第205話 もう信じられないと呟いて~前編~


「ずいぶんと不満気な顔だぞ、ショウジ」


 集落を離れてしばらく進んだところで、俺は抱えていたもうひとつの問題を解決させておくかと口を開く。

 まぁ、実際のところは頃合いを見計らっていたのだが。


「……えっ? 俺ですか?」


 俺からの指摘を受けて、両手を自分の顔へと持っていくショウジ。

 どうやら、あくまで無自覚の行動だったらしい。


「あぁ、気付いちゃいないみたいだが、ひでぇ顔してるぞ。それにさっきもイリアの親父さんを見る目にえらい棘があったからな。初めはてっきり「娘さんを僕にください」とでも言い出すかとワクワクしてたんだが……」


「ショウジにそんな甲斐性があろうものなら、今頃とっくにイリアとくっついておったじゃろうなぁ」


 さらっと後ろで聞こえよがしに呟いたティアが、容赦ない言葉の弾丸をショウジに向かって撃ち込んでくる。


「ぐふっ……」


 やめたげてよぉ……! 本人の顔が引きつってるだろ……!


 以前もそうだったが、今回の件に関してうちの女性陣のショウジに対する評価はかなり辛辣である。

 いくら恋愛観だなんだかんだが根本的に違うとはいえ、ちょっと手厳しくないかと思いもするが、逆に言えばイリアがそれだけ認められているからだろう。


 それを裏付けるように、後ろを見やればベアトリクスとミーナもティアと同じような顔を浮かべている。

 まぁ、とりあえずは女衆同士の団結とかそういうものとでも思っておこう。


 ここで下手に口を挟んで巻き添えを喰らいたくはない。

 俺は話を先に進める方向に誘導することにした。


「こりゃいつ口を出してくるかわかんねぇなと内心冷や冷やしていたが、結局はなんだったんだ?」


「……いえ、自分の実の娘が生きて戻ってきたというのに、いくらなんでも冷たすぎやしないかと思ったからです。イリア本人だって、理由は知らないけど故郷を飛び出した手前、落ち着いたからと自分からは戻りにくいでしょう。それをあんな風に……」


 少しの間逡巡して口を開くも、どうにもやるせない様子のショウジ。

 なるほど、ショウジとしては、イリアと自分の境遇を重ねる部分があったというわけか。


 ある日、突然別の環境に放り込まれ、もう二度と故郷に戻れないショウジにとって、肉親からのあの反応は自身の中にあるナイーブな部分を刺激するには十分過ぎる言動だったらしい。

 まぁ、たしかに俺の立場だったら、何かの幸運で地球に戻れたのに、とっくの昔に死んだ者扱いされていて親類縁者からバケモノを見た反応をされるようなものだ。

 たしかに、想像するに堪えがたい光景だ。


 とはいえ、そこに“誤解”があるのもまた事実だろう。


「……あぁ、ショウジにはそう見えたか。まぁ、無理もないか。だが、族長はアレでもイリアのことを心配していたさ。面倒臭いものだよ、責任ある立場を持つってのはな。親父としての顔を出すことだってそうそうできやしなくなるんだからな」


 そう話す俺の脳裏に、ヘルムントの顏が浮かんでくる。


 いくら俺が『使徒』と呼ばれる異世界からの転生者であり、この世界の状況を動かし得る能力を持っているとしても、ヘルムントは俺を死地に送り込むことに対して忸怩たる思いを持っているのだ。


 しかしながら、帝国の上級貴族である立場からすれば、自分の治める領地の領民のみならず国の利益となるのであれば、それを承知であっても息子を危険に飛び込ませねばならない。

 ましてや、俺も領地を持つ貴族でもある。

 それこそが“立場を持つ者の責任”なのだ。


「クリスさんが言うならそうなのかもしれませんが……」


「まぁ、俺も感じたことを言ってるだけだし、無理に納得しろとは言わないよ。だがな、決して親としての感情をなくしたわけじゃないと思うぞ。それは頭の片隅にでも置いといてやってくれ。それがイリアに寄り添おうとするお前の助けにもなるさ」


 未だ納得しかねている様子のショウジの肩をポンと叩いて踵を返し、俺はそれ以上は何も言わずに歩みを進めていく。

 まぁ、これ以上俺が言うのは野暮ってものだろう。


 さーてどうしようかな、と思っているところへ後ろから気配。


「さりげなくハッパまでかけて、ちゃんと兄貴役をこなしているじゃないか。あの王子サマ相手にもな」


 それまでずっと黙っていたサダマサが、俺の横へとやって来て静かに口を開く。

 ずいぶんと珍しいタイミングで声をかけてきたものだ。


「そりゃ見てくれはともかく、中身はそれなりに年を重ねているからな。これくらいできなくてどうするよ。それとも、わざわざ皮肉を言いに来たのか?」


 身構えたわけじゃないが、普段からこの後軽口の叩き合いにでもなるかと思った俺は、小さく溜息を吐き出しながら答える。


「……いや、大事なことだ。異世界で『勇者』なんて大層な肩書を持たされているが、まだまだ子どもの範囲の中にいるんだ。周りの大人が面倒見てやらなきゃならない」


 珍しく真面目なトーンで喋るサダマサに俺はわずかな違和感を覚える。


「どういう風の吹き回しだ? 高性能刀振り機のサダマサが他人の心配なんて。変なもんでも食ったのか?」


 どう返すべきか悩んだ挙句、なんとなく俺は軽口で返す。


「俺をどういう目で見ているかがよくわかるな。……まぁ、俺だって人並みの感情は持ち合わせている。通らなくて済む苦難なり災難なら、回避できるようにしてやるのも年長者の務めだと思っただけだ」


 そんなものかねと俺は肩を竦める。


「……あの時の俺には、できなかったからな」


 つぶやくように発せられたサダマサの小さな声を俺の耳が捉えたのは、果たして偶然だったのだろうか。

 そこには懐旧の情が含まれていた。


「それは――――」


「それより、さっき言っていたことだが、本当に生きて帰れないなんて思っているのか?」


 挟もうとした疑問の言葉は、一瞬躊躇したことによって俺よりも先に口を開いたサダマサの声に埋もれてしまった。

 俺には、それが生じてしまった辛気臭い空気を振り払おうとしたようにも見えた。


 どうしようかと考えるも、本人が話題を変えたということはこの話は終わりということなのだろう。

 まぁ、今ここで追及することでもないか。


「まさか。生きて帰るつもりでいるさ。だが、ほんとにダメな時は――――」


「妾がおるから心配は無用じゃな」


 俺の言葉を、後ろから飛びついて来たティアが引き継ぐ。

 うーむ、厚着の上からでもわかるナイスおっぱい。


「――――だそうだ」


「雪原を溶岩地獄にでも変えたいのか? そこはもうちょっと強気な発言のひとつでも出すところだろう」


 あまり格好のつかない体勢でニヤリと笑いながら言うと、今度はサダマサが肩を竦める番だった。


『HQより竜騎士ドラグナー。そろそろヒルシュシカが到着します』


 小さく笑ったところで、インカムに『レギオン』のHQより通信が入る。

 ようやっとお出ましか。

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