第121話 助けてクリスくん!~後編~


「魔導兵器?」


 はて? それなりに歴史については調べたつもりだが、聞いたことのない言葉だった。

 ここにきてちょっとファンタジーの匂いが強まってきているためなんだかワクワクするじゃないか。


「王族とはいえ我々も詳しいことは掴み切れておりません。ただ、聖堂教会が成立するよりも昔、魔族との戦争で使われたと伝わるモノなのです。戦後の混乱により遺失していたそれをどこからか見つけ出したようでして……」


「過激派とやらがどこから見つけてきたそれが、帝国の戦力を圧倒し得るものだと?」


 自分たちの秘匿兵器がポンコツであることを前提に話などしたくはないだろうが一応訊いておく。


「申し訳ありませんが、それすらも不明です。我々では古文書の解読ができておらず、過激派の後手に回っている状態なのです……。ですが、彼らにココまでのことをさせるとなれば、それなりの説得力を有しているものだと判断しなくてはいけないでしょう」


「……なるほどな。要は、一部の王族を除くハイエルフたちでもよくわかってないそれを、部外者であるはずの俺たちになんとかしろと……」


「大変情けない話なのは、重々承知しているのですが、我々も内部分裂を避けるためには下手に動けないのです。人類の切り札である『勇者』殿が帝国にいると聞き、藁にもすがる思いで…………」


「ふざけるなよ、デリケートな時期に厄介ごとを起こしやがって何がお願いしますだ、コノヤロー!!」……とテーブルをひっくり返す勢いで言ってやりたいところだったが、ギャップ戦法かと思うくらい丁重に扱われているとさすがの俺も気が引ける。


 それに、わざわざリスクを冒してまで『大森林』へやって来ているのに、こんなところで揉めるわけにもいかない。

 既にあれこれと損をしているから、あとは得が取れるように動くしかないのである。世知辛いね。


 『大森林』が自分たちの国の問題を自力で解決できないと言っているに等しいとツッコミたいのはおいといて、エルネスティとしては、


「なるほどな。一連の問題に対してエルフ穏健派が表だって動けば、『大森林』が内戦状態に突入すると」


「はい、その通りです」


「過激派からすれば、それこそウェルカムな事態だな。その機に乗じた帝国の介入を、『大森林』全体をまとめ上げるための切っ掛けに狙っているのが見え見えだ。こちらとしては死ぬほど勘弁してほしい」


 第一、帝国とて一枚岩ではないのだ。

 今でこそトップ勢力である帝室派だって、『大森林』が右傾化することを帝国貴族派が「お国の危機!」と吹聴して回ったら、さすがに世論を御しきれる自信はない。

 「自国の安全を守る」という揺るぎない正当性ができてしまうのだから。


 ……これじゃあ、最初から帝国が貧乏くじを引くことが決まってるようなもんじゃねぇか! ああ、頭が痛くなる!


「……状況は理解した。でもまぁ、なににしたって、正式に国王から依頼を受けなければ俺たちだって動けはしないよ。仮にここで条件を出されたってお宅には決裁権限がないだろ? いずれにせよ、明日だな明日」


「はい……。こんなことになって大変心苦しくはありますが、まずは旅の疲れを癒していただければ……」


 ただただ恐縮するばかりのエルネスティ。

 この反応にはこちらが易々と承諾しなかったことへの反応も含まれているはずだ。


 次期国王となるであろう王太子に会ったことはないが、この苦労性っぽいところを見るに将来が心配になる。

 苦労性ついでにこれから起きるであろうことを言ったら、余計に彼の胃に負担をかけるんだろうなぁ……。


「ところでエルネスティ殿下。先ほどの話とは別でちょっと相談があるのだけれど、この宿の経営者はエルフの民なのか……」


「ええ、それが何か……?」


 俺は断りを入れて、エルネスティの耳元へ近寄り二言三言の言葉を告げる。


「えぇ……っ!!」


 ちょっとどころではなく、凄まじくイヤそうな顔をされるのだった。








           ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆









 その夜、俺は宿屋の最上階である4階にある真っ暗な部屋で、フカフカのキングサイズくらいありそうなベッドにひとり寂しく沈み込んでいた。


 といっても、あれからそんなに時間が経ったわけではない。

 体感時間では2時間ほど。

 この世界もどうやらほぼ24時間周期のようで、ざっくり体感時間で22時近くかなと思う程度。

 目を瞑っておけば眠れるだろうが、起きているために眠気と戦わねばならないほどではない……そんな時間だ。


 しかし、何故こうも真っ暗なのか。

 仮にもキングサイズのベッドが備え付けられていることからわかるように、ここはVIPルームである。これでは風情もなにもあったもんじゃない。


「クソつまんねーの。なんだよ灯火管制って。戦時中かっつーの」


 そう、『大森林』では基本的に火そのものの扱いが厳格化されているからだ。

 そりゃ森に囲まれた上に、平民の民家の多くが木造建築だらけとあれば、火事でも起きたらあっという間に森林火災になりかねない。


 エルフが森を愛する種族だとかそんな建前だけで済む話ではないのだ。

 なので、基本的に照明用途としては、光魔法の灯りのみが『大森林』で夜間に使用できる光源だとエルネスティから説明を受けた。


 要は、「寝てる間に火事とか起こさないようにしましょう。対応が遅れるから」ということなのだ。

 さすがに生活に支障が出るからか、調理用の火気までは禁止されていないのもそれが理由だろう。


 ちなみに、それはこの外界との窓口的なこのミッケーリの町でも例外ではなく、大人の事情により全面禁止ではないものの、基本的に魔法が苦手なヒト族のゲストに配慮して、夜はなるべく早く灯りを消して寝るようにと通知が出ている。

 しかし、こんだけさっさと暗くして家に引っ込んでろと言っているのに、一向に人口増えないとかエルフの繁殖力と性欲低過ぎだろ……。


 それにしても、こうして旅をしてきたのに寝るのが一人だけというのもなんだか寂しいものだ。

 こんなことなら、貞操の危機をビンビンに感じはしたものの、ティアの同衾を断らなければ良かったかもしれない。

 あ、そんなこと考えていたらよからぬアレが……。


「――――っと、来たようだな」


 不意に、枕元に置いてあった端末が小さく震えて、俺に情報を伝えてくる。


 左目だけを使ってよく見れば、それは階下からの反応とベランダからの反応を告げていた。

 どうやら“お客さん”が到着したようだ。それもアポなしの。


 端末の画面を消し、そこでようやく右目も開く。

 左目よりも真っ暗な部屋に視界が順応していることを確認しながら、俺は視界がはっきりしない左目に『蛇の目』を使用し、温度センサーとする。

 コイツは瞼も関係なしに透過してくれるので、寝ていると偽装するには非常に便利である。


 そうしているうちに、ほぼ無音でバルコニーの窓が開く。

 これは……見事なまでの鍵開け術だ。魔力の流れも感じないことから、これは完全に個人の技能である。


 ふわりと、一瞬だけ温度差により外気が差し込んで俺の肌を撫でる。

 こりゃ熟睡していたら気付かなかった可能性すらある。


 完全に手慣れている。十中八九プロの暗殺者だな。

 いやぁ、『大森林』に入ったその日のうちにここまで歓迎してくれるなんて、嬉しくて涙が出そうになる。

 っていうか、情報漏れてるだろコレ!


 そんな俺の内心でのツッコミなど余所に、枕元へ忍び寄る気配と熱源。

 相手の熱が形成するラインで人型の何か――――耳が長いことからエルフであるとわかる。

 エルフに暗殺者なんているのかと驚くと同時に、その右腕の姿勢から凶器を握っていると判明。


 その瞬間、俺は一瞬で掛布団を跳ね飛ばして起き上がり、暗殺者へ肉迫する。


「っ!?」


 眼前で動揺する気配を感じつつも、俺は左手で逆手に握った小太刀を相手の首元に突きつけ、更に右手に握るH&K HK45Tの銃口下部に取り付けられたフラッシュライトの強烈な灯りで暗殺者の顔を照らす。


「こんな時間に、色っぽいルームサービスを頼んだ覚えはないんだがねぇ」


 強力な光の照射で相手の視力すら奪うフラッシュライトの灯りに照らし出されたのは、褐色の肌に銀色の髪を持った美女――――ダークエルフの姿だった。

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