、絶対に生かして帰さないとばかりに俺へ向かって形ある殺意をぶつけてくる。


 こんな環境では生きるも死ぬも運任せ。


 だが、生存本能が懸命に警鐘けいしょうを鳴らし、既に脳内はパンク寸前だ。

 背中どころか全身からも汗が止まらない。脈打つ心臓の鼓動が、破裂する前の風船のように感じられる。


 こちらも負けじと銃撃と火砲支援での反撃を試みていたが、ついに命運尽きたか、死神の鎌が俺に対しても襲いかかろうとしていた。


「中尉、退避しろ! 敵の砲撃だ! こちらの位置がバレてい──」


 味方の警告を吞み込んで、空気を切り裂く金切声にも似た音が走る。

 あ、コレはヤバい。

 そう思った瞬間には、既に間近で閃光が生じていた。


 一瞬で視界が塞がれ、一拍遅れてやってきた凄まじい衝撃が俺の身体を、ボロ切れであるかのように吹き飛ばしていく。


 目まぐるしく回る世界。

 せめて、と顔を庇おうとしたが間に合わず、全身から地面に叩きつけられる感覚の後、モニターの電源が落ちるように俺の意識は途絶した。


 意識を取り戻す際、水底から浮き上がるような感覚と形容されることがある。

 そんなはっきりしない感覚の中でゆっくりと目を開くと、なぜか地面が真横にあった。


 なんだこれは……。

 耳鳴りがひどい上に、身体に力がまるで入らない。


 鼓動を打つ度に身体からなにかが抜けていくような感覚がし、出血がひどいのだと直感的に気付く。

 今までにない事態だけに、どれほどの負傷か何となく想像がついた。


 あ、これは死ぬな。


 ふと他人事のように思った。

 いや、あるいは諦念ていねんだろうか。


 なにしろ痛みをほとんど感じていない。いや、強いて言うなら、かろうじて痛みらしきものがある、といった具合だ。

 もしも『痛覚』が生命の危機に対する警報だとしたら、それをとっくに突破したのか、身体が勝手に「打つ手なし」と判断しやがったようだ。

 なんともだらしないものだ。


 そうして何もできないまま、気を抜くと霞んでいきそうになる意識を何とか維持していると、視界の隅に装備を放り出して駆け寄ってくる上官の姿が映った。


「中尉、しっかりしろ!」


「あぁ、大、尉……。こ、これ、ちょちょっ、と、無理、じゃ、な、ないです、ですかね」


 自分より年上だが、それでも常識で考えれば異様に若い大尉に抱えられると、否応なしに自分の負傷部位――――腹部を見るハメになった。


 砲弾の破片が散々に暴れまわって抜けたのだろう。

 自分の内臓と思われるモノが、ぐしゃぐしゃの混合物になっているのが見えてしまった。


 というか、腹から下の感覚がないし、胸部にかかる重力も少ない。腰のあたりで千切れかかっていると気付いて、わずかに残っている気分が最悪になる。

 はっきり言って、即死していないのが奇跡だった。


 しばらく焼肉とかは食えないなと思ったところで、湧き上がる嘔吐感おう とかん

 堪えることもできず、大量のドス黒い血を吐く。


「ごぼっ、あ、とは、おね、が、がいし、します、よ……」


 後は頼んだ。

 どうしても言っておきたかった言葉。


 そして、なぜか出なかった「死にたくない」という言葉。

 まぁ、恨み言に聞こえそうで何となく嫌だったのだ。

 途切れ途切れになりながらも最後まで言い放つと、再び大きく血が吐き出される。

 血が俺の眼球へ飛び、視界を赤く染める。

 不愉快だ。


 だが、それを口にすることはできなかった。

 張りつめていた弦が切れるかのように、今度こそ俺の意識はぷっつりと途切れた。

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