第224話 Eye of The Tiger (前編)


「終わったのか……?」


 サダマサとラヴァナメルの戦いが決着を見せたことで、事態の行く末を見守っていた俺の口から重く長い安堵の溜め息と言葉が漏れ出た。

 横を見れば、立ったままのショウジも疲れ切った顔をしていた。


 それだけではない。

 その表情には、疲労感だけではなく一抹の陰のようなものが宿っていた。見ているだけでこれだ。

 もっとも、鏡を使えば俺もきっと同じような顔をしているに違いない。


「これで……」


 ショウジがポツリと言葉を吐き出す。

 憔悴したような表情と言葉になっている俺たちであるが、肉体に蓄積された疲労感でいえば、正直なところそうたいしたものではない。


「クリスさん……。俺には……何もできませんでした……」


 続く言葉を漏らした後で、ショウジは小さく俯いて悔しげに唇を噛み締めた。俺も胸のあたりにじくりと痛みを覚える。

 勝利の余韻などまるで感じられない。俺たちを打ちのめしていたのは、ただただ己の無力さだった。


「……そりゃ俺だって同じだ。それでも……勝つための時間は稼げた。それに、なによりもこうして生き残ることができたじゃないか」


 正直、こうして紡ぎ出した言葉とて気休めにしか過ぎないのだろう。


「慰めですか? その方が辛いです」


「そうだ。だがな、馴れ合いの言葉のままで終わらせるつもりはないぞ」


 俺の内心で渦巻く感情を感じ取ってたか、ショウジはそれ以上の言葉を返したりはせずにこちらを見たままの沈黙を選んだ。


「反省会をしようにも……今回のはどこまでも完敗だったな……」


 ふたりでラヴァナメルと戦ったのも、サダマサが駆けつけるまでのごく短時間だった。それだけで、俺たち程度の実力ではまだ届かない世界があると思い知らされた。


「あの激闘を、ただ傍から見守ることしかできないなんて歯痒くて……」


 追い打ちを味わされたようなものだ。

 客観的に分析してみれば、俺たちの襲う疲労感の背景には、そういった諸々の“精神的な反動”もあるのだろう。


「いずれにしてもこの“敗北”の味は、今一度強く噛み締めなきゃならねぇな」


「はい……」


 超常の範囲外にある存在から与えられた能力――『お取り寄せ』と『レギオン』を持つ俺と、『勇者』以外には誰も持たない“魔力防御を貫通する能力”を有する『神剣』を担うショウジ。

 わかっていたつもりではいたが、やはりこれらの能力だけではイザという時に何の意味もないということを真正面から突きつけられた。


 自身が矢面に立って戦わなければいけない時、頼ることができるのは己の積み上げてきた肉体と技の研鑽だけだ。

 そうでなければ、どれほどの盤面をひっくり返す能力を持っていようが待つは死のみ。

 この世界に転生してサダマサと出会い、俺なりに研鑽を重ねて来たつもりであったが、それでも未だ常人の域を出てはいなかったのだ。


 サダマサは身をもってそれを俺たちに知らしめてた。


「あいつだからできるんだなんて言いたくないしな」


 規格外の者にしかできないことだと目を背けるわけにはいかない。

 いずれ来たる“戦い”で生き残るには、すこしでも強くならなければ大切なものを守れないのだから。


 視線を動かすと、ラヴァナメルの前に立つサダマサの黒瞳は遠く――――遥か東方を見ていた。何に思いを馳せているのかは俺にはわからない。

 そのまま見つめているとサダマサが俺の視線に気付き、一瞬だけこちらへと向いて口を開こうとしたが静止。小さな笑みと共にそのまま外された。

 まずは自分で考えて答えを見つけ出せということなのだろう。


 いつもながら手厳しいことで……。

 小さな溜め息が漏れ出るが、不思議とイヤな感覚は覚えなかった。


「……いずれにしても、次の戦いは絶対に勝つぞ」


 強がりだ。それでも、言わずにはいられなかった。


 ………まぁ、これ以上はここで考えていたって仕方がない。

 少なくとも、今はこの事態が落ち着いたことを素直に喜ぶべきだろう。


「……さてと、まずは後始末からだな」


 気分を切り替えようと、俺は明るい声を無理矢理腹から出してショウジへとぶつける。


 そう、コイツにはやってもらねばならないことがある。

 下手に動くことができなかったとはいえ、俺たちは戦っている間、イリアをひっくり返したままでほったらかしにしてしまっていた。


「散々待たせちまったんだ。いい加減、お姫様を迎えに行ってやらないといけねぇよなぁ、ショウジ?」


 「お前が行け」と言外に含めながら言葉を投げかけて背中を叩くと、ショウジは観念したように小さく肩を竦めて歩き出す。


「イリアのことはショウジに任せるとして……」


 俺は俺で獣人軍の将であるラヴァナメルをどうするか決めなくてはならない。

 本来なら、アレスたちノルターヘルン王国と獣人たちの間で進めるべきことではあるのだが、そもそも両軍ともに壊滅状態だ。半分くらいは俺のせいだが。

 今後はノルターヘルン王国執政府が第2王子の敗北で素直に退いてくれれば、獣人たちの主要な氏族との協議が行われることになるだろうが、その動き次第で国際情勢にも影響が出ることは必至だ。

 いくらアレスが俺たちに好意的な態度を示してくれていても、国対国となればそう単純にはいってくれない。

 となれば、折角得ることのできたアドバンテージを利用しない手はない。


「あーあ、また俺がタダ働きするのかよ……」


 今度の溜め息には面倒臭さが満載となっていた。


 とはいえ、ここはベアトリクスやミーナの意見も聞いておきたい。

 こりゃ、一旦ヘリをこっちに呼んだ方がいいかもしれないな……と小さく伸びをしてからインカムに向かって口を開こうとする。


 その瞬間――空気が粘性を帯びたような圧力が突如として生じる。


「――――ッ!?」


 腹にズシリと響くような感覚だった。


「なんです!?」


 突然の凄まじい気配に全身が粟立ち、俺とショウジの肩と未だ手に握ったままでいた刃が跳ね上がる。

 同時に、身体の中にある心臓までもが大きく跳ねたように感じられた。


「大気が、鳴動している……?」


 違和感がショウジの口を突いて出るが、人体における有数の敏感なセンサーである肌にもその感覚が伝わって来ていた。


「待て、違うぞ。これは魔力の放出による――――」


 より正確な情報を掴むために『魔力探知』を発動させたのとほぼ同時に、付近上空でホバリングしていたハインドのすぐ近くで青い閃光が迸った。



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