第127話 笑うという行為は本来攻撃的なものであるとかなんとか~前編~


「どうした? 殺しに来たのだろう? 死にたいヤツからかかって来い」


 構えを解いて、サダマサは近くのダークエルフたちに向かって挑発するように告げる。

 だが、それで気色ばんで飛びかかってくるような命知らずはさすがにいなかった。


「来ないなら、こちらからいくぞ」


 そう告げて、サダマサは再び斬り込むため加速を開始。

 手近にいたダークエルフ、エルフの区別もなく、向かってこようが逃げ出そうとしようがそんなものは関係ないとばかりに片っ端から斬り殺していく。


「うーん、この状態だけ見たら、ただの辻斬りとか言われても弁明できねぇな……」


 ……さて、いつまでも見とれていないで俺も動くか。


 先ほどから、遠距離攻撃を持つ連中に動きがないか注意を払ってはいたが、連中サダマサのあまりの強さに圧倒され、俺なりサダマサに対して遠距離から攻撃を仕掛けようとする動きは誰からもなかったのだ。

 まぁ、ガキひとりくらい、どうにでもできるとか思われているからかもしれないが。


「でも、邪魔するのは感心できないなぁ……」


 斬り合い――――というよりも一方的な戦いにシフトしてきたことに気付いたエルフたちは、ようやく目の前にいるヒト族がとんでもない腕利きであると理解したらしい。

 俺の視界の隅で、との乱戦状態に陥っているにもかかわらず、サダマサへ目がけて一斉に毒矢を射ようとしているエルフたちを確認。


 やれやれ、思い切ったことをするものだ。

 あるいは、指揮官エルフから漏れた本音同様に


 だが、さすがに一人に集中し過ぎだ。


 そんな小賢しいことをしようとするエルフたちに向かって、俺は静かに距離を取りながら抑音器サプレッサー装備のUMP45の引き金を引く。


「がばっ!?」


 燃焼ガスの吸収によりくぐもったようにも聞こえる小さな音を連続させて、無数の.45ACP弾がエルフたちに殺到。無慈悲な弾丸が、彼らの身体に穴を穿っていく。

 それと同時に、発射寸前まで引き絞られていた弓の弦が、不意に受けた横殴りの強烈な衝撃によって意図せぬタイミングで解放される。


「ぎゃっ!!」


 放たれた矢は、本来のターゲットであるサダマサではなく、彼を取り囲もうと動いていたダークエルフたちに向かって飛び、彼らの身体に突き刺さって悲鳴を上げさせた。

 ダークエルフの集団がこれだけ密集している中、そこへ浸透しているサダマサを狙い撃とうとすること自体がそもそも無謀ではあるのだが……。まぁナイス誤射フレンドリィファイアと言っておこう。


「と、飛び道具を持っているヤツがいるぞ! そっちを先に片付けろ!」


「狙っていたのか、小癪なガキめ!」


 いやいや、そっちと同じようなことをしているだけだろうに。まさか敵がやるのだけ卑怯とは言うまいね。


 内心でそう呟き、俺は声を上げたヤツ目がけてマガジンに残る弾丸を叩きこみ、何人かを地面に這わせていく。

 そのついでに見れば、先ほど毒矢の誤射をされ地面に倒れたダークエルフが、口から泡を吹き痙攣を繰り返していた。


 矢に塗られていた毒が回ってきたのだろう。完全に呼吸困難の症状を起こしている。

 この世界にもあるのかは知らないが、アルカロイド系毒物でも塗っているだろうか?

 しかし、いずれにせよ、こうなってしまえばもう長くはあるまい。


「散開しろ! 残っている魔法部隊と弓部隊はあのガキを討ち取れ! それ以外はあの剣士を何とかしろっ!」


 指揮官エルフも完全な無能ではないのか、この場における適切と思われる指示を飛ばす。彼我の戦力差を分析できていないことを除けば。


 さて、魔法が万能のように思われがちなファンタジー世界だが、実際の所遠距離攻撃であれば弓矢が一番厄介だ。詠唱もなく発射時の音もせず、なにより隙が小さい。

 だから、俺の中では最優先の殲滅対象は弓部隊となる。


 戦いは自分にとってから片付けなければならない。

 気付く勘のイイヤツ、勇気のあるヤツ、そんな人間から真っ先に殺していく。

 それこそが、戦場で生き残るための最善の方法なのだ。


「サダマサァ! グレネードいくぞ!」


 そう短く叫んでから、俺は野球の投球よろしく取り出したM67破片手榴弾をピンを抜いて投擲――――というよりも真正面に向けてぶん投げる。


 その瞬間には、既に盾ごとダークエルフの頭をカチ割ったサダマサは、自分のいた場所から後退して十分な距離を稼ぎ始めている。


「ふびゅっ!」


 魔法による身体強化でメジャーリーガーもびっくりの速度で飛んでいった手榴弾は、こちらに向けて弓を射ようとしていたエルフたちの中でもとびきりに不幸なヤツの顔面にめり込むように直撃クリティカルヒットする。


 こりゃストライクっていうより完全にデッドボールだな。一塁に出ていいぞ。


 高速で飛んできた鉄塊を喰らったエルフは、鼻骨と前歯を粉砕され、くぐもった悲鳴と共に白目を剥いて転倒。手榴弾も一緒に地面へ落ちる。


「おぅ、悪い。男前が台無しになっちまったな」


「構うな! 射続けろっ!! ヤツが帝国貴族だ! 殺せ!!」


 そんな仲間に降って湧いた惨劇を無視して、残りの弓部隊は射撃しやすい距離に移ったサダマサと、邪魔な遠距離攻撃を仕掛けてくる俺を狙って執拗に矢を放ってくる。


 接近戦で鬼のような強さを誇る化物が、自分から距離を取ってくれたのだ。このチャンスを逃す手はないとばかりの反応は必死そのものである。

 大方、弓が一発でも命中したところで、残存戦力を使って一気に押し潰すつもりなのだろう。


 しかし、なかなかにいい狙いをしていやがる。

 いかに月明かりがあるとはいえ、夜の闇の中にもかかわらず、回避運動を取る俺の近くを矢が通過していくのだから。

 その際、空気を切る音が耳に飛び込んできて軽く肝が冷える。


「っと、あぶねぇ……!」


 さすがに「弓術はエルフのお家芸」と言われるだけのことはある。

 サダマサ同様に、距離を稼ぐべく動いていなければ危なかったかもしれない。

 出し惜しみはせずに魔法障壁でも張っておくべきだったな。


 だが――――。


 頃合いを見計らい、俺は地面へと飛び込むように伏せる。

 その瞬間、次々に持っている矢をつがえ、撃ち尽くさんとばかりに俺たちを狙うエルフたちの足元で轟音が生まれた。


「「ギャアッ!!」」


 彼らからすれば、それはあまりにも突然の出来事であったに違いない。

 致命傷の範囲五メートル、負傷範囲十五メートルの効果を持つM67破片手榴弾が至近距離で炸裂したのだ。


「目がぁぁぁぁぁっ!!」


「腕ぇぇぇ!! 腕と脚がないいいいっ!?」


 至近距離での爆発を受けた数名は、身体の一部を吹き飛ばされたのと爆発のショックで絶命。

 近くにいた人間も、当たり所の悪いヤツは、腕が千切れ飛んだり視力を失ったり、腹が避けて内臓がハミ出ているヤツまでいる。


 このように四肢欠損や内臓が飛び出ているとなれば、もはや即死するよりも運が悪い。

 応急処置をしなければ、激痛の中で苦しんだ挙句の失血死だ。


 しかし、これで大半が負傷者となり、戦闘を継続できるものは殆どいなくなった。


「クソ、俺が出る! お前らは手を出すな!」


 そう言って、奥から大型の剣を抜いて進み出て来たのは指揮官エルフ――――ではなく、ダークエルフのリーダーと思われる男だった。


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