第128話 笑うという行為は本来攻撃的なものであるとかなんとか~後編~

 皮鎧に隠れていない褐色の素肌にいくつもの古傷が走る、古参兵を思わせる身体つきをしていた。

 どんな事情か知らんが、出し惜しみなどせずさっさと出てくればこうはならなかっただろうに。あるいは、単純にサダマサの実力を過小評価していただけかもしれないが。


「さっさと片付けろ、フェリクス! まぁ、ヒト族の分際で、この人数を相手にここまで奮戦した腕前は認めてやろう。だが、ここまでだ。このまま戦い続けても、貴様らは『大森林』全部を敵に回し――――」


 切り札―――フェリクスと呼ばれたダークエルフのリーダーを出すことにより再び勢いを取り戻したのか、べらべらと喋り出す指揮官エルフ。

 あまりのウザさと小物臭に、俺の許容量を超えてきそうだ。撃ったら大人しくならんかな?


「戦わないヤツは黙って見ていろ。弱く見えるぞ。……それとも、お前が先にやるのか?」


 だが、そんな小うるさい指揮官エルフを、鋭い眼光と言葉、さらに刀の切っ先を向けたフルセットで黙らせるサダマサ。


 突っ立っているだけのヤツが、勝負に水を差すなということなのだろう。

 そして、サダマサの言葉に込められた気迫に言い返すこともできないのか、指揮官エルフは夜の中でもわかるほど顔を真っ赤にして怒りを露にして震えていた。

 コイツも自尊心だけは一人前らしい。


「強いな……。対峙しているだけで肌にビリビリきやがる。こんな化物がいるなんて知っていたら、仕事を請けるんじゃなかったぜ……」


 そんな小物など放置し、我流に剣を構えたフェリクスが、声に緊張感を漲らせて小さく呟く。


「逃げたければ止めはせんよ。俺たちがしたいのは、そこの小うるさい白いヤツだけだからな」


 サダマサもいい加減飽きてきたのか、やる気のない相手であればもう放っておきたいのだろう。

 影響力やなんかを考えれば、始末するべきなのは襲って来たエルフだけだ。ダークエルフにはそれだけの力がないと、エルフたちの態度でわかる。

 そんな思いからか、サダマサはここにきて初めて冗談交じりに言葉を投げかける。


「そういうワケにもいかん。あの娘には気の毒だが、我々も一族を国に取り立ててもらわねばならんのだ。このような暮らしも、もう一族の子どもたちには、な……」


「そうか、無粋なことを言ってしまったな。……じゃあ、やろうか」


 フェリクスの言葉に悲壮な覚悟が存在していることに気付いたサダマサは、そう短く言って八双に構える。

 それを受けて、フェリクスもゆっくりと剣を掲げた。


 両者とも、完全にやる気だ。


 一瞬、俺は止めに入りたくなった。


 だが、寸前で思い留まる。

 ここでフェリクスたちを助けようとするのは、どう考えてもリスキーだ。

 仮にあの男が納得しても、彼の一族が納得するかはまた別の問題だからだ。


 それに、俺たちはあまりにも

 もう生き残りの中には仲間を殺したヒト族への憎しみが生まれているだろうし、それが彼らを味方に付けようとした時に足元をすくう気がする。

 ひとたび違えた道は容易には交わらないのだ。


 第一、護衛対象に王族がいる手前、他国人の俺が勝手なことをするわけにもいかない。

 帝国との戦争を回避するために動いている以上、ここでさらに余計なリスクを抱え込むことはできなかった。


「おおおおおおお!!」


 俺の内心での逡巡を余所に、戦いは始まった。

 裂帛の気合で力強く踏み込み、フェリクスは上段から大剣の一撃をサダマサ目掛けて繰り出す。


 速い――――。


 今までのダークエルフたちの使っていた剣とは大違いだ。

 あれだけの質量を振り回せること自体も驚きだが、それでいて速度も申し分ない。この『大森林』の中でも相当な腕前なのではなかろうか。

 それがダークエルフというだけで評価されないとは―――――。


「いい一撃だ」


 だが、その一撃をサダマサは刀で受け止めた。

 大質量による高速の攻撃は、下手な武器など簡単に破壊してしまう。それを、サダマサは刀に流した魔力によって受け止めたのだ。


「参ったな……。コイツを止められたらもう後がない」


 そうおどけて言う、フェリクスの額から流れ落ちる汗。両腕に込めた力で押し切ろうとしているのだ。

 しかし、その剣はまるで凍り付いたように動かない。


「……!」


 不意にサダマサが軽く膝を抜き、そのまま背後へと倒れ込むと見せかけ、半身をずらしてフェリクスをよろめかせようとする。

 一瞬たたらを踏んだものの、フェリクスも幾度となく戦場で修羅場を潜り抜けてきたのだろう。すぐに絶妙の重心移動で体勢を立て直し、渾身の力で左への薙ぎを繰り出す。

 ここで当てれば逆転ホームランである。


 宙を舞うサダマサ。しかし、それは斬られてのことではない。


「ばっ――――」


 バカなという驚愕の言葉は、フェリクスの口から放たれることはなかった。


 振り抜かれる大剣の峰。そこに左手をついて、空中で回転するサダマサ。

 その途中に繰り出された神速の斬撃が、フェリクスの大剣の柄をちょうど鍔のすぐ手前のところで切断してのけたのだ。


 加わった遠心力のままに切断された大剣の刀身は飛んで行き、込められたエネルギーのままに宿の壁に突き刺さり、解放された破壊エネルギーにより大穴をこしらえた。

 あー、また修理費がかさむなコレ……。


 そして、武器を失ったフェリクスへ、着地したサダマサから放たれた流れるような袈裟懸けの一撃が襲い掛かる。


「がっ!」


 小さな悲鳴を上げて、フェリクスは地面に沈む。


「そ、そんな! 隊長がやられた!?」


 実際は、当初の予定通りダークエルフからも一人捕縛しようとして峰打ちにしただけだ。


 まぁ、遠目から見れば、斬られれたように見えたのだろう。

 生き残っていたダークエルフの数人は、完全に戦意を喪失して我先にと逃げ出していった。


「さすがに撃たないか」


「あれに手を出したら信義に悖る。それに後味も悪いからな」


 俺の顔を見ていたのか、サダマサはからかうように言ってくる。


「しかし、一人逃げるぞ。いいのか、追わんで」


 サダマサの言葉通り、ダークエルフの傭兵たちとは別に、既にエルフの仲間を失っていた指揮官エルフは既に後ずさりを開始しており、あとは踵を返して森の中へ向けて駆け出すだけとなっていた。

 なんつー逃げ足の速いヤローだ。


 すかさず足でも撃ち抜いてやろうかとUMP45を構える。


「どこへ行くのじゃ? おぬしはまだ戦っておらぬじゃろう?」


「ギャアアアアアアア!? 頭が!! 割れるぅぅぅ!!」


 だが、彼の目論見は予想外の人物にによって阻止されることとなる。


 振り向いた先にあったのは、虚空から降り立ったティアの姿。

 すぐさま指揮官エルフにアイアンクローをかまして、ティアは相手が悲鳴を上げるのもお構いなしに宙に持ち上げる。


 どうやら口では下がっていると言っていたものの、ずっと戦いの様子は見てくれていたらしい。ツンデレかこのドラゴンは。


 それにしてもなんという万能感。もう全部ティアひとりでいいんじゃないかな。


 そうしてアイアンクローをかましたまま、ティアは俺とサダマサの所まで歩いてくると、それから悲鳴を上げ続けていた指揮官エルフを地面に放り投げる。


「き、貴様! ヒト族の分際で『大森林』でエルフにこんなことをして、タダで済むと思ってりゅのか!」


 強烈なアイアンクローを喰らっていたせいか、指揮官エルフの呂律がまともに回っていない。むしろ余計に腹が立つ喋り方になっていた。


「のう、クリス。こやつくびり殺しても良いかの? さっきからうるさくてかなわん」


「だーめ。情報を吐いてもらわなきゃいけないから」


 そう言って、俺は何やらギャアギャアと喚く指揮官エルフを無視して、先ほど褐色エロフ相手に使わずに済んだ導火線と信管を再び取り出していく。


「……さて、お前には自らが不利になる証言を黙秘する権利も、弁護人を呼ぶ権利もない。……あまり過激なになる前に、さっさと吐いてほしいもんだね?」


 なるべくにっこりとしているように見えるようにした俺の笑みを受けて、生き残った指揮官エルフは、さながら死人のような顔色になるのだった。

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