第225話 Eye of The Tiger (後編)
「攻撃!?」
ショウジが叫んだ。
ハインド目がけて放たれた高濃度の魔力が、同じく規格外の魔力によって展開された魔法障壁により魔素に分解され、眩い光となって散乱していた。
「慌てるな牽制だ!」
攻撃はハインドを狙ったものではなかった。
おそらく、行きがけの駄賃代わりに放たれたものだったのだろう。
なぜそう感じたかと言えば、突如として生じた強大な気配が、一切止まる様子を見せず尚もこちらへ近付いてきているからだ。
「障壁を張れ!」
叫びながら魔法障壁を展開した俺とショウジ、それとサダマサが身構える。
続いて伸びてきた魔力の奔流が、負傷し膝をついていたラヴァナメルと、先ほどから地面に倒れた姿勢のまま動けずにいたイリアの姿を包み込んでいく。ついでに、狐の獣人も。
魔力がそれぞれの身体の周囲を取り巻くように具現化していき、氷の塊となって3人をこちらから守るかのように壁を形成、中へ閉じ込めてしまう。
ハナからイリアたちの隔離が狙いか。となるとこの存在は――
「イリアッ!」
脳内で推論を並べる俺の思考を掻き消すように、ショウジが叫んで衝動的に『神剣』を構えて駈け出そうとする。
「バカ野郎、牽制だって言っただろ! 迂闊に動くんじゃねぇ!」
咄嗟にショウジの身体を掴んで押しとどめた。この気配は危険すぎる。
少なくともこのどギツい殺気にも似た圧力は、あちらに向けられてはいない。
むしろ、向けられているこちらの状況の方が遥かにヤバいのだ。
「で、ですが――」
「気持ちはわかるが、今は目の前の敵に集中しろ! コイツは、とんでもなくヤバい……! おそらく、アイツよりずっとだ!」
食い下がろうとするショウジに対して強い語気で警告を発すると、言葉の意味を理解したショウジの顔色が一気に悪くなる。
気付いたのだろう。意識するよりも先に俺たちの身体――本能的な勘の方が状況をより深く理解していたことに。
実際、先ほどから肌の粟立ちがまったく治まってくれないし、氷点下の空気の中で全身から噴き出し続ける冷や汗もまるで止まらない。
「……来るぞ! お前たちは下がれ!」
俺たちよりも早く、気配の接近を正確に捉えていたサダマサが大太刀を構え直し鋭い語気で叫ぶ。
だが、下がれと言われても、そんな場所があるとは思えない。
「どこにも行き場所なんてねぇぞ!」
ほぼ同じタイミングで、
勢いをそのままに、気配は俺たちのいる山の斜面に降り積もった雪を麓からかき分けるように撒き散らし、ついに終点部で地面が爆発。逆さ向きの
空へと凄まじい勢いで舞い上がる雪。
その中に潜む巨大な影も同じように空へと舞い上がり、そこで魔力のフィールドを一気に展開。
周囲の雪のみならず、空から舞い降りてくるはずの雪をも巻き込んで圧縮させていく。
「防御だ!」
いつになく切羽詰まったサダマサの叫びが終わるか否かのタイミングで、上空から高密度の氷で作られた槍が
重力加速でついた運動エネルギーと元々の魔力により、恐ろしい速度で着弾する氷の流星群に魔法障壁の層が恐ろしい速度で削り取られていく。
「ちょっ! これ、わりとシャレにならないんじゃ……!」
新規で展開を続けないと突き破られてしまう勢いにショウジが悲鳴を上げる。
「あっちを見てみろ! 俺らはまだマシだ!」
視界の隅に映るサダマサに対しては特に念入りともいえる密度で撃ち込まれていた。もっとも、化物剣士は着弾点を予想しながら最小限の動作で巧みに身体を運びながら回避し、間に合わないと判断したもののみを大太刀で時に斬り払い、時に受け止め防いでいく。
「こんな広範囲攻撃を――」
攻撃を受け止めながら叫びかけた俺の脳裏に突如として違和感が生じる。
「違うぞ、これは陽動だ……!」
背中に怖気が走るが、それですら遅かった。
魔法攻撃を防がれたところで、上空の影はすでに次の行動を開始していたのだ。
しまったと思う間もなく、影は咄嗟のことに動けずにいた俺とショウジのすぐ近くへと飛来する。
懐に入り込まれた……!
闖入者の姿を認識するよりも早く、そこから発せられる膨大な量の魔力という不可視の刃に背筋を貫かれた俺とショウジは心臓を掴まれたように動けなくなる。
それが魔法攻撃の兆候であることまでわかっていても、それ以上の動きを身体が受け付けてくれない……!
目の前に発生した魔力から、その魔法が収束型の冷気であることに気付くが、新たな魔法障壁を再構築して防御するための時間は存在していない。
くそ、このまま終わりだってのか……。
「クリス! 諦めるでない!」
矢継ぎ早に訪れた生命の危機。
思わず目を閉じて諦めそうになる中で俺に向かって放たれたのは、この場にいないはずの声だった。
目を開くと、俺たちの目の前へと割り込んできた敵対者とは別の影。
それは紛れもなくティアであった。
そして次の瞬間、立ち塞がったティアの真正面から収束された高密度の吹雪が襲いかかる。
「ティアッ!?」
「……案ずるでない。この程度の攻撃では妾には傷を負わせられぬ」
俺の叫びに呼応するように発せられた声は、聞き慣れたいつものティアのものだった。
俺たちを守るようにティアが前方へと掲げる左右の手。その表面で、こちらへ向けて放たれた魔の吹雪が青い光を放ちながら魔素の塵へと高速分解されていく。
広範囲かつ高密度の――それこそ結界とでもいうべき強力極まる魔法障壁を展開しているためだ。
実際のところ、予想外の
おそらく、誰よりも早く気配の接近に気付いていたに違いない。
「よもやとは思っておったが、いつでも動けるよう控えていて正解じゃったな」
静かにつぶやくように言い放つティア。彼女もまたいつにない緊張感を湛えていた。
よく見れば、『神魔竜』としての能力を解放する必要があるということなのか、ティアはこの地で身元を偽装するために身に付けていた冒険者風の服ではなく、数年ぶりに見る竜服へと姿を変えていた。
「……あの血の混ざりし者の話を聞いてから、ずっと気になっておった。やはり、この件には貴様が絡んでおったか、
普段の姿からは想像だにできない、それこそ殺気すらこめられたティアの怒声が発せられる。
それが向けられているのは、当然ながら俺たちではない。
『フン、不自然な魔力を持つ者がうろついていると見に来てみれば、やはり貴様だったか、アプストルの小娘……!』
脳内に響くような重く低い声。
これは……念話か。
ティアの肩越し――展開した結界の向こう側で、こちらを極寒の冷気の波濤と氷塊の奔流によって殺そうとしていたのは、ラヴァナメルにも似た純白の体毛を持ちながら、ヤツの体躯を遥かに上回る体躯と、それを支える四本の太く発達した脚で大地を踏みしめる巨大な虎であった。
そして、その双眸に嵌る深い青色の中に文字通り鎮座する
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