第122話 あいにく夜這いは間に合っております
「――――いつから、気付いていた?」
起き上がるのと同時に収束した殺気もぶつけていたからか、寝込みを襲いに来た女ダークエルフの秀麗な顔――――その額には幾分か汗が滲んでいた。
「そちらがバルコニーに忍び込んだタイミング。あと、階下にお友達がいるのも、ね」
俺が答えるのと同時に、ピタリと頸動脈に対して紙一重の位置で止められている小太刀の刀身が、フラッシュライトの光を小さく反射して煌めく。
あとほんの少し俺が手首を動かすだけで、白刃は手を伸ばせば吸い付きそうな瑞々しい褐色の肌に食い込み、容赦なく赤い流れを作り出すことだろう。
あるいは、右手のHK45Tから放たれる.45ACP弾がUSA神話のパワーを発揮して、この類稀なる美貌を持つダークエルフの顔に新しい穴をこさえるという冒涜的な行いとなるか。
――――だが、そのダーフエルフは動いた。
「っ!」
俺が当てている白刃のラインから上手く外れるように、ふっと瞬間的に力を抜きながら後方へと倒れこむ―――いわば、膝を抜くダークエルフ。
この世界に来てから、体術らしき身体の扱い方を見たことのない俺には、見事としか言いようのない身体の動きである。
一方、万が一のことがないように、刃を首筋ギリギリのところで制止させるための力をかけていた俺は一瞬反応が遅れる。
そして、下方からの殺気が形となって俺に襲い掛かる。短剣の投擲だ。
しかしここで、俺が姿勢的に追撃を行いやすい状態でなかったことが逆に功を奏する。
あの状態で動ける姿勢だった場合、次の動作は前方へ立ち上がりながらベッドから相手に向けて飛びかかる可能性が高く、自分から飛んでくる短剣に向かっていく形になったかもしれないのだ。
喰らえば、下半身にダメージを負うことになり一気に形勢が不利となる。
また、短剣の迎撃も可能だったとは思うが、追撃の運動エネルギーを減衰させられただろう。
「やってくれる……!」
小さく呟きながら、俺は素早くベッドの上で横への回転を選ぶ。
そのまま、重力に引かれて転がり落ちるようにしながら片膝をついて床に着地。
無理に立ち上がろうとはせずに、倒れ込んだ勢いのまま後転して距離を稼ごうと見事な尻を一瞬だけこちらに向けたダークエルフに向けたフラッシュライトで再度視力を奪う。
コイツがこんな行動に出たのは、俺が『剣』と強烈な光を発する何かを持っているだけだと判断されたからであろう。
銃は、相手を殺すことが前提であればこの世界では前世以上に心強い武器だ。
しかし、相手がその威力を知らない、且つこちらに対して害意がある場合には、威嚇にもならないことを失念していた。
今右手に握っているHK45Tは、延長されたアウターバレルにサプレッサーを装着可能なネジを切ってあるタイプだが、布団の下に隠しておいた際の取り回しを考えて付けていなかったのだ。
なんたる失態か。これならテーザー銃の方がマシだった。
もちろん、この状態でも撃てばスペック通りの十分な威力を発揮するが、それにより生じる発砲音は階段の下で待機している連中に突入の合図を与えるようなものだ。
できることなら、それは避けたい。とある理由によって。
なので、俺は即座に銃の使用を諦め、暴発しないようにデコックして、ダークエルフ目掛けて投げつける。
「なっ!?」
突然の俺の奇行に、小さな驚愕の声がダークエルフの口から洩れる。
まさか、この暗がりで命綱にも等しい光源を、放り投げてくるとは思っていなかったのだろう。
だが、俺には『蛇の目』があり、相手の位置はばっちりわかるのだ。
瞬時に、両目をサーモセンサーに切り替え、膝を伸ばす際の力をバネとしつつ身体全体のしなりを利用して肉食獣の如くに距離を詰める。
やはり、投擲した以外にも短剣は持っていた。
自分に向けて投げつけられた拳銃を左腕でガードしつつ、腰の左側にある武器を抜こうとしていたところに俺が急襲し、柄を握る右腕を動かせないよう掴んだ状態でダークエルフを床に押し倒す。
「ぐぅっ!」
「熱烈なアプローチは嬉しいんだが、あまり慣れていないんだ。もうちょっと優しくしてくれると嬉しいね」
そう嘯きながら、今度は俺が上側のマウントポジションに近い状態となる。
ダークエルフの右首筋にはしっかりと刀身が押し当てられており、小さく食い込みかけていた。詰みである。
そこからしばらくの間――――といっても時間にしたら数秒にも満たないであろう、探るような沈黙が両者の間を支配する中、襲撃者の姿を見てみる。
やや目尻が鋭く切れ上がっているものの、比較的大きくそれでいて意思の強そうなアメジストの目がこちらを睨んでいた。
暗殺という静謐さが求められる行為を阻害せぬよう何らかの魔物か生物の皮を使っているのか、闇夜に溶け込むチャコールグレーの衣装がぴっちりと肌を覆い、そのせいで出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるというこのダークエルフ――――褐色エロフの犯罪的なボディラインをこれでもかと目立たせている。
中身が秀逸過ぎて、コスプレみたいな恰好しているくせにそれより何倍もエロいんですけど!
「……ヒト族がこうも鋭いとは驚きだ。わたしの侵入に気付いた上に、待ち構えられていては何もできないな」
「へぇ……、諦めてくれるってことかい?」
「だが……この状態で階下の者たちが動き出せば、そちらとて余裕の表情を浮かべてもいられまい」
俺の内心で渦巻く煩悩など知る由もない褐色エロフは、俺に向かってニヤリと肉感的な唇を挑戦的に歪めて見せる。
なんでしょうね、この自信満々なクセにへし折られやすそうなのを立てるフラグ建築技術は。一級建築士か、おい。
「悪いが、そんなことをした日には悲しい未来になっちまうぜ?」
「あいにくと、人の生き死にで一喜一憂するような生き方はしていない」
いやいや、どう思っているか知らんけど、そう簡単にはいかないよ? ここで大人しく捕まってもら――――。
「クリス様? もしかして誰かいらっしゃってるのですか? ――――ダ、ダークエルフ!? え!? よ、夜這いなのですか!?」
「バ、バカヤロー!! この状況が色っぽいシチュエーションなわけねぇだろ!!」
唐突に、ノックもなくドアを開けて顔を出したのはヴィルヘルミーナ。
俺たちの密着した姿を見咎めてすぐに素っ頓狂な声を上げる。
いくら男女がベッド付近で触れ合いそうな距離にいると言っても、相手の身体めがけて刃物を構えて微動だにしていないのだ。
コレが夜這いに見えるなら視力に問題があるか、普段から妄想のし過ぎである。
……いや、そもそもなんで何の前触れもなく入って来るんだ、コイツ!? もしかしてドアの外で待ち構えていたのか?
夜這いは、現状ひとりで間に合ってるんだよ、この野郎! おっと間違えた、このアマァ!
「いいから悲鳴を――――」
「悲鳴を上げてサダマサたちを呼べ」と叫ぼうとした瞬間だった。
それまで物音すらしなかった階下から、一瞬の出来事ではあったが何かが破裂するようなとんでもない轟音が響き渡る。
「あぁ、くそ……! 作動させちまいやがった……!」
あーあ、暗殺者集団を捕まえてゲロらせようと思ったら、みんな見たらゲロ吐きそうな肉片と壁のシミになっちまったよ。
現物は見ていないが、それ以降階段方向からの物音が、悲鳴さえも聞こえてこない時点でどうなったか容易に想像がつく。
「今のは……?」
さすがに何が起きたか理解が追い付いていない様子のダークエルフ。
わずかながらに不安の色の混ざった瞳が部屋の外を向いている。
「……悪いが、そちらのお友達はみんなお星様になったと思う」
そう。もしも、襲撃サイドが人海戦術で押し切るとばかりに集団で攻めてきた時に備えて、クレイモア地雷をワイヤートラップとして、階段の終着地点、踊り場、さらにその下へ向けてベアリングが真正面上方から一斉に降り注ぐよう設置しておいたのだ。
当然のことながら、味方や宿の従業員が引っかかることがないよう、エルネスティ経由で「何があっても朝までは階段には絶対に近付くな」と厳命していたが、結果としてこのザマである。
「おい、クリス。階段がとんでもないことになってるが」
今度は、サダマサが顔を出す。
気配を察知して準備をしていたのか、動きがやたらと早い。
こちらの騒ぎに気付き、駆けつける途中でクレイモアが炸裂したため、そちらを見てからやって来たのだろう。
さすがのサダマサも、あまり気分の良くないものを見てしまったと言わんばかりの顔をしていた。
「生存者は?」
「人間の形をしてるやつなんて、誰もいなかったぞ」
遠回しに「いると思うか?」という顔をしていたが、俺と対峙しているエロフへの示威の意味合いもあったか、サダマサなりのブラックユーモアを交えた言葉が返ってくる。
「oh.........」
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