第22話 武士道は死に狂いというよりも単純にクレイジー
そうして、普通は気難しくて断られるパターンとなる『剣豪の指南』を、俺はあっさり受けることができるようになった。
表向きは侯爵家の相談役&特別剣術指南役として、実際には主にメシの保証をすることで。
「クリスの同郷出身者? だったら親友みたいなものだろう。遠慮はするな」
ヘルムントは実に思い切りが良かった。良過ぎるとも言うが。
なお、この
そのため、貴族が
元々、両親さえ長生きしていれば家を継ぐまでの間に冒険者をしたかったと言っていたこともあり、サダマサの剣の腕を目の当たりにしたことも相まって執務の合間に息抜きもかねて手ほどきを受けていた。
「騎士道精神というヤツですかな。我が国にも武士道という思想があって……」
「ほぅ、それは実に興味深い。是非とも剣術だけでなくそちらについても教えて頂きたい」
ベクトルは違っても波長は似ているのだろう。
武士道に興味を持ったことからわかるように、ヘルムントはいざ国が危機という時には戦場に立つ役目を果たそうとする、本来で言えば貴族としては当然の義務なのだが、今のイイ具合にダレてきた貴族社会では珍しくなってしまった騎士道精神を持っている。
その意識により、普段から執務に差支えがない程度には肉体を鍛えていたため、異郷の剣術とはいえその技術を吸収するスピードはめざましいものがあった。
同様にブリュンヒルトも、というよりは自身が相当な腕利きであるからこそサダマサの腕が直感的に理解できたらしく、経験を積むために別枠で手合せなどの指南を受けたりしていた。
やはり、強者との戦いは得難い経験となるらしいが、あまりにも腕の差があり過ぎて愕然としてしまったとのことだ。
聖堂騎士団最高位でも敵わないのではないかと漏らしていた。どんなレベルなんだよ、あの侍。
なお、あくまで中級者コースであったヘルムントたちとは違い、有無を言わさず相伝者コースを受けさせられることになった俺は、文字通りの地獄を見ることになった。
いや、厳密に言えば、中級者コースでも帝国で普及している剣術から見ればスーパーハードな特訓であり、ヘルムントに付いてそれを受けることになった武官系の家臣団もあまりのハードさに死にかけていたが、俺に言わせればそれでさえチュートリアルに見えたのである。
ちなみにその難易度エクストリームヘルの相伝者コースだが、まず基礎体力の訓練からと8歳そこそこのガキにレンジャー並みのモノを要求し、ゲロを吐いてもサダマサが良いと言うまで走らされた。
そして、足が止まると俺の横を走るサダマサから袋竹刀の一撃が飛んでくる。
当然、ランニングで酷使されヘロヘロの足では避けられるハズもなく、鋭い一撃が俺の身体に叩きこまれた。
いくら死なないように加工された袋竹刀とはいえ、容赦なく打ち据えられて痛くないわけがない。
あれ? ここって軍隊のブートキャンプよりヒデェ場所だっけ?
サダマサ曰く、「痛くなければ覚えない」らしい。
本気で思っているならクレイジーである。いや、間違いなくコイツはクレイジーだった。
軍隊の訓練生時代にも吐くまで走ったことは幾度となくあったが、吐いても走らされるような経験は久しぶりである。
しかし、現役時代よりも濃厚なその経験のおかげで、走りながらゲロを吐いても身体が汚れないスキルを身に付けることができた。訓練以外でまったく役に立たないクソスキルであるが。
「おい、クリス。あんまり吐き過ぎるな。胃酸で歯が溶けるぞ」
「ハァ……ハァ……は、吐か……せる、まで……走らせ……て、言う……な……」
息も絶え絶えになりながらランニングが終わると、今度は真剣での素振りを最低千本と、刀を持つ感覚を身体に叩きこまれる。
腕が棒になって動かなくなる頃に解放され、イゾルデの魔法の鍛錬がてら回復魔法をかけてもらう。
あくまで筋肉の疲労回復のみで筋肉痛にならないようにするトレーニング優先の非道な回復手段である。
ちなみに、刀身が2尺を超える刀は、重心の関係で子どもの筋力と身体に合わないからと成長するまでは小太刀を使うように言われている。
サダマサにとっては構えの型など知識として以外には特に関係ないらしく、刀を戦況に合わせて最適に振るい、相手を叩き斬ることのみ追求しろとのことである。
「安心しろ。斬ってしまえばだいたいのヤツは死ぬ。だから刃を相手に届けるだけだ」
無茶苦茶だ。ナニ言ってるかさっぱりわかりやしねぇ。
さて、最初の頃は侯爵家屋敷の周りを中心とした訓練だったが、ある程度俺に体力がついてヘバらなくなると活動範囲が山の方へと延びていった。
この頃から袋竹刀を使った実戦向けの訓練が始まり、サダマサの割と加減した一撃を喰らわないようにすることがメインとなっていく。
余裕があったら反撃していいとは言われていたが、一般人目線でとんでもない速度で放たれる一撃を回避した上で反撃を繰り出す余裕なんぞあるわけもない。
まずは1発喰らい脳震盪を起こしてぶっ倒れるまでにどれだけ回避できるか、その記録を更新していく作業のような感じになっていた。
それでも、人間慣れてくるもので、次第に回避できる回数が増えたばかりか、たまに反撃らしきものを繰り出せるようになっていくから不思議である。
そうした日々の自己鍛錬の中で、いつしか相当な保有量になりつつあった魔力を体内に循環させて肉体強化へ使う術も、サダマサの指導もあってすんなりと身に付き、順調に人間の規格から外れつつある。
この時点で、ブリュンヒルトが言うには帝国貴族の中でも本領軍で家柄も加味したら相当出世できそうなレベルらしいが、俺自身の目的としてはまだ安心できなかったし、そもそもサダマサがこの程度ではと言って許してくれなかった。
死ぬことはないとわかっているのもある意味では考え物で、ヘルムントもブリュンヒルトも諦めろという顔をして俺を稽古に送り出すのであった。
この世界に魔王がいるとしても、コイツの方がよっぽどおっかないと断言できる。
サダマサからシゴキを受けていく中で、大きく変わったことがひとつある。
それは、俺とイゾルデの学園入学の話がなくなったことだった。
「クリス、来年の帝都行きの話だが、
「はぁっ!?」
ヘルムントとサダマサに呼び出された、開口一番にそう告げられた俺は驚愕の叫びをあげた。
「まぁ、聞け」
一瞬何事かと驚きを隠せなかったが、よくよく聞けば、厳密には初等学園への入学がなくなっただけとのことですぐに落ち着きを取り戻す。
一応説明しておくと言われ詳しく聞いてみると、帝都にある初等学園では帝国貴族としての基礎的な教育を2年間受けるだけらしい。
それも、これといって特別な教育というわけではなく、早いうちから親元を離れての生活で心身を鍛えようという次期当主や秘蔵っ子向けの集団生活の場であり、学ぶ内容だけを見れば本来は家庭教師を
どうやら貴族として必須の教育は中等学園からになるらしい。
「行かないに越したことはない。俺が言うのもなんだが、あそこは貴族のボンボンがほとんどだ。ストレスだらけの学園生活をしたいなら別だが」
それでもいきなり言うなと抗議した時、ヘルムントは苦笑気味にそう答えた。
嫡男などできっちりとした教育を受けているわけでもなく、箔付けで初等学園に入学してくるような生徒の多くは、階級意識でガチガチになった分別の付かないクソガキばかりで、正直労力に見合った成果はないらしい。
「よくもそんな場所に
「当時は必要だと思ってたからな。今はクリスとサダマサがいるから、そんなものも不要になったわけだが」
仕方ないよなという顔を浮かべるヘルムント。
『
ヘルムントも相手が俺やサダマサだから言っているのはわかるが、それでも嫡男というだけで入学させられたレオが可哀想になってきた。
「まぁ、レオにはそういう意味でも強くなってもらわないと困るな。侯爵家継ぐんだから、貴族のクソガキに負けているようじゃな」
「なんか中等学園で会ったら八つ当たりされそうだなぁ」
「レオの方が先に卒業するから問題ないだろうが、どこかで会ってもケガさせたりしないでくれよ? 大事な後継ぎなんだ」
俺がぶん殴ることを前提にしているとか、ひどい父親もあったものである。
「顔を殴らなきゃバレやしないだろ。優しく接してあげるさ」
そう返す俺も大概脳筋思考であるが。
「……まぁほどほどにな。クリスにとっても学園は人脈作りの場みたいなものだと思うし、そのためにも無理矢理入学させるイゾルデの学問を今のうちに見てあげておくれよ」
すでに魔法だけで人生安泰になりそうな気もするが、イゾルデにも上級貴族の子弟としてちゃんとした貴族教育を受けさせなくてはならない。
しかも、面倒なことに彼女は聖堂教会異端派のクソどもから狙われている。
そういった諸々の事情を加味すると、ヘルムントとしてはイゾルデを俺の中等学園入学と同時に無理矢理学園にブチこんで、一緒に生活させた方が良いと思ったのだろう。
まぁ、少なくとも地球で大学までの教育課程、この世界に置き換えれば超級の高等教育を受けた俺とサダマサがいる時点で、イゾルデも初等学園に通う必要がなくなったのは事実だ。
いっそのことヘルムントの目論見どおり、中等学園の入学試験でも余裕で合格できるようにしてやろうではないか。
そんなわけで、本来初等学園で浪費されるはずだった時間を使い、俺はサダマサからの鍛錬を、イゾルデは俺から魔法、サダマサから軽い鍛錬及び両者から学問を受けることになった。
こうして、俺が侯爵領を出るのは2年先延ばしになるのだった。
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