第120話 助けてクリスくん!~前編~


 

 『大森林』……帝国から南―――もうちょっと正確に言えば、1800㎞ほど南南西に位置するランディア山脈の麓に聳え立つ超弩級の大樹『世界樹』ユグドラシルを中心に広がる巨大にして広大な原生林、その中に作られたエルフの国家である。


 人口などは、他種族との交流がかなり制限されているため不明。

 国を構成する種族については、エルフのみの単一国家――――ではなく、一般国民と一部有力者がエルフであり、王族のみがハイエルフという上位種で構成されている。


 両者ともに長寿命で、エルフは200年前後、ハイエルフに至っては1000年以上生きると伝えられている。

 そして、それが原因か、はたまた生物としての繁殖力が他の種族に比べてかなり低いのか、長い歴史の割に人口はそれほど多くないと聞く。


 森を愛する種族とも呼ばれるエルフ。

 彼らは森の住みつつも、自身の生活レベルが発展できなくならないように適度に人の手を入れて管理を行い、間伐による恵みを利用して家を建てたりしているのだという。


 うーん、理には適っているんだけど、なんか俺のエルフに対するイメージと違う。

 エコテロリストばりに森林保護とかしていると思っていたのに、木は切り倒すし、食事にしても肉だって食えるそうだ。

 逆に言えば、理に適っているからこそ、『大森林』という閉鎖的な環境にもかかわらずこれまで生きてこれたのかもしれない。


 だが、その安寧も今や史上最大の危機を迎えているといっても過言ではなかった。






「本当はすぐにでも『大樹の王宮』へとお連れ致したかったのですが、なにぶん急な連絡だったため受け入れの準備もございまして……。本日はこの宿にお泊り頂きたく……」


 食事が終わったところで、『大森林』王家第2王子エルネスティ・ヘルヴァ・ユーティライネンが、歴史上の権力者の像(無言の圧力添加済み)のごとき美貌に、幾分かの申し訳なさそうな表情を浮かべて口を開く。

 感情がある程度を超えて大きく動くと皆そうなる傾向にあるのか、エルネスティの長い耳が小さく下方向に動いていた。


 下手に出る必要はないため口には出さなかったが、俺からすればこの対応で十分だった。

 たしかに、目的地にこそ辿り着いていないものの、ここまでは予想以上にテンポよく事が進んでいる。

 もちろん、それにも理由があった。


 『大森林』が近くなったところで、ヴィルヘルミーナがハイエルフの秘術である『思念魔法』を使っていたらしく、俺たちが来ると分かった瞬間、即座に王族権限をフル行使して貸切で宿を確保してくれていたためだ。

 帝都でエラい目に遭わされたがゆえのギャップか、意外にしっかりしているじゃないかと思ったのは内緒である。


「いえ。本来ならば非礼にあたるにもかかわらず、こうしてお出迎えいただけただけでもありがたいお話です。それで、明日には王都へも辿り着けるのですよね?」


 こちらを尊重してくれていることはわかったが、「気楽にせぇよ」とお許しを頂いていないので、とりあえずは俺も空気を読んで余所行きの言葉で喋ることにした。

 ちゃんと帝国貴族仕込みの営業スマイルも張り付けている。完璧だな。


 尚、そのへんでボロが出ないか心配だったので、ヴィルヘルミーナとはエルネスティが登場してから特に会話らしき会話もしていない。

 そりゃいきなり馴れ馴れしくするわけにもいかないし、なにより上位の交渉対象が現れれば――――おっと会話中だった、これ以上はよしておこう。


「ええ、『大森林』は領域こそ広くはありますが、この町から王都まではほぼ一本道の整備された街道ですし。……あぁ、あと口調は妹にしていたものと同様、平素のものでお願い致します」


「ありゃ、バレてたか。いや、これは――――」


 容疑者を見るが、ありえない速度で目を逸らされた。


 俺たちが今いるのは、『大森林』外縁部最北の町ミッケーリ。

 ここは、鎖国状態といっても過言ではない『大森林』にとって、唯一外の世界との交易を行える重要な場所でもある。

 そのため、必然的に外から遠路はるばるやって来る商人などのゲストを歓待するための施設も必要となり、今いる宿屋『新緑亭』もそのひとつだ。

 比較的真新しい宿の食堂で俺たちはひっそりと会談を行っていた。


「他には誰もおりませんしご遠慮なさらず」


 エルネスティが再度勧めてくる。

 しっかり財力にものを言わせた貸切が効いているらしく、俺たちの他に客は誰もいない。

 また、店側もそういう宿屋を営んでいて心得ているのか、給仕たちも料理を下げた後は紅茶らしき飲み物を置いてそそくさと退散してしまった。


「では、ありがたく……。しかし、エルフの魔法ってのは便利だねぇ」


「え? それをクリスさんが言うんですか?」


 俺のしみじみと繰り出した言葉に、隣に座っていたショウジが目を皿にして驚きを見せたため頭が痛くなってくる。


 ……オメー、どう考えてもここは社交辞令的なトコだろ空気読めよ。異世界転移してるのに超重要な『空気を読む加護』とか持ってないの? とんだポンコツ『勇者』のお披露目になるじゃねぇか。


 とりあえず、これ以上余計なことを言われないようテーブルの下でショウジの足を踏みつけて黙らせる。

 なぜか小指を狙うと無効化されそうな気がしたので、足の甲全体を狙って割と容赦なくカマしてやった。


「ぉ゛ぉ……っ!?」


「どうした? なにかの発作か、ショウジ?」


「あ、あし……!! あしぃ……っ!!」


 口をパクパクとさせながら、降って湧いた激痛に震えて耐えるショウジ。


「あぁ、水虫か? ひどくなる前にちゃんとケアしろよ」


 ショウジの悶絶を気遣うような言葉だけを並べた棒読みでさらっと流して本題に入る。


「……それで、今の今までお姫様にも聞けなかったんだが、なんであんな外交問題に発展しかねない事態になってしまったんだ? こんな場で訊いていいのかわからないけれど、いったい『大森林』はどうなっちゃってんの?」


 明日まで何もできないとしても、今のうちに情報は可能な限り収集しておかねばならないからだ。

 エルネスティは、ショウジの奇行を見て怪訝そうな顔を浮かべていたが、俺が向けた言葉に顔をこちらへ戻す。


「あー、帝国の方を前にしては非常に申し上げにくいのですが……実のところ、帝国が開発しているという『銃』と呼ばれる新兵器。それに並々ならぬ危機感を持っている王族がおるようでして……」


 へぇ――――。


 閉鎖的で知られている割には、大した情報収集能力をしていると思った。

 ……あぁ、引きこもるのにも準備が大事と言っていたか。


 しかし、火縄銃の存在は、関心を抱かせるにしても実戦証明がされているわけでもない。ウワサ程度のものであれば、そこまで脅威に感じることでもないと思うのだが。


「しかし、あんなのは得体の知れない新しいモノってだけだろう?」


「もちろん、ただの新しいものに過ぎないのであれば、それほど過敏に反応することもないでしょう」


 エルネスティもそこは肯定する。


「ですが、天敵とも言える聖堂教会が嗅ぎ回っているという情報があれば、残念ながら我々も穏やかではいられないのです。『大森林』は帝国と国境を接しており、貴国の動きが我が国の安全に最も密接に結びつくのですから注目するのは当然でしょう?」


「教会の影響力が高まった日にはますますおたくらとしては危なくなるものな。そりゃ無理もない話だ」


 そう言われると納得せざるを得ない。

 今まで数々の新技術を、教会が『勇者』の威光を笠にブン盗ってきたことを考えれば、連中がご執心というだけで勝手に警戒してしまうのだろう。


「ですから、銃がもしも魔法を凌ぐ性能を持つのであれば、それはヒトとエルフの関係性を大きく変えてしまう恐れがあると認識しています」


 エルネスティの危惧は、銃器開発を始めた――――つまり銃をこの世界の誰よりも知っているであろう俺から見ても決して間違ったものではない。


 昔読んだ歴史書によれば、エルフは魔族との戦争の際に、魔法のエキスパートとして遠距離における唯一無二の火力や負傷兵を治療する役割を担っていた。

 それが、命中精度はさておき、魔法よりもさらに遠方からの殺傷力を持ち、ほんの少しの訓練で誰もが他者を圧倒し得る攻撃手段に取って代わられるとなれば、魔法により戦場での地位を築き上げてきたエルフの立場は非常に悪くなる。

 一般兵とそう変わらなくなる中で、他に衛生兵くらいしか担当できないとなれば、彼らの地位は相対的に低下してしまうのだ。


「だから、穏健派は銃が戦場を席巻する前に帝国と相互不可侵条約を結びたがったのだろうし、過激派は早いうちに帝国を潰してしまいたいってわけか」


 閉鎖環境にいたためか外に出ても身の程を弁えないアホもいたが、魔法技術の吸収も同時に行うと考えれば、どちらも『大森林』を維持しているエルフらしい合理的な思考といえる。


「恥ずかしながらそのようです。過激派の首魁は、王族――――ハイエルフにのみ伝わる古の魔導兵器を復活させようとしているらしいのです」


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