第102話 気をつけろ 俺らが Watching you~前編~
「真っ当に考えれば犯罪行為と変わらないようなもんだが……生憎とこの世界じゃ暗殺なんてよくある話だ」
帝都郊外に広がる草原が終わる場所――――一部の冒険者を除いて近寄る者のいない森の切れ目スレスレに潜み、俺たちはターゲットの様子を遠目から観察する。
俺たちが身を包むのはギリースーツ。
これは迷彩服の一種であり、フィールドにおいてカモフラージュを図るのにこれほど適した装備はないと俺は思う。
そして、コレは俺の力作でもある。
既製品を『お取り寄せ』すれば一瞬で済むのだが、実際のところは身を潜めるその場所に適した
だから、わざわざ新しい戦闘服をベースとしてこの帝都近郊の森で葉や小枝、それに苔などを調達して見た目から匂いからも仕上げてある。
鼻の利く存在に探知されぬよう香料の類も昨日から断っていた。
さて、ギリースーツ最大の特徴ともいうべき部分だが、先ほども言ったように全身が草木やらに覆われた、さながら森の妖精のようになっている。
もしこの姿で誰かと会えば、新種の魔物と勘違いされて悲鳴を上げられそうである。
そういえば、このギリースーツの由来は、スコットランドに伝わる森の妖精『ギリードゥ』からきているらしい。ある意味では、俺たちはこの世界の森の妖精になったわけだ。
「なんかイヤな感じですね……」
気持ちが落ち着かないのか、俺の隣でレーザー
声は真横からするのだが、顔などの肌が露出している部分にもドーランを塗りたくっているので草木の塊が喋っているようにしか見えない。
……そういや、どっかの万博でこんなキャラが居たな。
「そりゃ好んでこんなことしたりしねぇよ。俺はいじめも人殺しも好きじゃないからな」
全然関係ない話だけど、殺し愛って究極の愛の形だと思う。
だが、間違ってもティアの前では言えない。盛大に勘違いしたアイツに俺が殺されかねないからだ。
「では――――」
「だが、これも必要な報復措置だ。連中のせいで俺とベアトリクスが殺されかけたんだからな。舐められたままじゃ次に何されるかわからんし、警告として一発カマさにゃならん」
ショウジの言葉を遮るようにそう続けて、俺はスコープを覗き込む。
長距離狙撃用のスコープが装着されているのは、
狙撃における精密さと可能性を極限まで追求したライフルとも言えよう。
そして現在、全長1,397㎜ 重量14㎏という
牙を剥く瞬間を今か今かと静かに待ち構えていた。
「おうおう、家臣かなんか知らねぇが総出で警戒しまくりじゃねぇか。狙われている自覚があるってのに、よく外出なんてする気になるね。俺なら家で映画三昧だぜ」
スコープの向こう側――――およそ2㎞先では、帝都にいる貴族派筆頭(自称)のバルヒェット侯爵がナンバー2のゲントナー伯爵と狩りをしている。
これだけの描写では、ごくごく趣味に興じているようにも見えるが、その周囲では比較的重武装の騎士や兵士たちが招かれざる客の侵入を許さないとばかりに警戒のため目を光らせていた。
蟻の入りこむ隙間もない厳重な警備である。
しかし、これだけの警備態勢をとるということは、自分たちが狙われる可能性があると理解しているのだろう。
いや、よく護衛モノの映画とかでもあるくだりだけど、狙われてるんなら外出なんかするなよアホか。
あの場にいる誰一人として気付いていない。
現在進行で覗かれており、また暗殺されようとしていることに。
「貴族の面子ってヤツなんでしょう? 怖気づいて引きこもっているなんて思われたくないみたいな」
ちなみに、狩りを楽しむ侯爵たちが手にしているのは、狩り用に装飾の施された長弓である。さすがに火縄銃は使われていなかった。
まぁ、未だ軍で使われてもいない得体のしれない物には手を出したくはないか。
「まぁ、そのおかげで、こうして意趣返しするチャンスを得られているワケだがな」
「それにしたってその銃のスペック聞いたら極悪過ぎます。集団魔法だって実現不可能な攻撃方法ですよ?」
命中すればな、と俺は内心でショウジの言葉に付け加える。
だが――――
恐るべきことに、PDA型の弾道計算コンピューターが、狙撃時に必要な諸々の計算を全部やってくれるのだ。
「俺が用意できるモノの中で、誰かが殺したと思わせられる手段がコレしかなかったんだよ」
「それで狙撃ですか? 他にもっと爆弾とかあると思うんですけど」
「爆弾でも砲撃でもいいが、そんなもん使って成功しても、連中には爆裂系の魔法と勘違いされるのがオチだ。魔力の残滓は残らないが、最終的にそう解釈されちゃ意味がない。それに『誰かに殺された』という疑念を与えた上で、その手段すら想像のつかない方法で殺らないとダメだ」
そう、これは単純な報復措置ではない。
貴族派に一撃カマすのを目的とした政治的パフォーマンスの一種なのだ。冒頭に「野蛮極まりない」という前置きは付くが。
だが、そうでもしなければならないほど、貴族派の存在は既に帝国にとって見過ごせないものとなっている。
実際のところ、この帝室派と貴族派の対立であるが、背景だけを見れば別にたいして難しくない問題なのだ。
単純に、連中は自分の懐に他人の腕を突っ込まれるのが嫌なだけである。
もっともそれは、自分の懐の範囲に『税として領民から搾り取った諸々』が入るかどうかにも言及されるので、そこについては意見が分かれそうではあるが。
おっと、話が逸れた。
ともかく、連中が死ぬほどイヤがっているのは、既得権益を奪われることだ。
また、現在帝室派が進めようとしている制度は中央からの徴税官の派遣である。
この制度によって、取り立てた税の内容を調査されでもしたら、出てくるのは埃なんて生易しいものではない。
だから、身に覚えのある連中が必死で抵抗しており、それが各所へ飛び火しているのだ。
まぁ、ぶっちゃけよくある話である。
だが、そのよくある話が俺の身内を殺そうとした。
「でも、こうして遠くからコソコソってのはなんかなぁ……」
俺の思考を現実に引き戻すように、どうにも煮え切らない態度のショウジが漏らす。ふむ、ちょっと一言言ってやるか。
「バカなことを言うな、ショウジ。正々堂々殴り込みに行くとかおめでたい騎士道を実践してどうするんだ。そういうのは
俺の言葉を予想したか、ちょうど周辺の警戒から帰還した森の妖精――――サダマサが言葉を挟む。
でも、あなた正々堂々正面から斬り込みに行っても全員さくっと殺せますよね?
「……まぁ、全員始末するのもやりようによってはできるけど、中には中世風サラリーマン根性でつき従っている気の毒な社会の歯車もいるんだ」
「あ、そこは許してあげるんですね」
これだけカモフラージュしてると顔色まではわからないが、さっきから妙に口数が多い印象を受けるショウジ。明らかに緊張を紛らわせようとしている。
「あのな、俺を鬼畜か何かと勘違いしていないか?」
「違うのか? 邪魔するヤツらは指先一つで葬るんだろ?」
チラリと目線を向けて喋ると、俺の意図するところに気付いたのかサダマサが乗っかってくる。
「違ぇよ! 世界が平和になればいいってちゃんと思ってるよ!」
どこの世紀末だよ! ていうか、場を和ませるギャグだってわかってんのに真剣な顔して驚くんじゃねぇ!
「あぁ、みんな死ねば平和になるとかだろ?」
「サイコパスかよ俺は……」
そろそろやめよう。キリがない。
それにしても、ショウジも異世界転移についてはだいぶ吹っ切れてきたのかもしれないが、まだまだ適応しするには時間を要するだろう。
ましてや、いきなり暗殺作戦にスポッターとして連れて来たのだ。神経質にならない方がどうかしている。
もっとも、こういう時はなにかしらのことをやらせるしかない。その方がまだストレスを直視せずに済むと思うのだ。
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