第89話 コミュ障死すべし慈悲はない~前編~
「……裏切るですって? 一方的な感情しか出せないようにされた相手から向けられる言葉が、本心から出ていたモノだと思っていたの?」
イリアの口から出たのは蔑みの言葉だった。
「う、うるさい! 奴隷に落とされたお前をあんなに厚遇してやっただろう! そんな俺の
「アレが厚遇? 可愛がってあげたなんて言い回し、吐き気がしてくるわね」
シンヤにはイリアの言葉が理解しがたいものとして響いていた。
これはアレだ。
未経験者が、たまたま運よくDT卒業する機会に巡り会って、めちゃくちゃ浮かれた挙句に後日アプローチしたら「別に好意なんてなかったんだけど? 1回ヤったくらいで勘違いしないでくれない?」とツンデレじゃなくて真顔で言われたヤツを見ている気分だ。
とはいえ、まさか異世界で『勇者』がやられるのを見ることになるとは思わなかったけれども。
ちなみに、イリアが憎しみを込めてダガーを構えているように、既にシンヤも『神剣』を握り、怒りに震えている。
昼ドラも真っ青の修羅場寸前状態ですね、わかります。
「見ろよ、ショウジ。事情が複雑に絡み合ってるのはわかるんだけど、実際目の前で起きてるのは、ただの痴情のもつれだからな」
「そんな解説しないでください。……それよりも、何故、さっきあの場で彼女を助けてやらなかったんです?」
いつしか俺のところまで戻ってきたショウジが、自身に回復魔法をかけながら、俺の茶化すような言葉には反応せずに疑問を投げかけてくる。
すっかり毒化を抜かれてしまったか、そこにはほんの少しだけこちらを非難するような響きが込められていた。
「……そんな目で見るんじゃねぇよ。まぁ、行かせた理由は三つある。ひとつは、イリアはあの場で俺に助けを求めなかった。ふたつめは、隷属状態から解放されてシンヤに恭順する素振りを見せなかった。みっつめ、戦士を名乗るなら生き死にの選択はさせてやるべきだろう?」
俺が心肺蘇生させて隷属の首輪から解放した時、イリアは自分の意志でどうすることもできた。
俺に保護を求めることもできたし、自害することも。
さらにはこのまま逃亡させてくれと言うことすら、本人のプライドさえ許せば可能であっただろう。
しかし、イリアはそのいずれも選ぶことはなく、こうしてシンヤと対峙して怨嗟の言葉を吐いている。
獣人族の戦士として残されていた矜持と自身の感情が許さなかったのだろう。
「まさか、このまま見殺しにする気ですか?」
「さすがに俺もそこまで外道じゃないよ。あわよくば仲間に引き込めないかくらいは考えたけどな」
「だから、イリアに感情をぶちまける機会を作ったんですか」
「まぁな。いずれにしても、お前はもう少し強くならないといかんな。こうして小細工を考えるのも楽じゃないんだ」
俺のその言葉を受けて、ショウジの顔がすべてを察したように変わった。
それと同時に、苦渋の色が浮かぶ。聡い人間と喋るのは楽でいい。
「……あれだけの力を持っているのに、随分と回りくどいことをすると思っていました。全部、クリスさんの筋書き通りってところですか?」
「そこまで策士を気取ってるつもりはないがね。だが、まだまだだ。お前が気付く気付かない以前の問題だよ。イリアがこうも感情的でなければ、もうすこし手間がかかっていたさ」
ちょっとばかりイリアをけしかけたりはしたものの、それは別にシンヤを殺させることが目的ではない。
第一、基本的な戦闘力から判断しても、よほどの虚でも突かない限りイリアがショウジを害することは不可能だ。
俺が狙った中でもっともタチが悪い結末は、奴隷の身から解放されたイリアが、シンヤに対して訣別の意志――――といえば聞こえはいいが、要するに溜まるに溜まった憎悪を解き放たせ、それを受けて逆上したシンヤに斬られるものだった。
もちろん、そうなった場合のイリアの生死については勘案していなかった。
今のショウジとシンヤがカチ合ったところで、ほぼ確実に拮抗状態に陥る。
そう踏んでいただけに、ショウジが隙を突けるだけの動揺をシンヤへ与えようと考えたのだ。
顔見知りの人間を殺すための機会を用意するなんてイカレた考えだと言われそうだが、『勇者』として生きようと思えば、この先同じような選択を迫られることなんて一度や二度ではない筈だ。
ならば、早いうちから知っておいた方がいい。
それに、俺の考えている例のプランに協力してもらうには、ショウジは諸々の経験が足りていなかった。
まぁ、そんな目論見も人間の不確かな感情によって外れたばかりか、ショウジにも気取られてしまったので、達成率は7割程度といったところだが。
「クリスさんの期待に応えられなかったことを悔やむべきか、それとも目の前で女性が死ぬのを見なくて済んだのを喜ぶべきか…………」
そう言いながら、ショウジが溜息をつく。
後半部分を強調したのは、俺に言い含んでいるつもりなのだろうな。遠回しな圧力を感じる。
「…………わかったわかった! 種をまいた責任はとってやる! ちょっと待ってろ」
そう乱暴に告げて、ショウジがさりげなく――――いや、狙ってだなコレは―――差し出していた太刀をひったくるように受け取ると、俺はズカズカと睨み合いを続けるシンヤとイリアの間に割って入る。
「はいはい、痴話喧嘩はそこまでだ。んで、ちょっとお前は寝てろ。まだ血が足りてないだろ」
口を開くや否や、『お取り寄せ』したテーザーガンをイリアに向けて、事態を理解されるよりも早く、それこそ問答無用の速度で引き金を引く。
心配するような口調とは180度真逆の行為である。
暴徒鎮圧用と言うと物々しいが、要はスタンガンと同じ
射出された電極が剥き出しの健康そうな太ももにぷすりと突き刺さり、そのまま電流が流れるとイリアの身体が感電してびくびくと跳ね、それから硬直した人形のように地面に倒れる。
いっちょあがりだ。
尚、電流を流し過ぎると女性の尊厳を著しく毀損することになるので、早々に電流は停止させている。
「「「なっ……!」」」
まぁ、控えめに言ってもショッキングな光景である。
銃弾でなかったものの、「こんにちは、死ね」レベルと並べられても文句は言えない。
撃たれた方と、それを見ていた方の両方から驚愕の声が重なった。
いや、すくなくとも寸前まで痴情のもつれで殺そうとしてたヤツは驚くんじゃねぇよ。
「覚悟を決めたところ悪いがな、計画中止だ。さて、ワガママ三昧のお子様にはそろそろ退場してもらおうか」
電流によって完全に身体の言うことが利かなくなっているイリアを放置し、俺はシンヤの方を向いて太刀を抜く。
突然起きた事態への困惑からか、まだシンヤの殺気は十分に練られていない。
「勝手なことを……! だいたいお前はなんなんだ、知ったような顔をして! 低文明人のお前なんかにボクの何がわかると言うんだ!」
言葉とともに『神剣』を構え、血走った眼で叫び出すシンヤ。
あらためて俺を殺すべき敵だと認識してくれたようだ。
ちなみに、この時点でもシンヤは俺が転生者だと気付いていないフシがある。はて、テーザーガン出したの見えてなかったんだろうか?
イリア相手では、これまでの経緯から迷いが存在していたのだろう。
彼女に向ける際には剣先の位置が定まっていなかったのが、俺が相手となれば不思議と定まってくる。殺す気満々だ。
それも当然か。
身体まで交わらせた人間、同じ日本で間接的な知り合いだった人間、見知らぬ異世界人となれば、三番目の人間が一番殺すのを躊躇しない存在だ。
俺だってたぶんそうする。
だが、この程度の殺気では俺には到底物足りなかった。
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