第78話 覚悟完了


 そうして不意打ちを喰らいながらも、俺たちは『勇者』たちにそれなりの屈辱を与えて森の中まで逃げ込むことに成功した。

 そこで無理がたたって力尽きかけたが。


「まずは傷を塞がないと……。ベアトリクス、悪いけど見張りを頼む。何かあれば起こしてくれ」


「わかった」


 今のままではまともに動けない。

 もう銃を使っても構わないとしてベアトリクスに警戒を頼み、俺は少しだけ休息をとる。思いのほか神経をすり減らしていたのか、いつの間にか眠りに落ちていた。


「ん……」


 1時間ほど眠った頃だろうか。こちらの様子を見に来ていたベアトリクスの気配で目が覚めた。

 こういう時は軍隊時代に受けた地獄のような訓練にも感謝せざるを得ない。


「あ……。目が覚めた……?」


「あぁ。少し……眠っていたみたいだ……」


「ダメよ無理しないで。もっと休んでいないと……」


「それこそダメだ。どこか落ち着いて休める場所を探さないと。体力を回復させるにもここじゃ追い付かれる可能性が高い。この傷、あまりにも治りが遅すぎる……」


 1時間かそこらで劇的な変化はないだろうが、念のため傷を確認してみると、やはりまだ回復魔法の効果は発生していなかった。

 傷口に小さな動きが見られることから、魔法自体は発動しているが、なにかがそれを阻害しているらしい。


「なんで――」


「おおよその予想はついてるよ。あのクソガキのせいだ」


 この感じ、ほぼ間違いなく『勇者』の『神剣』で受けた傷によって、使


「じゃあ『勇者』っていうのは本当なの?」


「それ以外に説明がつきにくい」


 詳しい原理はわからないが、『神剣』を構成している物質は、この世界の生物にとってある種の『毒』なのだろう。

 それはおそらく、俺の放った攻撃魔法が打ち消されたことからも読み取れるが、魔力で身体を強化していたりすればするほど効果覿面なのではないか。

 幸いにして俺は転生先がヒト族であるため、魔力を使っているのは生命維持活動の補助程度だ。刃物で受けた傷のダメージしか負っていない。


「街道は進めないから最低限追ってを撒くしかない」


 魔法での治癒を阻害されているらしいため、本来軽傷で済ませられる傷が受けた通りのダメージになってしまっている。

 多少斬られても治せば済むと思っていただけにこの負傷は痛い。


「そうね……。いくら国境近くとはいっても人の目につきそうな以上、わたしの実家には駆け込めないし……」


 ベアトリクスの言う通り、エンツェンスベルガー公爵家に逃げ込んでは関与していると自ら暴露しているようなものだ。目撃者も基本的には教会への協力を優先するだろう。


「べつにちゃんとした場所じゃなくてもいい……。人気のない休めそうなところなら」


「近くにあるのは、たしか森を抜けた所にある鉱山くらいよ? 街道に近いから、結構前に掘りつくされて放棄されていたはず…………」


 廃鉱か……。一晩くらい身を隠すには悪くない場所かもしれない。


 追手の動向を探るにも、一晩は大人しくして様子を見るべきだ。

 手負いのままではたとえ銃を使っても、ベアトリクスを連れて夜の森を突破するだけの自信はない。


「……ん?」


 ――――“狩人に追われたなら、山へ逃げなさい”。


 はたと思い出す。


「どうしたの?」


「いや、この状況が教会本部で会った少女に神託とやらで予言された通りだったなと」


「ちょっと待って。どういうこと?」


「俺にもまったくわからない」


 あのクソ野郎が本命の『勇者』なら、行動指針は推測だが創造神の思惑の下にあるはずだ。

 ヤツが俺を排除しようとしてきたのも、普通に考えると創造神が俺を切り捨てた可能性に繋がる。


 そんな抹殺対象とも言える相手に、神託という形でヒントのような情報を寄越すだろうか?

 創造神アイツの性格を考えれば、そういうゲームのような真似をしても不思議ではないが、遊ぶにはあまりにもリスキー過ぎる。

 万が一、俺を仕留めきれず逃がした場合、特殊能力を考えればヤケになったこちらが、保有魔力量ギリギリで召喚できる大量破壊兵器を使用しかねないことくらいは、さすがのヤツも理解しているはずだ。


 いや、待てよ? よくよく考えると、そもそもの段階で思い違いをしていたのでは?


 あくまで仮説だが、神託の巫女と呼ばれた少女フラヴィアーナは、聖堂教会にとっては神託の巫女として認定されていても、厳密には創造神の巫女ではないのでは?

 そうでなければ、いくら個人宛とはいえ、創造神からの神託を非公式の場で俺だけに伝えるとは考えにくい。

 それ以前に、教会の秘蔵っ子とも言える巫女をあんな風に外部の人間と接触できる場所で自由に出歩かせたりはしないだろう。


「どうしたのクリス?」


「いや、色々気になることがあってね。ただ負傷している俺でもその鉱山跡なら行けそうだな。あまり的中して欲しくはないが、追手を歓迎してやらなきゃいけなくなりそうだ」


 このまま考えてもラチがあかない。賭けてみるか。


 今回の場合に当てはまるかわからないが、サダマサを送り込んできたのはこの世界の裏側で暗躍している勢力とは別の存在であるようだし。


「追手って……」


「あれだけ挑発したんだ。少なからず差し向けられるよ。俺ならそうする」


 時間を稼ぐためにも、今の俺たちは廃坑方面へ逃げ込むしかない。


「もしも連中が追いかけて来るなら、その時は俺の持てる力の全力で迎え撃つ。でなければ――生き残れない」


 アレだけ上等カマしてくれたんだ、はしているはずだ。

 たとえヤツが、人類の切り札である『勇者』であったとしても、俺の敵に回るなら――――ベアトリクスを守るために然るべき対処をしなくてはならない。


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