第123話 くっころさん、いらっしゃーい!


 俺たちふたりが、ハプニングに対してあまりにも気まずそうな顔をしていたことで、褐色エロフは逆に状況を察したらしい。

 予期せずして突入要員を全員殺してしまったのだと。


「わたしの負けだ……!」


 短剣を捨てて、褐色エロフはどうにでもしろと床に座り込む。


 さすがに、この状態からの逃走は不可能と判断したらしい。

 俺などよりも遥かに規格外の化物がいる状況で、そう判断したのは賢明な判断と言える。


「そうかい。まぁ、世の中素直が一番だと思うぜ?」


「……くっ、殺せ!」


 キッとこちらを睨み付けつつ、吐き捨てるように言う褐色エロフ。


 いや、お前そういう騎士じゃねーだろ。

 そもそも、殺したら情報とれないじゃないか。欲しいのは命じゃなくて情報だし。


「いやいや、最低でも情報だけは吐いてもらわないと」


 アクシデントが起きてしまったが、俺は気を取り直して、威嚇の意味も込めてニヤリと笑みを浮かべ小太刀の峰で肩を叩きながら告げる。


 すると、褐色エロフは我が身を抱きしめるようにしてこちらを強く睨む。

 その際、腕が下乳に接触し、その豊満な双丘を強調するように持ち上げることになる。……もしかして、コイツ狙ってやってねぇか?


「わ、わたしを辱めるつもりだな!? この身体をよこしまな肉欲で……!」


「そうだ、俺のハイパー兵器で夜通しヒィヒィ……ってなんでだよ! しねぇよ!」


 ないとは思うが、こんな衛生環境がほぼほぼ魔法に依存してる世界で、迂闊に見知らぬエロフなんかに手を出せるか!

 ……まぁ、そうでないのであれば、私としては非常に魅力的な物件だと思いますハイ。エロフ万歳。


「クリス様、こんなダークエルフの曲者はこの場で……」


 ヴィルヘルミーナが横合いから言葉を投げてくる。


 うん、言い分にはもっともな部分もあるけど、それ絶対に私情入ってるよね君?

 エロフが乳を強調した時から、息苦しいくらい負のオーラ出してるじゃないか。

 ていうか、こんな時だけ無表情になるなよ、怖えーよ。


「……わかったよ、物騒な言い分は理解した。とりあえず、みんなを呼んで来てくれないか。あぁ、灯りはつけるなよ?」









              ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆










 ヴィルヘルミーナが呼びに行くまでもなく、騒ぎを聞きつけて集まってきた面々――と言っても、エルネスティとティア、それにショウジだけだが――を加えて、俺たちは褐色エロフ……もといダークエルフを取り囲んでいる。


 厳密には、何かおかしなことができないようにエルネスティとヴィルヘルミーナには、距離を置いてもらっている。


 まぁ、ショウジの『神剣』を鞘越しに当てているので、魔力の流れを阻害する特性により、魔法を使おうとしても無駄である。

 なにより、俺とサダマサが臨戦態勢になっているため、変なことをしようとすれば即座に無力化する流れとなっていた。


 あのあとエルネスティに聞いたのだが、ダークエルフは『大森林』に住むエルフの中でも少数民族に位置する種族らしい。


 彼らの持つエルフとは正反対とでも言うべきワイルドな外見と、優れた身体能力に攻撃魔法を得意とする種族的特性から、魔族に近い存在とされ異端視されているという。ひどい風評被害である。

 だからかどうかは支配階級であるエルネスティにも言葉を濁されたため定かではないが、ダークエルフはエルフ社会の中でも要職につくこともできず、住む場所も一族ごとに分散され大森林外縁部に集落をつくりひっそりと暮らしているらしい。


 そんな背景からか、彼らも待遇改善をしようとはせず、ひっそりと暮らしたまま自分たち一族が住む集落の中でエルフと同等の寿命を終えるか、それを望まない者は外の世界に傭兵や暗殺者として出て行くのが普通らしい。


 しかし、外へ行ったら行ったでエルフ同様に方向性こそ少し違うが、基本的に美男美女の集まりのため、奴隷にしようと狙われることも多々あるのだとか。

 まぁ、こんな肉感的な美女がそのへんにいたら、奴隷にしたがるヤツがいたって不思議じゃないと思う。

 俺だって、無条件にくれるとか言われたら心が揺らぎそうだしな。


 だが、そういった背景があるとなれば、『大森林』は人類間での種族差別以前に、仲間内でも厄ネタを抱え込んでいるということになる。

 まぁ、これは推論にしか過ぎないが、「そこを改善してやる」とでも持ちかけられたら、コロっとイってしまう一族がいたとしても不思議じゃないと俺は思う。


「さてさて、ドコのどいつが送り込んできたんだろうねぇ……」


 そう言いながら、俺は盛大に溜息を吐く。


 順当に考えれば、その過激派の首魁とやらになるのだが、すぐさまそう決め付けてかかるのも早計である。


 この宿に俺たちが一晩泊まることを知っているのは、ごく限られた人間のみだ。

 王宮に内通者がいて、そこから情報が過激派に漏れたと考えるのは別に不自然なことではない。


 たしかに、現状国内にいる王位継承権筆頭とも言えるエルネスティの命を狙っていたとは十分に考えられるし、それと同じく王族が動くとなれば何らかの重要人物が国内に来ているとも判断できる。


 まぁ、一番面倒くさい且つあってほしくないパターンは、俺たちに過激派への危機意識を高めるための王族の自作自演だ。

 この場合、エルネスティとヴィルヘルミーナがそれを知っているかどうかは大きな問題とはならない。厄介なことに変わりはないからな。


「で、だ。出来れば手荒なことをする前に喋ってほしいんだけどね」


 ふたたび、俺は褐色エロフに視線を戻す。


「誰がやすやすと依頼主のことなど話すか」


 そりゃそうだ。こんな商売、信用が大きく影響するはずだ。

 軽く脅されたからってペラペラと喋るようではやってはいけまい。


「いや、見上げた職業精神だがね…………拷問なんて、できることならしたくないんだよ。痛みを与える拷問ってのは、たとえば殴り続けるとしても、やられてる方はそのうち痛みが麻痺してくるから、もっとエグいのを考えないといけなくなる」


 言っても理解できないので言わないが、一応、俺も非正規戦で戦う以上、そういった手法は習得させられている。


 前世の戦争時には実際に行使することにはならなかったが、もしも秘密裏に侵入したテロリストを捕縛した場合、迅速に目的などの情報を吐き出させなくてはいけないケースもあるからだ。

 それにモタついていれば、思いがけない大惨事すら引き起こしかねない。


 日本国憲法第36条と拷問等禁止条約? ちょっと異世界では適用範囲外かもしれないですね。


「なっ……!」


 俺の言葉を表情から脅しではないと理解したのか、急激に顔が青ざめていくエロフ。

 暗殺の成功や、失敗――――すなわち死ぬことくらいは覚悟していただろうが、捕まった挙句凶悪な拷問を受けるとなれば話は別なのだろう。

 いや、それすらも決して想定していなかったわけではなかろうが、それでもイザそうなるに至ったことで恐怖感が生まれてしまったのだ。


 そりゃ俺だって拷問したいわけじゃない。

 素直に吐いてくれるのなら、エロい拷問で済ませてもバッチオーケーなんだがなぁ……。


「まぁ、気が変わったら早めに言ってくれ」


 うーん、とりあえずC4用の導火線と信管を出して……。


「――――待つのじゃ、クリス。この建物、囲まれておるぞ」


 それまで、事の推移を眠そうにしつつも興味深げに見守っていたティアが、ふと気付いたように口を開く。

 その表情は、普段の彼女からはお目にかかれないほど鋭いものとなっていた。


「――――たしかに。結構な人数だな。だとすると、こっちが歓迎委員会の本命か」


 サダマサも、同意するように腰に佩いた刀の柄頭に左手を置いて周囲に視線を巡らせている。建物内ではなく外に意識を向けているのだろう。

 慌てて、俺も魔力探知で半径100メートルほどを一周走査してみると、まるでこちらの様子を窺っているかのように固まっている反応が周囲に複数個存在した。

 合計すれば数十人か。どう好意的に考えても、城へのお迎えとは思えない。


「おいおい、暗殺者だけじゃなくて突入組まで用意してるのかよ。よっぽど俺たちを殺しておきたいみたいだな」


「え、囲まれているんですか?」


 尚、まったく気付いていなかった様子のショウジが驚きの声を上げる。

 こんなんで大丈夫か『勇者』の加護は。過去に暗殺されたヤツとかいないのだろうか。


 そんなショウジのリアクションに、何度目かの溜息を吐き出しながら、俺はここからどうするかを考える。


「そんなバカなっ!」


 だが、思考に入ろうとした俺を現実に引き戻す声。その場で最も意外な人物が声を上げた。

 声の主は、床に座り込んでいた褐色エロフだった。

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