第199話 夜明け前から剣呑な~後編~
「待てショウジ。イリアにしてはちょっと若すぎだろ」
俺の言葉を受けてようやくその事実に気が付いたのか、ショウジが動きを止める。
やはり、あれ以来少々冷静さを欠いているようだ。
「……イリアを知っているのか、ヒト族の御方」
イリアという言葉に警戒感が下がった様子の獣人ふたりを見て、俺は右手のHK45Tをホルスターに収めた。
さすがに今の時点でコイツは必要にならないだろう。
「あぁ、できれば彼女について詳しく聞かせて欲しいくらいにはね。だが、それより先にそちらに用のある人間がいる」
動揺しているショウジの代わりとして、ゆっくりと前へ進み出る。
今の時点で、目の前の獣人の親子とイリアの関係について大体の想像はついている。しかし、今先に片付けなければならないすことが他にあった。
背後を振り返りながら、身体を横にずらして主役のために道を開ける。
「……久しぶりになるな、族長」
「おお、これはアレクセイ王子……。
アレスの姿を見るや否や、慌てて腰を浮かそうとする族長と呼ばれた男。アレスはそれを手でやんわりと制止する。
これだけで互いの立ち位置がおぼろげながらも見えてきた。
少なくとも、両者の間には面識と利害関係が存在する。それも、古くからのものが。
「よもや、御自ら降伏を勧めに来られたのですかな?」
「買いかぶり過ぎだ。あいにくと私はそんな立場にないよ。……だが、そんなことを言ってもいられない状況であるのもまた事実だ。私が王の名代としてここへ赴いたことも含めてな」
ゆっくりと前に進み出たアレスは、王族の口調でもって喋り始める。
さて、現時点で俺にすべきことはない。
とりあえずは様子を窺うに留めるべく、俺はアレスの後ろに控えておくことにした。
ショウジも何か言いたげな表情を見せるものの素直にこちらの動きに倣う。
「ということは、今回の戦に対するノルターヘルン王国の総意は我らの領域への侵攻ではないと仰るので?」
「……残念ながら、一概にはそうとも言い切れない。もちろん、私も父王もこのままいたずらに戦線を拡大したいとは思っていない。しかし、そちらも同様であるとは思うが、現時点ではどちらも強行派勢力の台頭で引っ込みがつかない状態だ……。反対に尋ねるが、いざ事ここに及んだ中、特段の手段を用いず両者痛み分けで終われる要素はあると思うか?」
藁にもすがりたい思いとはこのことだろうか。アレスの声には隠しきれない焦燥感が滲み出ていた。
「……正直に申し上げれば、まこと厳しいお話ですな。南進を企てた勢力が、獣人たちのほとんどを飲み込んでしまっている状態です。この周辺の穏健派種族はそれなりに残ってはいますが、そもそも戦いに向いている種族は少なく、これでは命を賭けるにはあまりに分が悪い。それこそ、彼の者が
言葉を選ぶような口調。
いくら異なる派閥の人間のこととはいえ、はっきりとは口に出しにくいのだろう。それは同胞の死を望む言葉でもあるのだから。
しかし、と俺は同時に違和感を覚えていた。なぜこの状況でわざわざ言葉を選ぶ必要があるのかと。
「いずれにせよそんな神頼みのような状況か……。しかし、私が言うのもなんだが、兄上の軍勢では獣人たちの軍勢を打ち破れるとは思えない。だが、国境を越えるようなことになれば、各方面に展開する我が国の精鋭軍が黙ってはいないだろうし、私としても国土の防衛を最優先としなければならない。そうなればこの地とて無関係ではいられまい」
状況の八方塞がり感に、アレスの声に自然と苦渋の響きが混じる。
「そうでしょうな。私もそれには散々言及しましたが、一度動き出した流れというものはどうにも止められませなんだ」
そう言って族長は嘆息する。
この男も、今回の一件について心中ではバカバカしいとでも思っているのだろう。
その様子を見て、俺は獣人たちが種族によって好戦的であるかどうかの温度差が激しいことを思い出す。
彼らの一部が前世騎馬民族のように遊牧民的な生活をしているにしても、余所からの略奪をこなすスキルは相当にレアなオプション装備とされているらしい。
事実、俺の見たところ彼らが生活に困窮している様子はない。つまり、敢えてのリスクを冒す必要がないのだ。
ただ、それを表だって言うと角が立つから言わないのであって。
「要は向こう見ずな連中のせいで、他のみんなが困っているというわけか」
族長の言葉へとかぶせるようにして俺が漏らした呟き。
しかし、それが聞こえているであろうアレスは答えない。
いや、答えられない。
帝国が微妙な立ち場にあるように、ノルターヘルンの立場も決して盤石ではないのだ。
従来は獣人勢力とは小競り合いだけの関係であったからこそ、ノルターヘルンは精鋭をより脅威度が高いと認識する東部や南部方面に配置することができていた。
だが、今回獣人過激派が主体となって乾坤一擲としか思えない南進を始めたことで、その状況が一変してしまったのだ。
いくら獣人軍が最精鋭を送り込みノルターヘルンの北伐軍に勝利しようと、高確率でその後やってくる精鋭軍を前に敗れ去るか苦戦を強いられる。
だが、それは“ノルターヘルンが問題なく援軍を動かせられれば”の話だ。
現実には各方面軍を動かすことでその地域の守りは薄くなり、そこを狙って仮想敵国が動き出さないとも限らない。
というよりも、その可能性はかなり高い。
「けして他人事ではないと思うのだが、クリス」
やっとのことで咎めるような響きの声を向けてくるアレス。
問題の当事者にとって気に障る発言だったのだろう。
しかし、それだけだ。
「そうだな。だが、敢えて俺が首を突っ込まなくてもいい理由も得ることができたぞ」
俺は口唇をわずかに歪ませて答える。アレスにそれが見えるように。
そう、昨日アレスが俺の関心を引くために言及していた国――――帝国への南進を企むカザファタス皇国。ヤツらが隣国の混乱を座視して帝国へ南進するとは到底思えないからだ。
つまり、アレスは「(状況によっては先に自国へと侵攻を始めかねない)一部の勢力が帝国を狙っている」と、間違ってこそいないが正確ではない情報を俺に流すことによって、自分の描いた計画に協力させようとしていたことになる。
小賢しいといえば小賢しいが、逆に少し考えればわかる話でもある。
一見アレスはこちらに恩を売りつけたいように見せていたが、実際のところは一歩間違えれば我が身に降りかかる厄ネタを持っていた。
それがゆえに状況への焦りから俺を同席させてしまった。
ちなみに、このことを昨日の場で指摘しなかったのは、本人が俺を騙したつもりのまま交渉の場に来させるためだ。
「……まさかとは思うが、途中で抜ける気かい?」
俺の言葉の意味するところを理解したのか、アレスの声に若干ながら剣呑なものが混ざり始める。
おいおい、焦る気持ちはわかるがちょっと熱くなり過ぎじゃなかろうか。
「人聞きが悪いコトを言うもんじゃない。ここまで同道しただけでも褒めてもらえこそすれ、責められる謂われはないぜ。それに――――人の話は最後まで聞くべきだ」
そう答えながら、俺は腰のHK45Tを引き抜く。
「なっ――――」
突如として動きを見せた俺を見て驚愕の表情を浮かべるアレスを無視して、俺はセーフティを親指で解除し引き金を引き絞る。
サプレッサーに燃焼ガスを減らされたため、くぐもったような発砲音が室内に小さく響く。
.45ACP弾が突き刺さったのはアレスではなく、天井部分――――そのわずかな隙間から顔を覗かせていた男にであった。
それと同時にくぐもった悲鳴が聞こえ、落ちてきた短刀が床に突き立った。
「大事な話の途中でな。覗きは遠慮してもらうぜ」
俺の言葉に天井裏で殺気が膨れ上がった。
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