第219話 白き剛剣


「……話が長い。御託や蘊蓄うんちくはいいからさっさとかかって来い。こっちは急いで駆け付けて来てやったんだ。挨拶代わりに斬り込んでくるくらいはして出迎えたらどうだ」


 威嚇するようなラヴァナメルの言葉を受けるも、サダマサは興味がないのか煩わしそうに首元を掻くだけで、こちらに向けた背に緊張の気配は微塵も見られない。

 不遜極まりない態度と言葉が引き金となったか、対するラヴァナメルの怒りが身体全体から殺気となって新たに噴出。


「舐ぁめるなぁぁぁぁぁっ!!」


 手甲を合わせて火花を散らし、白の大地に突き立った漆黒の大剣を抜きながら発したラヴァナメルの叫び。

 それを合図として、双方が前に進む。


「部下たちを殺してくれた貴様は、絶対にここで仕留める!」


 ラヴァナメルとサダマサの刃が、ほぼ同時に閃く。

 金属同士のぶつかることで火花が上がり、互いの刃に込められたエネルギーが解放されることで空気がかすかに震える。


 いきなり決まるとは思っていなかったであろうが、わずかに表情を歪ませたラヴァナメルは素早く後退し、自身にとって最適の間合いを確保しようとする。

 一方のサダマサは、追撃をする気配を見せない。

 間合いを探っているのだろうか。


 たしかに、リーチで言えば2メートル近い大剣を持つラヴァナメルに対して、刃渡り二尺三寸ほどの刀を持つサダマサの方がどう見ても不利である。

 俺たちが狙ったように、相手の懐にまで潜り込もうとする勢いがなければ、攻撃を一方的に仕掛けられるだけだ。

 にもかかわらず、攻めに転じないのにはなにか理由があるのか。


「部下? 素直に『駒』と言ったらどうだ」


 放たれるサダマサの言葉に焦りの色は微塵もなく、むしろ落ち着きすら感じられた。

 そこに油断している様子は一切ない。


「抜かせ!」


 踏み込みとともに放たれるラヴァナメルの剛腕による雷のような振り下ろし。

 それをサダマサは冷静に見極めると、刀の鎬部分を当てて軌道を脇へ逸らす。

 すぐさま反撃と言わんばかりに翻った刀が横一文字に走るが、腕を狙った一撃はそれを察知していたラヴァナメルの肩当て部分に弾かれてしまう。


 そこへすかさず空いたラヴァナメルの左腕が稲妻のごとくに伸び、五指の先に並ぶ爪がサダマサの利き腕目がけて襲い掛かる。

 大剣の存在感から意識をそちらに取られがちだが、ヒトと違って獣人にとって武器となるものはそれだけではなかったのだ。

 獣人――――それも肉食獣の血を引く者たちであれば、武器は爪のみならず牙まで備わっている。

 それは生まれながらに与えられたもっとも付き合いの長い武器であり、俺とショウジではそこまで引き出すことのできなかったものだ。


 あの鋭い爪をまともに喰らえば、ヒトの腕などザクロのようにされてしまう。

 イヤな想像に俺の背筋が冷える。


 が、対するサダマサの顔に焦りはない。

 瞬時に刀ごと腕を引きながら、サダマサは後方に跳躍して回避。

 しかし、それすらもブラフであり、片手で振るったラヴァナメルの大剣が呻り声を上げながら旋回し襲いかかる。

 さすがにこれは回避不可能と見て、サダマサも踏みとどまる。


「ガァァッ!!」


 獣の咆吼じみた裂帛の気合とともに、幾度目かとなる刃同士の激突が生まれ、それぞれの武器を構成する金属の軋み声を上げる。

 驚くべきことに、細身の武器である刀と大剣が正面からのぶつかり合いで拮抗していた。


 しかし、それはあくまでも凌いだというべきであり、サダマサの優位を決める要素とはならない。

 体躯の差と得物の差――――どちらも重量級でありながら、ラヴァナメルの動きは信じられないほどに鋭く速い。

 はっきり言って、いくらサダマサとはいえ力押しで挑むには不利に思える。

 事実、じわりじわりと押し込まれていく。


 ここからどう攻め返すつもりか――――と考えを巡らせようとした俺の思考を掻き消すように、サダマサの長い右脚が突如として下から蛇のように伸び、そのままの勢いで振り抜かれる。

 絶妙の奇襲になるかと思われた。


 その瞬間、ラヴァナメルの大剣が、触れ合ったままの刃の上を絶妙の加減でスライド。

 力加減が逆転しないように体勢を動かしながら、剣を握る左腕でサダマサの蹴りを受け止めようとする。


 ……おいおい、どんな体さばきだ。

 見ているこっちが愕然としてしまう。


 そして次の瞬間、手甲の表面で蛇腹を形成していた金属が擦れ合うような異音が響き渡った。


「ちぃっ!!」


 いったい、あの蹴りにどれだけの瞬発力が秘められていたのか。

 サダマサから放たれた一撃を手甲で受け止めたラヴァナメルが、後方へと吹き飛ばされていく。


 チャンスかと思うが、俺の内心に反してサダマサは動かない。

 それによって、俺も遅まきながら得心に至る。


 サダマサの脚力が打ち勝ったのではなく、ラヴァナメルが衝撃を殺すために自分から後方に飛んだのだ。

 よほどの素材でできているはずの手甲で受け止めなかったのは、内部にある自身の肉体へと伝わる衝撃、それによるダメージを恐れてのことだろう。


 言動などを見れば、獰猛そのものに見えるラヴァナメルだが、その巨躯や膂力に頼り切ることはなく、戦い方は驚くほどに冷静である。

 おそらく、今の力に目覚める前の戦い方を自分なりにアレンジしているのだ。


 『勇者』のように降って湧いた力に酔いしれてくれていたなら、こうも厄介な相手とはならなかったであろうに。

 あらためて、俺はこの虎人の戦闘力に脅威を覚える。


「……さすがに、普通の刀では少々力不足だな」


 再び間合いを確保することのできたサダマサが、構える自身の刀身へちらりと目を動かす。

 俺のいる位置からでは遠くて確認することはできないが、おそらく刃こぼれかなにかが生じているのだろう。

 単純な素材同士での打ち合いとならないよう、魔力でコーティングされているはずの刀身にダメージを与えるとは、ラヴァナメルの持つ漆黒の大剣はどれだけの硬度と対魔力を持った刀身をしているのだろうか。


「やってくれる。これほどの使い手がヒト族にいるとはな……。だが、そうでなければ、ここまで切り抜けて来れぬか」


 サダマサを憎むべき仇敵としながらも、どこか満足げな言葉を発するラヴァナメル。

 それを真正面から受けるサダマサも、小さく笑みを浮かべている。


 それは、一定のラインを越えた強さを持つ者同士でしか体感することの叶わない境地。

 互いがそこに立っていると理解したからか。


「剛剣かと思えばその軌跡は精緻。その上、体術らしきものまで使いこなすときたか。大した技量だ。おかげで久し振りに楽しめている」


 依然として不利な状況下にあるにもかかわらず、声に歓喜の色を滲ませたサダマサは、ゆっくりと刀を八双に構え、そこから刀身をやや傾ける。


「……そうか。では、もっと楽しんでもらおう。もっとも厄介な貴様を相手に、出し惜しみはやめだ」


 鋭い青灰色の瞳をサダマサに向けてそう宣言した瞬間、ラヴァナメルの身体全体が一気に膨れ上がった。

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