第206話 もう信じられないと呟いて~後編~


「……なーにがヒルシュだ。素直にNATOコードネームで呼べよな」


 茶目っ気のつもりなのだろうか、勿体ぶった通信に嘆息すると、遠くの方から聞き慣れた音――――ローターが風を切る音が聞こえてきた。


 空気が澄んでいるせいか音の通りがクリアだ。

 そう思っていると、すぐに音のみならずその姿までもが遠くの空に浮かび上がってくる。


 朝焼けを背にこちらに向けて飛来する大型ヘリコプターのボディ上部には、2基のターボシャフトエンジンが備わり、それが5枚のメインローターと3枚のテールローターを回転させていた。


「あ、映画とかで見たことがあるヤツだ。なんでしたっけ、怒りのアフガン?」


 ショウジがポツリと漏らす。


「惜しいな。ありゃ見た目を似せたレプリカだ」


 ショウジに返しながら俺は前へと進んでいく。


 ランディングゾーンにちょうどいい広場があったので、そこへ誘導し着陸させる。


「うーむ、まるで鋼の竜じゃのぅ。もちろん、妾たちのような高位魔竜ほど美しくはあらぬようじゃが」


「そりゃ別に生き物じゃねぇからな」


 そう俺は答えたものの、ティアの言葉が示すように、生物として見たのであればあまりにも武骨な外見である。


 とはいえ、元々が製造国の電撃戦の為に開発されたのだから致し方ない。

 装甲兵員輸送車のように歩兵を同乗させ、戦場を奥深くまで突っ込んでいく「空飛ぶタンクデサント」をやるための機体なのだから必然的に大型になる。歩兵8名が同乗できる兵員室があり、機銃掃射の後に着陸して歩兵を展開させられる。


 ベースとなる機体はMiミル-24。地球では本国で『クラカジールクロコダイル』と呼ばれるが、世間ではNATOコードネームの『ハインドアシカ』の呼び名の方が広く知られているロシア製戦闘ヘリだ。

 しかも、今回の機体はMi-24VM。元となったMi-24の後期改良型ともいえるMi-24VP「ハインドF」。それの更なる改良型である。


 先述のようにこのハインドは大型の兵員輸送能力を持つものの、その武装とて決して貧弱なものではない。

 機首下部のNPPU-23ターレットにGSh-23L 23㎜連装機関砲を装備し、両翼スタブウィングには80㎜S-8ロケット弾用B-8V20A 20連装ポッドが4基、翼端部には9M120 アターカ-V対戦車ミサイルが4発備え付けられていた。


 地球のNATO軍を相手にするらともかく獣人軍を相手にするなら、この1機だけでどれほどの効果を発揮するかわかったものではない。 


「クリス様!」


 歩兵ユニットの支援は要求していないため、本来は誰も乗っていないはずのハインドの兵員室から降りてきた人影を見た俺は驚きの声を上げてしまう。


「ん? ……シルヴィア!?」


 ダウンウォッシュに翻弄される銀色の髪をおさえてこちらへと走ってくるのは、半年前の『大森林』をめぐる事件の中で、サダマサが拾ってきたダークエルフの女シルヴィアだった。


 よく見れば、近似種であるためかダークエルフであるシルヴィアも防寒装備に身を包んでいた。

 そうか、ミーナだけが極度の寒がりってわけじゃないんだな、やっぱり。


 しかし、せっかくのナイスバディがお目にかかれないのはちょっとだけ残念である。


「どうして留守役のお前がハインドに?」


「サダマサ様といい、みなさまといい、わたしを置いて行ってしまうなんて冷たいす。昨夜のうちに基地へ向かって、こちらへ向かうというこの機体に乗せてもらいました」


 ……なんとも勝手なことしてくれる連中レギオンだ。


「あのなぁ、お前には留守番を任せていたじゃないか」


 のけ者にされて不服そうにしているシルヴィアに、俺は苦言を呈する。


「心配はご無用です。クリス様のご不在に合わせて侯爵閣下が代理で領地に入られましたので、わたしの役目はなくなりました。領軍の鍛錬はフェリクスがちゃんと行っております」


 なんというか俺の求める答えを即座に返してきやがる。

 戦闘能力のみならず事務能力でも優秀で嬉しいが、こういう場面で発揮されると怒りにくくなる。

 そりゃまぁ、フェリクスに任せておけばそう間違いはないと思うけどなぁ。


「なぁ、まさかとは思うがイゾルデはついて来ちゃいないだろうな……?」


 つい不安になり、俺はハインドの兵員室に他にも誰か潜んでやいないかシルヴィアに尋ねる。

 直接見に行く勇気は……俺にはなかった。


「ええ、イゾルデ様は男爵領で大奥ハイデマリー様とご一緒しております。大層ご不満そうではありましたが」


 大丈夫ですよ、とシルヴィアが微笑む。

 ……それ大丈夫か?


 しかし、思えばシルヴィアもずいぶんと性格が変わったものだ。

 俺を殺しに来た当初の不健康さはどこへやら。どうもベアトリクスとミーナの侍女と護衛役も兼ねた新生活の中で、色々と過去のアレコレが吹っ切れたらしい。


 まぁ、よっぽどのことがなきゃ、人間は誰しも新しく充実した生活の中で、過去のことなど徐々に忘れていくものだ。

 そんなことを考えながら、俺はハインドのガンナー室の窓をガンガンと叩く。


「どうされました?」


 スラヴ系の顔立ちをした巨漢のガンナーが、ハッチを開けてこちらへと声をかけてくる。


「長旅ご苦労。だが、を運んで来いなんて言った覚えはないぞ」


「えぇっ!? 確認した時はアイリーン少佐が連れて行っていいと言ったものですから、てっきり承知の上のことかと……」


 俺の言葉にガンナーが、こちらに向けて困惑した表情を作る。後部席ではパイロットも似たような表情でこちらを見ていた。


「あの無責任オペレーターめ……」


 身体がわなわなと震える。


「HQ! アイリーンのバカはどこだ!! どこにいる!!」


『有休申請を出して、雪山にスノーボードに行くと……』


 インカムで基地に連絡を取るが、アイリーンはこの数分の間にすでに通信室から姿を消しており、恐縮しきった他のメンバーが俺の通信に応答した。

 くそ、危険を察知して逃げやがったな。


「ちっ、戻ったら折檻してやる。それで、コイツの準備は万端なんだろうな?」


「ご指示通りの武装と、外部スピーカーまでセットしてありますよ。音楽はじゃなくてでよかったんですよね?」


 ガンナーからの返事に満足しながら、俺は親指を立てる。


「ああ、それでいい。パーフェクトだ。……おい、どうせどっかで聞いているんだろう、アイリーン!」


 続いてインカムに怒鳴りながら、俺はサダマサたちにジャスチャーでハインドに乗り込むよう指示を出す。


『ひゃ、ひゃい、中佐ルーテナント・コロネル殿!』


 俺の前を通りながらメンバーが乗り込んでいくのを眺めていると、インカムの向こう側からアイリーンの上ずった声が返ってくる。

 一応、レギオンで呼び出した各ユニットには階級や名前があったりもするので、肝心な時にはこうして名前なりで呼んでやるのだ。


 ちなみに俺の階級は中佐になっている。

 前世での最終階級は中尉だったが、死んで二階級特進で少佐。そんで、『レギオン』のパワーアップで中佐扱いらしい。

 なんとなくもう1回くらいパワーアップして大佐になりたい気もする。


 おっと、話が逸れた。


「作戦室に戻れ、なにしろこれから戦争だ。それと、ユニット『ヒルシュ』は、たった今から俺の指揮下でコールサインを変更。新コールサインは『ウォー・ヘッド』だ。よし、全員出るぞ!!」


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