第125話 チャージなどさせるものか
急に開けた視界の中、夜風が頬を強めに撫でていく感触を楽しみながら、俺は体内に魔力を循環させサプレッサーを装着したH&K UMP45短機関銃の『お取り寄せ』と身体強化を図る。
飛び降りた先は芝生だが、まともに飛び降りれば地上十二メートルからの落下は一昔前の落下傘降下の衝撃に近い。
訓練時代を思い出しながら五点着地をしようとしたところで、自分の肉体が今や前世を遥かに越えた強度を持っていることを思い出すが、それでもとなるべく衝撃を殺せるように着地する。
運動エネルギーを伴って地面に降りた衝撃が足から全身へと駆け抜けるが、それを魔力で強化した身体が受け止めてくれた。
ファンタジー様々である。
「もっと綺麗に着地しろ。減点だぞ」
「うるせぇ、オリンピックにも出させてもらえない存在自体が反則なヤツは黙ってろ」
ゆっくりと立ち上がり、俺はUMP45のチャージングハンドルを引いて初弾を薬室に送り込みながら軽口を投げてくるサダマサに返事をする。
「遅かったのぅ、クリス」
依然として掲げた右手に褐色エロフをぶら下げたままのティアが、俺に向かって嫣然と微笑みながら喋りかけてくる。
少しばかり漏れて出ている魔力の残滓から、戦いを前に昂っていると見える。
一方、褐色エロフは呆然とした顔で虚空を見つめ――――現実逃避していた。
ほんの短い時間とはいえ、常識を超えた体験を経て、完全に目が向こう側の世界にいきかけていた。
まぁ、無理もない。
「それよりも、熱烈歓迎委員会の受付はどこだ?」
「あっちだ。見ろ、連中待ちきれなくて出て来たみたいだぞ」
サダマサの指す方向に視線を向けてみれば、夜の闇に少し慣れた目が、明らかに友好的には見えない風体の人間たちを捉える。
だが、距離もあってはっきりとした姿がわからない。
少しばかり灯りが欲しいな、そう思っていると隠れてしまった月が雲間より再び顔を覗かせ、月の光が地上へと静かに降り注ぐ。
一番最初に月光に照らされたものは、集団が持つ武器の煌めきであった。
武装した人間が総勢五十名ほど。
ぱっと見の内訳はダークエルフの男が八割、残る二割はエルフの男たちであった。
なんだよ、エロフおらんのかよ。
「草原の民が我らが『大森林』に何の用だ? 入国の報せも受けておらなんだが」
進み出て来たひとりの中年に近いと思われるエルフが、あまり友好的には見えないトーンで声をかけてくる。
身に付けている剣と鎧の程度の具合から見て、コイツが指揮官だろうか。
「いやぁ、ちょっと『大森林』のみんなと仲良くしようと思ってね。友達になりたいんなら、明日の朝以降にまた来てほしいんだが。ちょっと疲れていてね、眠いんだよ」
「こちらの用事が済んだらゆっくり寝てくれて構わなんだぞ。ただし、永遠に目覚めないがな」
俺の冗談を完全にスルーしてくれた指揮官エルフの言葉に、周りにいたエルフたちが嘲笑を漏らす。
その更に外側に展開していたダークエルフたちはクスリともしない。
すぐ横合いで、微妙にヤバいオーラが漏れ出ているのを俺の魔力探知が捉えた。
「夜中に押しかけてきて用事たぁ、穏やかじゃねぇな」
「何を言う。貴様らにはハイエルフ王族への暗殺容疑がかかっている。その宿に滞在されている第二王子エルネスティ殿下へのな。そのダークエルフの女を使って侵入をしようとしたのだろう? 下賤なヒト族の考えそうなコトだ」
あー、そういうことね。完全に俺たちをココで殺すつもりか。
それで、「帝国との会談に向かった中で、刺客が第二王子を襲撃。帝国の王太子使節一行もどうなったかわかったものではない」とでも大いに喧伝することだろう。
近年稀に看る最高のネガティブキャンペーンになるな。戦争まっしぐらか。
しかし、自分たちが第一弾の暗殺手段として使った方法を、自らでこき下ろすとは随分レベルの高いギャグである。
こんな場でなきゃ腹を抱えて笑ってやりたいくらいだ。
「しかし、いつから『大森林』はダークエルフと仲良くやってるのかねぇ? 初耳だぜ」
「なに、そこのダークエルフの女の一族がヒト族に同胞を売ったという情報を持って来てくれたのだよ、彼らは。優秀な一族は『大森林』で手厚く保護するべきだろう? まぁ、その女の一族は皆殺しにせねばならんがな」
俺の言葉を受けて、ニヤニヤとなまじ整っているだけにより醜悪に見える笑みを浮かべる指揮官エルフ。
その言葉に、いつの間にか現実に帰還してティアの手から解放されていた褐色エロフが噛みつくように言葉を発する。
「バ、バカな! お前たちはわたしへの報酬に一族の――――」
「黙れ! 半魔の一族の分際で、
「――――ッ!!」
褐色エロフの言葉を遮るように、沸騰したかのような怒気を込めて一喝する指揮官エルフ。
一瞬、指揮官エルフを取り巻くダークエルフたちからも殺気に似たモノが放出されるが、それを受けさすがに言葉を選ぶべきだと気付いたのか、そこから更に追い打ちをかけるような真似はしなかった。
だが、その言葉を真正面から喰らった褐色エロフは、悔しげに視線を下に向け下唇を噛んでいた。
熟す寸前の果実のような瑞々しい口唇から赤い血が流れる。
自分の失敗により一族全体を危険に晒すことになったからだろうか。
それとも、こうなることを見抜けなかったからか。
だからかもしれない、その直後の出来事への反応が遅れたのは。
「
素早い動き――――いや、既に最初から、いの一番で狙い撃ちにするつもりだったのだろう。
男たちの陰と暗がりに隠れ、ギリギリまで殺気を隠していたひとりのエルフがその隙間から長矢を放ったのに、俺は気付かなかった。
自分への殺気であればまだ気付けただろう。
だが、狙われたのは俺ではない。褐色エロフだった。
このまま口を封じるつもりか!
「はっ!?」
思わず間に合わないと思ったがゆえに、身体が硬直して動けない褐色エロフ。
その豊かな双丘の間に、敵ながら見事としか言いようのない狙いで飛翔した、毒を塗ったと思われる輝きを纏った矢が突き立つ寸前。
矢は空中で凍り付いたかのように静止していた。
いや、そうではない。
横合いから伸びた手が、
動けないままでいた褐色エロフが、驚愕の表情はそのままに、その腕の根元の方――――持ち主へ向けて顔を動かす。
すると、そこにはいつの間にそこまで移動したのか、異邦の剣士サダマサの姿があった。
「オンナの唇は血で湿らせるためにあるもんじゃない。そうだろ、ティア?」
「ふふ、そうじゃな。たまにはサダマサも良いことを申すの」
そんなサダマサの言葉を受けながら、毒が塗られた矢尻部分を指に展開した結界でなぞるようにして消滅させ、そのまま悠然と前へ進み出たティア。
一瞬、場違いとも思われるヒト族の姿をした、さりとてエルフでさえ息を呑むほどの瀟洒な美女の登場に、場の雰囲気が困惑にも似たモノに包まれる。
「さて、耳長どもよ。不快な鳴き声で妾の眠りを妨げたばかりか、クリスとの夜をも奪ってくれた罪、とくとその身で味わうがよい」
……えぇ、もしかして貞操の危機だったの?
俺が内心でツッコミを入れている中、眼前に並ぶエルフたちへ向けて艶然と微笑んだ次の瞬間、ティアの身体を包む魔力が、一瞬にして火山の噴火を思わせる勢いで膨れ上がる。
「そ、総員魔法投射よう――――」
突如として現れた荒れ狂うかのように凶悪な魔力の流れに、半ば恐怖に弾かれたかのように攻撃魔法の詠唱を始めたエルフたち。
「ふふ、詠唱などさせてやらぬわ」
だが、そんな渾身の一撃を繰り出すための準備を嘲笑うかのように、ほんの瞬きほどの間にティアが彼らへ差し出すように伸ばした右掌に――――漆黒の炎が顕現した。
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