第90話 コミュ障死すべし慈悲はない~後編~


「お前のこと? 俺にはわからんよ。自分が苦しかったり辛かったりするのを他者に押し付けようと、あるいは自己満足のためだけに他者を蹴落とそうとする腐れた性根なんかはな。お前が『勇者』? 名乗るのが千年早いぞ。笑わせるなよ、ファッキンニューガイ」


「黙れ! 黙れェェェェェェッ!! お前が全部狂わせたんだ!! 教会の僧兵たちを皆殺しにしやがって! 従順だったイリアまで奴隷から解放しやがって! ボクの居場所を奪う気か!? ボクが受けるべき賞賛がなくなるだろう! どうしてくれるんだ!」


 俺の鼻で笑い飛ばしながらの言葉に、口角から泡を飛ばしながらシンヤは吠える。

 おいおい、興奮しすぎで鍔のところがカタカタいってるぞ。血圧とか大丈夫かコイツ。


「なら、その大仰な剣で黙らせてみるんだな。『勇者』でもなんでもない俺をな?」


 そう言い捨てて、俺は太刀を八双に構える。


 一方、ショウジとイリアで溜まったストレスが限界値を迎えたらしいシンヤは、俺の構えなんて関係ないと言わんばかりに『神剣』を振りかぶりながら突っ込んでくる。

 上段からの一撃。速度も威力も申し分ない。

 剣筋がモロにバレバレなことさえ除けば。


「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇぇっ!」


「遅い」


 叫ぶことによって呼吸が乱れ、まったく鋭さを欠いたシンヤの動き。


 しかし、どれだけの威力を秘めていようと無駄だらけの斬撃など恐れるに足りない。

 するりと構えを解き、俺は最小限の横移動で回避する。


 そんな俺の動きにもついてこれず、シンヤの『神剣』は俺の左肩から3㎝くらい外側を通過し地面を切り裂く。


 あまりにも正直すぎる剣の振り方であった。

 これでは仮にちゃんとした威力が秘められていても真価を発揮しない。いったい誰がコイツに剣を教えたのだろうか。


 そんなことを考えつつ、膨れ上がる俺の殺気を察知するくらいには経験を積んでいたか、後方へ飛び退ろうとするシンヤ。

 残念だが、それを見逃すほど俺はお人よしではない。

 シンヤの後退よりも素早く且つ強く踏み込み、懐へ飛び込むように間合いを詰める。


「もう少し遊んでやってもよかったが、いい加減家に帰りたくなってな」


 至近距離まで一気に迫り、終了宣告を突きつけてやる。

 それと同時に掬い上げるような一撃をシンヤ目がけて繰り出す。


 必死の形相を浮かべ、シンヤは世界でも最高クラスの硬度を誇る『神剣』でガードしようとするが、それさえも俺の剣筋の速度には及ばず刃と刃が交わるものではなかった。


「いぎっ!」


 漏れ出る声。痛覚からのものではない。

 刃がその身の中を通る感覚でわかったのだろう。自分が斬られたのだということが。


 そして、後方へと着地した瞬間、ずるりと斜面をすべるように右手首がスライドして断面が晒される。

 一拍遅れるようにして勢いよく噴き出る鮮血。

 俺の放った一撃は、防ごうとする『神剣』の刀身の下を潜り抜け、シンヤの右腕を手首のところで綺麗に切断していた。


「あああああああああああああああっ!?」


 後から押し寄せる激痛に耐えきれず、残された左腕で握っていた『神剣』を取り落とし、切断面を必死で左手で抑えるシンヤ。


「運が良いな。もう少しガードが遅かったら両腕揃って斬り飛ばしていたぞ」


「腕ぇ……ボクの腕があぁぁぁぁぁぁっ!?」


 地面に膝をついて激痛にのたうち回るシンヤ。


 治癒魔法を持たないシンヤにとって、止血以外に血を止める方法はないのだが、どうもそれどころではないらしい。

 『神剣』にも自動回復能力が備わっているらしいが、さすがに失った腕を生えさせるような規格外の能力は有していないらしい。


「なんで!? ボクは『勇者』のハズなのに! この世界を救う英雄のハズなのに! こんなの絶対おかしいよ!」


 涙を滂沱と流しながら、シンヤは答えが帰って来ないと知っているだろうに天に向かい――――世界へ問いかける。

 その様は見ていて実に哀れなものだった。とは言っても、同情にまでは値しない。


 あまりにも考えが足りな過ぎた。


 俺は大学まで出てから社会に出てそこからの年数もそれなりに経た身ではあるが、それでもシンヤとて既に義務教育期間は終えている。

 もうちょっとだけ頭を使って考えることができれば、このような結果にはならなかったのではないだろうか。


 若さゆえと言ってしまえばそれまでかもしれない。

 しかし、思い上がって振る舞ったツケは必ず回ってくる。

 大きく動けば動いたほどに、その反動はキツくなる。

 そのリスクまで考えられなければ動くべきではないのだ。


 このままトドメは刺さず、怨嗟の声を垂れ流しながら失血死させるべきか。


 そう思ってしまう程度には、シンヤとの戦いはつまらなかった。

 はっきり言って、実力は帝都の迷宮の守護者であったミノタウロスよりも遥かに格下である。

 そんなヤツを相手に、政治的な事情で本気を出せずにこんな場所まで誘い出さねばならなかったのだ。

 かえって、フラストレーションを抱えることになってしまった。


 しかし……。俺は考え直す。

 問答無用で殺されかけたショウジや、慰み者として尊厳を踏みにじられた経験を持つイリアに、これ以上シンヤの自己中心的な世迷いごとを聞かせるのは忍びない。


「『聖剣』がもっと強ければ……」


「いや、それでも無理だろ……。お前、現代兵器を使ってない俺に手も足も出ないんだぞ?」


 そう言って、俺は『お取り寄せ』でIMI デザートイーグル.50AEを取り出してシンヤへと銃口を向ける。


「け、拳銃!? まさか、お前……!!」


 失血のせいか青ざめた顔になったシンヤが俺を見上げてくる。


 いやいや、今かよ。気付くの遅いぞ。

 僧兵たちの壊滅とイリアの狙撃は魔法によるものだと解釈したとしても、山岳迷彩の野戦服の時点で気付かないか、普通。


「……今頃気付いたのか? だが、もう遅い」


「待てよ! アンタ、地球人なんだろ? なんで転生者が『勇者』の邪魔をするんだ! そんな便利な能力があるなら、『勇者』に協力するのが当然だろう! ふざけるなよ! なにセオリーを無視してるんだよ! 空気読めよ!」


 銃口を突きつけられている現実が理解できていないのか、シンヤは狂ったように声を張り上げて俺を罵倒しようとする。


 はっきり言って聞くに耐えなかった。あまりにも、無様だ。


「…………バカかお前は? 俺がお前の邪魔をしたんじゃない。お前が俺の邪魔をした上に、仲間まで殺そうとしたんだ。殺される覚悟くらい、当然あるんだろう?」


「くそ、この人殺しめ! 絶対に――――」


「もういい」


 いい加減無駄話に付き合っていられなくなった俺は、狙いを心臓に向け、シンヤが喋り終わるのを待たずに引き金を引く。


 野太い銃声と共に斜め上方から侵入した50口径アクションエクスプレス弾は、そのマンストッピング・パワーをもってハンマーで殴りつけたかのようにシンヤを後方の地面に縫い付ける。

 そこを狙い、2発目、3発目と連続で撃ち込んでいく。


 貫通力こそライフル弾にさえ及ばないものの、発射時の運動エネルギー自体はAK-47の7.62㎜×39ロシアンショート弾に匹敵する。

 ボディアーマーをつけていない状態で至近距離から撃たれたら、肉体など簡単に破壊しながら貫通してのける。

 着弾の度にシンヤの身体は衝撃で跳ねていたが、それが収まった時には左胸に大穴を開け、憎悪の言葉を叫んでいたままの表情を浮かべて事切れていた。

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