第33話 貴族サスペンス劇場~前編~


 結局、気絶しお嬢様を放置して行くわけにもいかず、ハンヴィーに運び込んで『お取り寄せ』した毛布でくるんで荷台に寝かせておいた。


 ウーヴェには助手席に移ってもらい、俺が後部座席で少女を看ているが、どうにも目覚める気配がなかった。


 20世紀後半の技術力で作られた車両にはサスペンションがある分、揺れや衝撃に関しては馬車よりずっと快適だとは思うが所詮は軍用車両。

 民生用のそれとは比べるべくもなく、エンジンが生み出す振動も強いはずなのだが、この世界の人間にとってはもしかして快適な部類になるのだろうか。


「この絵面だけ見ると、まるで俺たちが誘拐犯みたいだな。なぁ、クリス?」


「むしろ助けた側なんだけどな」


 名前も知らないままでいるのもやりにくくて面倒だなぁと考え始めたところで、タイミングよく少女が目を覚ました。


「こ、ここは……?」


 目を覚まして最初に視界に入った見知らぬ天井により、ここが未知の場所だと気付いた少女は、警戒感を露にしつつ上半身を起こして辺りを見回す。

 子どもの域を出ないながら、十分に端整と形容できる顔に不安の色をにじませていたものの、過剰な反応を示さなかったのは上々とも言えた。


「お目覚めになられましたか。ここはまぁ、我々の馬車……のようなものです」


 いきなり、自動車ハンヴィーの存在に話の焦点を持っていくのも厄介かと思い、ひとまず話をはぐらかす。

 なんにしても気分を落ち着かせるのが先決と判断し、木製の杯に用意しておいたミネラルウォーターを入れて差し出し、状況説明と自己紹介に移る。


「すごく飲みやすい……」


 この世界──というよりも、帝国の水はヨーロッパ水準の硬水なのか、日本の天然水から作った水は帝国人の舌には優しかったのかもしれない。


 とりあえず、あんな切迫した状況を経て不足しているであろう水分を摂取させると少女はいく分か落ち着いたような反応を示し、特段居丈高いたけだかな態度を見せる素振りもなくその場にちょこんと座る形となった。


「それで、何故このような場所に?」


不躾ぶしつけながら名前も名乗っておりませんでしたね。わたしの名前は、ベアトリクス。エンツェンスベルガー公爵家長女ベアトリクス・フォン・エンツェンスベルガーです。帝都から遠く離れたこのような場所にいたのは、父ユルゲンの病を治す霊薬を求め家臣団と共に出向いていたからです」


 ふむ。淀みもないし、違和感もない。

 相当のヤリ手でもない限り、少女──ベアトリクスは紋章が示す通りのノーブルなお嬢様らしい。

 そうなると、こんな辺境くんだりまで出向かなければならない理由も想像がつく。

 霊薬──おそらくは万能薬として知られる中位竜の鱗目当てであろう。


「霊薬……『竜の鱗』ですか?」


「……ご聡明であられるのですね」


 隠しても良いことはないと判断したか、ベアトリクスは素直に認めた。

 しかし、妙だ。


「確かに、中位竜の鱗であれば、竜峰まで辿り着ければ入手することはそれほど難しくないと言われています。しかし、それはあくまでそれなりに腕の立つ冒険者が動いた場合……ではなかったでしょうか」


 誇張も多分に含まれてはいるだろうが、あらゆるものが揃うと言われる帝都であれば、高位竜の鱗でない限りどうにか手に入りそうなものである。


 既にあらかたの察しはついているが、それができなかったということは市場に出回っているものがなかったか、あるいは公爵家の名を使って調達することができなかった事情があった、と考えられる。


 後者の場合は、ベアトリクスの家格を考えると政治絡みの可能性が高い。

 ……まぁ、大体後者で確定だろうが。


「ご存知かもしれませんが、父エンツェンスベルガー公爵は、帝国貴族院の上席議員の長を務めております。幸いなことに、今の時期は『帝国貴族議会』が召集されていない時期なのでまだ良かったのですが、早めに治療を受けさせたいのです」


 家を継ぐわけでもない俺にはあまり関心のないことだが、このガリアクス帝国は人類圏でも有数の規模を誇る国家である。


 そのため、帝政ではあるが貴族の多さから議会制度を取り入れており、伯爵以上の上級貴族が上席、子爵と男爵までは下席の貴族院議員として参政権を有し、毎年一定期間帝都に集まり政治の方向性を議論し合う機会が『帝国貴族議会』として設けられている。


 ちなみに、準男爵以下の貴族ともなると、家の数が多過ぎて参政権は与えられていない。

 貴族というだけでは、決して大きな顔ができるとは限らないシビアなところもあるのだ。


 そして、そんな『帝国貴族議会』上席議員の、それも長ともなれば、いわゆる『宰相』と同じ立場にあり、その政治権力は皇帝に次ぐ位置にあると言っても過言ではない。

 皇帝に権力が集中し過ぎないようにという建前で役職が作られている以上、公爵だけに限定すると叛意はんいを招く関係から侯爵・辺境伯でも就任することは可能であり、機会さえあればその座を狙おうと躍起になる上席貴族は決して少なくないのだ。

 だんだん事態が読めてきたな。


「そういえば、このすぐ近くにあるクラルヴァイン辺境伯は、上席議員の中でも対外強硬派の筆頭として知られていましたね」


 ベアトリクスの言葉に直接絡まないように、俺は天気の話でもするような調子で言葉を挟む。

 言質げんちを取られないよう、間接的な物言いをするのは貴族の嗜みらしい。

 政治に絡む可能性がある中では、「○○とは言っていない」的な喋り方をするのはどの世界でも同じということか。俺みたいな一般市民上がりの人間には窮屈で仕方ないが。


 ちなみに、今回の発言を要約すると、「あえて言葉にはしないけど、アンタの事情と大体の背景はわかったよ」ということになる。

 それが上手く伝わったのか、ベアトリクスの瞳に動揺の揺らぎが表れた。

 公爵家の英才教育を受けていたのかもしれないが、所詮は12歳くらいの少女が相手だ。

 それなりにキナ臭い仕事にも関わっていた転生者を舐めてもらっては困る。……自慢することでもないが。


「クリス、あなたはいったい──いえ、お察しのとおり父が難しい病に罹っていることが知られる事態になれば、他の公爵家を含む上席議員たちが長の座を狙って表に裏に動き出すことが考えられます」


「ふむ、道理ですね」


「死に至るものではなくとも時間が解決する病でない以上、政治の世界からすれば致し方ないことかもしれませんが、諸々の事情から少なくとも今の時点ではそのようなことは避けたいのです」


 一瞬、驚愕の感情が促すままの言葉を口にしようとしたものの、これ以上の動揺を見せては得体のしれないガキに付け入られると思ったのか、ベアトリクスは話の流れを強引に変えようとした。

 こちらの素性について多少察しがついているのもあるかもしれないが。


 ともかく、これで決まりだ。

 結局のところ、ベアトリクスが巻き込まれたのは政争だ。


 つい先日、領地を通ったクラルヴァイン辺境伯は、領土の南部がエルフ氏族の連合国家 《大森林》と国境を接している。

 一応 《大森林》と帝国はわずかながらの交易があるものの、エルフが得意とする魔法文化由来の商品は魔法士が多いわけでもない帝国にとってはあまり旨味のあるものではなく、そもそも需要と供給が一致していない。


 なにしろ、魔法文化を中心とするエルフは工業という概念を持っていないため、《大森林》東部の鉱物資源はほぼ死蔵状態となっており、それ以外にも《大森林》そのものでもある木材資源が豊富に存在している。

 帝国から見れば、使いもしないのに占有された宝の山にしか見えないのだ。


「暖かい気候がお好きなのか、辺境伯は頻繁に南部に視察に向かわれているらしい。それはそれで構わないですが、できることなら西域の盗賊の討伐を優先して欲しいものですな。そうすればこのように襲われずにも済んだのに」


 俺が言わんとしていることを理解したのか、ベアトリクスの顔色が蒼白に変わっていた。


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