第124話 ちょっとそこまでいきましょか


「びっくりしたな……。なんだよ、いきなり」


 突然、大きな声を出した褐色エロフに俺は目を向ける。


 しかし、俺の訝しげな視線などどうでもいいとばかりに、エロフは愕然とした表情を浮かべている。

 あー、この様子だと梯子を外されたんだろうなぁ。


「こ、この依頼はダークエルフのわたしと、階下に控えていたエルフの数名だけで完遂する予定だったのだ! それがこんな……」


 信じられないと言った様子で、ぺらぺらと喋り出す褐色エロフ。

 なんか急に口が軽くなった気もするが、まぁ、裏切られた衝撃による一時的な混乱だろう。


 しかしながら、俺からすると別段驚くべきことではなかった。


 『大森林』においてダークエルフがマイノリティである。

 前世地球のように人権団体も存在しない以上、ざっくり言って個人間の契約であれば、たとえ成功したとしてもそれを必ずしも履行しなければいけない決まりなどないからだ。


 この褐色エロフも、おそらくはフリーランスに近い立ち位置だったのではないか。

 技量の立つヤツが一人いれば、決死隊が後詰めで突入することで幾分か戦力は削れるとでも思ったのだろう。

 たとえ、一人二人でも殺すことができれば、あとは動揺しているところに後続の集団が数で押し潰して終わりというトコかね。


 そんなことを考えていると、ちょうどそこで外を照らしていた月が雲間に隠れ、世界を包む闇の色が濃くなる。


「そりゃ生き死にが国家間の大事に及びかねない人間を殺ろうっていうんだ。お前さんの命ひとつでどうにかなるなら、安いものだと判断したんだろうよ」


「だが、メンバーの中にはエルフの兵とていたのだぞ!?」


 まだ現実を受け入れられないのか、褐色エロフはこちらに向かって噛みつくように反論する。


 まぁ、さっきまで殺す気でいた人間に諭されるという展開もあって、余計に混乱しているのだろう。

 しかし、クレイモアの件に関しては、ヤツらの自業自得としか言いようがない。

 無関係の人間が巻き込まれないようにしっかり朝まで立ち入り禁止と警告して、ちゃんと階段にはエルフ語で『関係者以外立入禁止。死して屍拾うものなし』と立て看板までしたのだから。


「そのエルフたちだって、本人らが知ってたかはわからんが決死隊だったんじゃないのか。生きて帰るなんて誰も思っていなかったんだと思うぞ。だからこそ、外で万全の布陣で俺たちが出てくるのを、ああして待ち構えているんだろう」


 そう俺の言葉を引き継いで、サダマサが窓辺で外の様子を窺いながら言うと、褐色エロフは俯いて黙ってしまった。

 よほど裏切られたことがショックだったのだろう。暗殺者の割には微妙にメンタル弱そうに見えるが、こんなので大丈夫なのだろうか。


「どうするんですか、クリスさん?」


 さすがに状況くらいは理解したと思しきショウジが、そそくさと近寄って来て俺に話しかけてくる。


「決まってんだろ。打って出るんだよ。……それで、王族としてはどうなんだ?」


「え、どうとは……?」


 いきなり話を振られ、俺の投げ掛けた言葉が意図する所を掴みかねたのか、返す言葉に言い淀むエルネスティ。


「明らかな敵対勢力の場合、相手を殺傷していいかって話だよ。これだけの人数を寄越しているということは奴さんらも本気なんだろ。こちらを拘束して終わりって考えるのは楽観に過ぎるし、それを相手にするのに無力化するのは簡単なことじゃない。少なくとも相手はお宅らの国民だ。だが、同時に俺たちの敵でもある」


 俺がそう容赦のない言葉を突きつけると、エルネスティは返すべき言葉を失う。


 すぐそばにいたヴィルヘルミーナがエルネスティの傍らへと寄り添う。

 すると、それに気付いたエルネスティは小さくヴィルヘルミーナの方を見て小さく頷き、それからややあって俺たちの方に視線を戻す。


「……偽善と思われるかもしれません。ですが、それで『大森林』全体を巻き込む戦争が防げるのであれば、自国民を犠牲にした咎は王族として私が背負いましょう。可能であるならば、突破してください。相手への損害は問いません」


 苦渋に満ちた言葉とでもいうべきだろうか、エルネスティは努めて表情を露わにしないよう俺の目を見つめながら口を開く。


 『殺す』という言葉こそ使えなかったものの、自分の命が危機に曝されることで、少しは『継承権を持つだけの存在』ではなくなりつつあるらしい。

 まぁ、為政者でもない俺としては、あまり偉そうなことを言うつもりもない。ただ、自分が意図せずして動くだけでも、それなりの影響が生じ、またその行動への責任を見知らぬ誰かから問われる立場となることを知ってくれたらと思うだけだ。


 実際、狙いが王族の二人だったと仮定した場合、俺たちがここにいなければ、彼らだけで突破するなりしなければいけなかったのだから。

 少し前提条件としては無理もあるがな。


 さて――――。

 意識を切り替えて、俺は窓の隙間から外を窺う。

 当然ながら肉眼では夜の闇に包まれていて窺えないが、サーモセンサーに切り替えると熱源がチラホラと見えてくる。


 どう攻めるかを考えるが、特に搦め手が必要とも思えない。

 まぁ、強いて言うなら、先手は取られたくないし、形振り構わず火矢でも放たれたら木造建築など簡単に燃え落ちる。

 先ほどのクレイモアの爆発にしても、たまたま建物に引火したりしないで済んだから良かったようなものだ。


 それに……このまま篭城して迎え撃つというのも性に合わない。

 森林保護のため火気厳禁なんてのを、暗殺する気満々の連中が守ってくれるとは到底思えないしな。

 どのみち、相手が敵勢力で確定というなら、ここでその戦力を削いでおくのは今後を考えれば有効だろう。


「サダマサ、それと俺でやるか。……あー、ティアはどうする?」


 一応、今回が初めての同行となるティアにも声くらいはかけておかないといけない。拗ねられでもしたら事だからな。


「そうじゃな……。妾の眠りを妨げた小賢しげな耳長エルフどもの消し炭の死体を作っても良いのなら、少しばかり運動しようかの」


 物騒なことをさも退屈そうに言って、コキコキと首を鳴らしてゆっくりと伸びをするティア。

 元の姿勢に戻った時に二つの戦略核弾頭が少しだけ揺れる。うーん、眼福でござるなぁ。


「オーケー、森林火災だけは気を付けてくれよ。あとで怒られたくないからな」


「心配するでない。妾の魔法は炎属性ではないから大丈夫じゃ。攻撃エネルギーである魔力の形が黒い炎に見えるだけでの」


 いやいや、余計におっかねーよ。


「クリスさん、俺は?」


 この先やることをてきぱきと俺たちが進めている中で、自分の名前が挙がらなかったからかおずおずとした様子で声をかけてくるショウジ。


「ショウジ、お前はエレオノーラと一緒にエルネスティとヴィルヘルミーナの二人を頼む。それと、一階に降りて従業員の無事を確認してくれ」


「……俺だって戦えますよ」


 珍しく食い下がるショウジ。

 これまでも肝心な時の戦いに、主戦力として参加できていないことに思うところがあるのかもしれない。


 だが、ただでさえ人間を相手にした実戦経験に乏しい中で、夜戦となれば少し不安要素が残る。


 たしかに、対魔法戦闘においてショウジはは比類なき力を持っている。

 だが、相手が弓や槍や剣などの実体兵器を持っているのでは少しばかり勝手が違う。

 いくら『勇者』とはいえ、殺せば死んでしまうのだ。


 それが容易ではないからこその『勇者』であるわけなのだが、それも絶対のモノではない。

 『勇者』として魔法と魔力を無効化する術を持ち、あの当時の教会の最終兵器扱いをされていたシンヤも最終的にはたった一発の銃弾によって絶命しているのだから。


「わかっているさ。だが、お前にしか頼めないことだ。でもな、勘違いするなよ? 戦力として頼りにしていないわけじゃない。むしろ護衛対象は、戦争を止めるための大事なカードのひとつだ。お前がしっかり守ってくれ。それと、必要な時は…………絶対に躊躇うな」


「……わかりました」


 俺の言葉に、やや間があったものの、ショウジは俺の目を見て力強い返事をした。

 これ以上は言わないが、頑張ってくれよ。


 んじゃ、まずは狙撃で敵の指揮官を――――。


「よし、では行くとするかの。黒き耳長エルフの娘よ、妾の供をせい」


 俺とショウジの会話が終わるのを待っていたのか。

 突然歩き出したティアは、悠然とした歩みのまま流れるように褐色エロフの首根っこを掴むと、そのまま飼いネコでも掴むかのようにひょいと持ち上げる。


「……え?」


 サダマサを除く全員から驚愕の声が漏れる。

 無論、そこには俺も含まれていた。


 尚、そんな持ち方をされても当の褐色エロフは驚いたような顔を浮かべるだけで、まったく苦しそうにしていないことから、俺はティアが魔力を使った重力制御フィールドらしきものを展開していることに気付く。


 ……もう『勇者』じゃなくてコイツじゃねーの? この世界で一番ヤバいチートキャラって。


「少し我慢しておれ」


 そう言うや否や、ティアは窓の外へと躍り出るように――――四階から飛び降りた。

 少しだけその際に着物の裾がめくれ、滑らかな曲線を描く白磁の脚が俺の目を奪う。


「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 窓の外から音のドップラー効果を伴いつつ、褐色エロフの上げた悲鳴が遠退いていく。


 あ、女らしい声も出せるんだ。

 それか、今までの喋り方や態度が舐められないための演技かだな。

 まぁ、彼女のメンタルの具合を見るにこっちが素なのだろう。


「ここ四階ですよ!?」


「そうだな。俺も行くか」


 エルネスティとヴィルヘルミーナが驚愕の表情を浮かべている中、サダマサも買い物にでも行くような気軽さで返事をして颯爽と窓から飛び降りる。

 うん、やると思った。


「……なぁ、そこで「お前も行くの?」って目で見るんじゃねぇよ。……行くけど、さ!」


 そうして俺も小さく溜息を吐いてから、続くように助走をつけて窓辺から虚空に身を躍らせる。


 決して階段の惨状を見たくなかったからではない。

 あ、そういう意味ではショウジには悪いことをしちまったかもしれないな……。

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