第142話 デストロ・ノーカ~前編~


「アレが連中の拠点――――まぁ、物々しい警備体制を見れば一目瞭然だけど」


 山の中、小高い丘に潜むようにしてレーザー測距器レンジファインダー付きの双眼鏡を覗き込めば、3㎞ほど先の山肌に例の魔導兵器ゴーレムでも三体くらいは通れそうな洞窟がぽっかりと口を開けていた。


 王宮でショウジがグダった演説を展開している間に王族たちから聞いていたことだが、過激派の本拠地として心当たりがある場所、それはランディア山の麓にある洞窟――――ハイエルフ墳墓だという。


 ここから先は、王宮からの脱出用通路を抜ける間にヴィルヘルミーナから聞いたことなのだが、歴代のハイエルフの王族は、千年にも及ぶ長い寿命を終える時、その洞窟に入って地球の仏教でいう即身仏のごとくその生涯を終える。

 それは、森に生きる彼らが自然の流れに還るのと同時に、その人生が終わる時に古代ハイエルフが遺した遺物に触れるためだ。

 まぁ、実際には数代前から形骸化しつつあるようで、基本的には葬儀が行われた後に洞窟の石棺に安置されるのだとか。

 そして、そこにある遺物のひとつが魔導兵器ではないかということだ。


 ちなみに、何故推測系なのかというと、ヴィルヘルミーナも墳墓に立ち入ったことは幼少の頃以外にはなく、覚えているのは安置されていた石棺の周りにゴーレムらしき像があったことくらいらしい。

 肝心なことを覚えていないとか、いい具合にポンコツっぷりを披露してくれる。


 ともあれ、洞窟の入口には、古代ハイエルフの失われた魔法技術が使われているようで、ハイエルフの血族のみが中に入れるということがその信憑性をより高めていた。


「機動力が求められる反乱の中で、外縁部へ続く街道でもないのにまるで動く気配のない部隊がいる場所か。もう決まりのようなものだな」


 同じく隣で双眼鏡を覗き込んでいたサダマサが、俺の言葉に反応を示す。


 サダマサの言う通り、洞窟の入口を守るようにエルフの兵士たちが重武装かつ密集した陣形で展開していた。

 重要な拠点であるはずなのだが、ゴーレムの姿はない。温存しているのだろうか。


 そうこうと観察しているうちに、洞窟の入口が岩によってゆっくりと閉ざされていく。

 これが本来の状態なのだろう。何かありそうであっても、一見しただけではわからないようになっている。

 まぁ、そもそもハイエルフがいないと開かないわけだから当然ではある。


「なるほどねぇ。仮に察しの良い部隊が果敢に本拠地を攻めようとしても、その中に王族がいなければ開くこともできない。もっと言えば、返り討ちに遭うなりして王都を奪還されても、しばらくは時間稼ぎが可能ってわけか。だが……」


 危険な場所へ、鍵となる王族を連れて行くには万全の準備を必要とする。

 クーデターを起こして迅速に王宮を制圧する傍ら、もし襲撃が失敗して反撃を受けたとしても、ゴーレムの投入により王都に残る戦力を潰しながら制圧が可能という筋書きだろうか。


 しかし――――肝心のゴーレムはどこだ?


「王都に展開した部隊の中に、ゴーレムと思われる存在は確認されなかったぞ」


 サダマサの隣に、付き従うように身を潜めていた褐色エロフが、俺が続けようとした部分を察したか口を開く。


 実は、褐色エロフとフェリクスには、万が一に備えて王宮へと入る前にひっそりと別れ、通信機を渡して王都の外へと潜んでいてもらっていた。

 そして、事態が悪い方向へと進んだため、褐色エロフには王都周辺の情報収集を頼みつつ、俺たちが王宮を抜けて山へ向かうことを連絡して合流したのだ。


 昨晩、俺の命を狙ったにもかかわらず、エルフたちに処分されそうになったところを救ってもらったからか、サダマサに強い恩義を覚えているらしい。

 好きなように実家に帰ってくれてもいいと言ったのに、こうして俺たちと行動を共にしているのだ。

 うーむ、サダマサ先生も隅に置けませんなぁ。


 ちなみに、フェリクスには事態を一族へと伝えに行ってもらっている。

 もちろん、そこから先は傭兵らしく自分たちで考えてくれと言い含めつつ。


 どちらにしろ、状況がはっきりしない今の時点では彼らに明確な決断を迫ることなどできはしない。


「じゃあ、全部中にいるってのか? 信じられない運用のやりかただぞ?」


 いずれにしても、最初からゴーレムを投入していないのはどうにも解せない。

 あの目立つ巨体と決して素早くはないゴーレムとはいえ、相手に与える威圧感とその現存の兵器とは隔絶した性能は、戦いの流れを大きく変えるだけのものを持っている。

 それが道中で遭遇した1体のみしか展開させていないとは、まるで反撃がくるのを待ち望んでいるかのようではないか。


「クリスさん、俺にもロケットランチャーとか……」


 どうも腑に落ちない感覚の中、展開している敵の部隊までの距離を測っている俺の背に、ショウジから若干遠慮気味に声がかけられる。

 双眼鏡から目を離して後ろを向くと、ショウジが所在なさそうな顔をしていた。


「『勇者』が現代兵器に頼るなよ。『神剣』があるだろ。それでなんとかしろ」


 却下である。

 決して自分が持っていないものへの僻みではない。


「そんな無茶な……。あんな金属の塊、斬れませんよ。いくら魔力で動いていても、『神剣』がゴーレムの魔力を喰らい尽くすには時間がかかります。もし殴られたりでもしたら……」


 まぁ、雨上がりのたんぼ近くの道路で見られるカエルよろしくぺしゃんこになるだろうな。


「青銅くらい気合いで斬れ。斬れるようになったらお前も一人前だ」


 横から会話に入ってくるサダマサ。

 いやぁ、ちょっと一人前として認められる合格ラインが高すぎませんかね?


「……まぁ、そうまで言うなら使い捨てのランチャーくらい渡してもいいが、あまりオススメはしないぞ? 説明書読んだくらいで使ったら真逆に発射しかねない」


 そんなシーンが映画であった。たしか、アレはM202ロケットランチャーだったか。


「バックブラストでも普通に人を殺せるからな。訓練なしで渡すくらいなら、今回は見送りだ。悪いが他に出来ることを探してくれ」


 まったく活躍できていないことへの思いもあるのだろうが、ここで無茶をさせることは俺たち全員が危険に曝される。

 諦めろとショウジを窘めると、さすがに無理を通すわけにはいかないと思ったのか不承不承という感じに頷く。

 こりゃ適当に発散させてやらないと無茶をしかねんな。


「でも、あの人数をどうするつもりですか。百人じゃききませんよ?」


「バカ言うな。あんなの真正面から戦ってどうするんだ。先手カマしてとっとと蹴散らせばいいんだよ」


 そう言いながら『お取り寄せ』した120㎜ 重迫撃砲RTをほぼ等間隔に3台セットし、ハンドルを回して砲の仰角と横角を調整して照準をざっくりと合わせていく。


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