第91話 見つめ合ったら素直にお喋りできない
「…………大バカ野郎が」
誰にも聞こえないように小さく呟いてから、俺は屈みこんで目を開けたまま事切れたシンヤの瞼をそっと閉じさせる。
……結局、同郷とは言っても俺にはこれくらいのことしかしてやれなかった。
――――ようやく全てが終わった。
安堵の感情が生まれてくるが、気分などいいはずもない。
当然だ。
俺は容赦なくシンヤを殺したが、それは憎悪からの殺意によるものではない。
シンヤとは、どれだけ言葉を弄しても決してわかり合えないと判断したからだ。
いくら懸命に対話を試みて、ショウジを使って同胞意識を生じさせようとしても無理であったと思う。
地球時代の経験により、シンヤは他人をまったく信用していなかった。
従者として与えられたイリアに対して異常なまでの愛情を注いでいたのも、無償の好意を向けられていたからではない。
『隷属の首輪』による制約で、首輪をしている限りは決して裏切らないとわかっていたからだ。
シンヤは心から発せられる真実の言葉よりも、偽りの感情で塗り固められた言葉を選んでしまった。
だが、それを安易に責めることはできない。
それさえも、心に傷を負ったシンヤなりの自己防衛策であったのだろう。
とはいえ、そんな既に壊れかけていたヤツが、21世紀の高校生水準の知識と『勇者』の力を持っているとなれば話は別だ。
それは、この世界にとってあまりにも危険な要素となる。
はっきり言って、俺には最初からシンヤを殺す以外の選択肢がなかった。
いくら今なら容易に殺せるといえど、それは決して見逃す理由とはならない。
なにせ相手は腐っても『神剣』を持った『勇者』である。
ここで見逃して、『神剣』の能力を使って力をつけられた日には間違いなく脅威となるし、この敗北がシンヤに何かしらの教訓を与えることにならないとも限らない。
将来、ふたたび立ち塞がる可能性のある者と知りながら放置することは到底できなかった。
――――だが、気分が悪い理由はそれだけではない。
たしかに、それらの理由は事実である。
そして、同時に言い訳でもあった。
仮にも同じ世界(世界線は違いそうだが)出身の子どもと呼べる年齢の人間を殺さざるを得なかった自分に対しての――――。
「クリスさん……」
俺の背中に何か感じたのだろうか。背後から遠慮がちにショウジの声がかけられる。
振り向くと、疲れ果てた顔をしたショウジとそれに肩を借りたイリアの姿があった。
無意識なのだろうが、やるなこの少年。やることにさりげないイケメンオーラが漂っていやがる。
「……悪いな。結局、俺が片付けてしまった」
ゆっくりと立ち上がり、あらためてショウジたちの方に向き直ると、俺の顔を見たショウジが息を呑むのがわかった。
そんなにひどい顔しているのか俺。
「いえ、むしろ……代わりに俺がやるべきことを押し付けてしまって申し訳ないです……。あれだけお膳立てしておいてもらったのに……」
「そう言うな。まぁ、ショウジに背負わせるには、ちょっとばかり個性が強過ぎたよ、アイツは」
気遣い丸出しの俺の言葉に、苦々しげに顔を歪めるショウジ。
最終的に、俺がシンヤにトドメを刺すのを見ているしかなかった自分に対して忸怩たる思いがあったのだろう。
「いいんだよ、これも大人の役割だ。それにショウジ。お前が覚悟を決めるべき相手は、シンヤじゃない」
と見た目は子ども頭脳はおっさんなヤツが言ってみる。
「……俺に何をさせようって言うんです? こんなことになったのは創造神とやらの差し金でしょう? まさか神を殺せとでも?」
とてもじゃないが感情の整理がついていないのだろう。
俺のギャグにも反応してくれないショウジの言葉には、異世界で死んでいった同級生の運命へのやり場のない怒りが渦巻いていた。
「いいや、そうじゃない。この世界に限らず、神はいつだって自分じゃ手を下さない。誰かを使って自らの名のもとに人を殺し、また別の誰かの口から『天罰』なんて言わせるんだぜ。たしかに、シンヤは『勇者』という地位に呑まれ、散々踊らされた挙句に死んだ。ショウジ、お前はこれを『天罰』だって思うか?」
「いえ、そうなってはいけない。人が人を殺す理由は、いつだって殺意以外の何ものでもない。そこに神の名前を使っていい道理はありません。そこだけは、絶対に間違えちゃいけない――――そう思います」
仰向けに倒れたまま、二度と喋ることのなくなったシンヤの亡骸に目を向けながら、ショウジは小さく漏らすのだった。
その感情を忘れないでほしいと俺は切に願う。
「だから、その名前を使ったヤツを問い詰めに行くんだ。――――なぁ、この期に及んで黙って待っているってことは、当然案内してくれるんだろう?」
後半部分をわざと声を大きくして、再び振り向きながら周りに問いかけるように言うと、木々の隙間から短剣を持った黒装束の男たちが飛び出して来た。
その数…………7人。ガキ相手に豪勢なことをするじゃねぇか!
「「なっ!?」」
驚くショウジとイリアには目もくれず、黒装束たちは一直線に俺目掛けて襲い掛かって来る。
そうかい、狙いは俺か!
真っ先に突っ込んできた黒装束が繰り出す短剣の刺突を躱し、その腕を絡めとって捻りながら軸足を払ってやり、空中で一回転させて背中から地面に叩き落とす。
地面に打ち付けられる瞬間の「がはっ!」という声からわかるように、肺腑の息を強制的に吐き出させられて気絶。
そこへ踏み抜くように体重をかけて足を下ろし、踵を使って頚椎を粉砕。絶命に追い込む。
一瞬の出来事に、わずかだが残った黒装束たちが怯むのを察知。
あいにくと、俺はそんな格好の隙を見逃さない。
すぐさま『お取り寄せ』をしたH&K MP5Kを二挺、容赦なくフルオートでぶっ放す。
MP5シリーズはコイツとて例外ではなく命中精度もお値段も高い。
だが、極限まで銃身を切り詰めた
とりあえず弾丸の射線上に、とりあえずターゲットの肉体が入っていればいいのだ。
毎分900発という驚異的な発射速度により、30連マガジンがわずか2秒で空になる。
「ぼばっ! ばばばばばっ!?」
射線上にいた三人が、撃たれた衝撃によって反射的に妙な声を出しながら、9㎜パラベラム弾のシャワーを全身に浴び、血を撒き散らしながら地面に崩れ落ちていく。
「!? …………ッ!!」
突然、ターゲットの手に現れた魔道具と思われるものが吐き出した礫のシャワーが止まったのを見て、残った三人の黒装束は絶好のチャンスと判断したのだろう。
声もなく崩れ落ちる仲間を放置し、掛け声もなく一斉に俺へと間合いを詰めてくる。
さすがはプロとでも言うべきか。咄嗟の判断としては悪くない。
だが、手前味噌なようではあるが俺を相手にそれは大甘である。サッカリンのように甘い。
「まだ終わってないぞ」
既にMP5Kは魔力分解しており、俺の手には新たに『お取り寄せ』したイタリアはフランキ SPAS-12セミオートショットガンが現れている。
一発目に込められた熊撃ち用の12番ゲージ・サボテッドスラッグ弾が、俺に最も接近していた黒装束の至近距離から胸の中心部に直撃。
ボグゥッ!! という聞くに堪えない音を立てて、背中から肺などと思われる臓器の断片と一緒に空気中へと抜ける。
その際、背骨などを失った身体が局所的に軟体動物にでもなったかのようにぐにゃりと潰れたように見えた。
瞬く間に中枢から神経伝達の箇所まで一切合切を破壊された黒装束は、糸が切れた人形のように地面に崩れ落ちる。
背中――――はなくなっているようなものなので、腰の部分が地面に着くより早く、支えを失った頭部がその重みで先に地面に当たる。
趣味の悪い粘土アニメでも見ている気分だ。
「オェェェェッ!」
死体など挽肉同然のモノしか残らなかった先ほどのクレイモアが荒れ狂った光景よりもよっぽどグロテスクに見える死に方を見せられ、また諸々の経緯で体力を消耗していたのもあるのだろう。
スプラッターシーンに耐えきれなくなったイリアが、吐瀉物を地面に吐き出すえずき声が聞こえた。
悪いがギャラリーに配慮しているヒマもない。
そんな一人目の末路を視界の隅に入れながら、即座に二人目に合わせ引き金を引く。
飛び道具を持っていようが、何とか俺の懐まで潜り込めれば殺れるとでも思っていたのだろう。無理をして接近をしていたことがソイツの運命を決めてしまった。
発射されたボーロー弾は、現実では開発が中止された弾丸である。
二つのスラッグ弾をワイヤーで結んでいるため、高速で獲物に絡みつくように巻き付いたワイヤーが、皮膚の弾性限界を超えたところで一気に切断に向かう。
「イギィィィ―――――!?」
ばちゅん!
屠殺される家畜の断末魔にも似た悲鳴を遮るかのように聞こえたトドメの音を文字にするならこんな感じだろうか。
高速で絡みつくワイヤーが、その勢いだけにとどまらず食い込むことで、人体はまるでMRIでも撮ったかのように輪切りになる。
ただしえらい不揃いの切れ方であるが。
こんなホラー映画の殺され方みたいな死体を作れる弾丸、そりゃ開発も中止になるわ。
さすがに人間の死に方ではないと本能で恐怖を覚えたのだろう。
最後に残った黒装束は踵を返し、今更ながらの逃走に移ろうとした。
だが、そうはさせない。
三発目の
身体を穴だらけにされ血みどろになってもなお、這いつくばりながら逃げようとする最後の黒装束の後頭部へわざと強めに銃口を突きつける。
「さてさて―――――
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