第163話 Eden on Fire ~ただの口づけだけじゃ~


「ここは――――」


 ふと気が付けば、目の間に広がっていたのは見覚えのある白い空間だった。


 はて、屋敷のベッドで眠っていたはずだが――――とそこまで考えたところで、おおよその察しがついた。


 何が起きたのかを理解すると同時に、周囲に生じる濃密な気配。


「アンタか。そろそろ現れる頃だと思っていたよ」


「……さすがにもう驚きはしない、か」


 先に発した俺の言葉に対して、ちょっとだけ残念そうな響きの声とともに、どこからか集まってきた光の粒子が、俺の目の前で重なっていき人の形を形成していく。


「無事、窮地を乗り切ったようだな。あのタイミングでは、『レギオン』を使ったとしてもイチかバチかの賭けになると思っていたが」


 光が消えて新たに現れたのは、銀色の髪に黒縁眼鏡からのぞく灰色の鋭い瞳。すらりとのびた脚と、灰色のスーツの上に纏う白衣の男だった。

 およそ半月と数日ぶりの『破壊神』との対面である。


「そう思ったんなら、もっと早くから動いてほしいもんだな」


「前にも言っただろう。ずっとタイミングを窺っていたと。あの死にかけの状態でなければ接触すらできなかった。申し訳ないとは思うが、それもまた制約のうちなのだ」


 俺の軽い文句に、『破壊神』はよく見なければ無表情にしか見えない顔へと小さな苦笑を浮かべて返事を寄越す。


「フム、見たところ、『レギオン』も魂に深く馴染んでいるようだ。特に問題もなさそうだな」


 懐から取り出したタバコにライターで火を点けながら、『破壊神』は研究者特有の視線で俺の身体――――というよりも、その更に内部を見透かすように、全身をくまなく観察してくる。

 少なくとも野郎の形をしている人間からジロジロと見られても嬉しくはないが、かといってそれほど不快なものでもなかった。


 それからどうせ後で催促されるだろうと、あらかじめ以前のものと同じ銘柄の煙草を数カートン『お取り寄せ』して渡すと、『破壊神』は小さく破顔して礼を言うとそれを受け取った。


「使ってみた感じ、いくつか制約こそあるみたいだが、それにしたってとんでもない能力だったぞ。まぁ、いずれ戦争するってんならおあつらえ向きとも言えるけどな」


 たった1台のレオパルド2A7+でもあれだけの力を発揮したのだ。

 俺の魔力が一定の部隊を編成できる規模まで高まれば、それこそ圧倒的な力を生み出すことができる。

 もちろん、口で言うほど容易なことではないが。


「実際、よくやっているものだ。もしも仮に『勇者』主導で進めていたとしたら『大森林』との戦争は避けられなかったかもしれない。ハイエルフ王家とのコネクションといい、ますます『勇者』の活躍できる下地がなくなっていくな」


「別に好きでやってるわけじゃないし、そもそも『勇者』の出番を奪いたいわけでもないぞ。ただ単に、そうしなきゃ世界が平和な方向に回ってくれないだけで。それに、これだって立派な下地作りだろ。来るまで待たなきゃいけない『勇者』なんて現金がないのに物を買おうとしているのと一緒だ。そう考えたら、うちの『勇者ショウジ』は良くやってくれている方だよ」


 言葉ではそう言ったものの、どう考えてもやっていることが下地作りの範囲を大きく越えている事実に、俺は少しだけ憮然とした言い方になってしまう。

 いくら異世界に特異な能力を持って転生したと言っても、そこに無限の選択の自由があるわけじゃない。あくまでも自分が見つけ出した最適解を選ぶしかないのだ。


「その通りだ。だからこそ、お前には私の持つ力を分け与えた。今、この世界の状況は急速に動き出しつつある。そこに一撃を入れられるだけの力だ」


「言ってくれるぜ」


 ゆらゆらと紫煙を燻らせる煙草を咥えながら、俺の言葉を受けて少しだけ満足気な顔を浮かべる『破壊神』。


「しかし、ひとつ訊くがありゃいったいなんなんだ? 召喚した兵器の搭乗者に人格みたいなものがあるなんて。まだ兵器そのものに擬似人格がある方が驚かないぞ」


 とはいえ、兵器そのものに人格があるならいっそのこと擬人……いや、それはさすがにあり得ないか。


「あれは、そうだな……。『夢』みたいなものだ」


 少しだけ言葉を選ぶように、顎に右手を持っていった『破壊神』はゆっくりと口を開く。


「夢?」


 なんていうか、この男らしくない言葉だ。


「そうだ。この世界を異世界と呼んでいるが、それはあくまでも便宜的な表現に過ぎない。実際には宇宙と呼ぶ広大な空間そのものを通して繋がっている。これは、そちらの世界では根源アカシックレコードと呼ぶモノでもある。地球という惑星やその周辺をひとつの世界として、各世界は広大な宇宙の中にあるという点では、この世界とほぼ同じ条件下に存在するものだ」


 それはつまり、物理法則と呼んでいいのかはわからないが、魔法のような要素さえもが同じ宇宙の中に存在する惑星によっては特有のものとして存在し得るってことか?


「要するに、同じ境界線上に存在するから、ショートカット……じゃない、ワープみたいなよくわからん何かで距離やら時間やらを無視して、魂や人間のやり取りができると?」


「簡単に言ってしまえばそういうことだ。お前の持つ『お取り寄せ』にしても、宇宙の根源から元となる情報をお前自身が持つ知識をベースとして検索をかけ、そこへ魔力を通して複製として具現化しているに過ぎない。この世界へと呼ばれる人間とは違って、現物を引っ張ってきては、さすがに元の世界への影響が大きすぎるからな」


 といいつつ、この世界への影響は完全に無視ですかい。

 まぁ、世界へのテコ入れがこの神を名乗る連中の目的みたいだから、そこは特に考慮すべきものではないのだろう。


「わかんねーな。物の移動ってのか? それが擬似的とはいえ、かたっぽには許されるってのも」


「私も完全に理解しているわけではない。だが、簡単に言うと、この世界にないものであれば、“あるかもしれない”という確率論の話になるから世界の制約からは外れる。だが逆に、“あるはずのものがない”ということは、その存在の不在を表し、元の世界に影響を及ぼすおそれがあって不可能なのだ」


 ……なるほどわからん。いや、ざっくりならわかるけど。


「だから、確率上であれば存在できる余地があるコピー品は用意できると」


「まぁ、そういうことだな。そして、それは『レギオン』も同じだ。あれは召喚した兵器、それを運用できる人間の意識を根源からリアルタイムでコピーした擬似人格だ。魂そのものをコピーしているわけではないから、この世界へと完全に固定化することはできない」


 今度はさっぱりだ。首をかしげる。


「……要するに、クリストハルトという人間が生きている間しか呼ぶことのできない限定的な存在ということだ。生物としての本分は、次の時代へと子孫を残していくことだ。だから、会話をすることも飲食も可能で限りなく本物に近いといえる存在だが、この世界に生物として交わることだけはできない。あくまで兵器としての機能を果たすための“部品”でしかない。言ってしまえば、根源を通じて現れている可能性の虚像……『夢』とでもいうべき存在なんだ」


「……なるほどねぇ」


 わかったようなわからないような。

 だが、仮に本物ではなかったとしても、昔の戦友たちと戦っているような気分にはなれる。

 それをどことなく嬉しく思ってしまうのは、やはり死んでこの世界へと転生してから15年くらい経っても、俺の中に前世への未練がまったく存在しないというわけではないからなのだろう。


「ところで、そーゆー不思議原理を利用した亜空間収納機能ストレージとかないの?」


「そんな都合のいいものがあるわけないだろう。ゲームのやり過ぎだ」


 いや、仮にも神様が言っていいセリフじゃねぇだろそれ……。


「……さて、そろそろ本題に移ろう。なにも能力の説明のために、こうして現れたわけではない。クリス、お前が待ちに待ったこの世界の“秘密”だ」


 少しだけ芝居がかった動作で両手を掲げ、『破壊神』は語り部となることを宣言する。

 それと同時に、いつしか俺への呼び方が『お前』から『クリス』へと変わっていたことに気付く。


「まず最初に、この世界で『人間』と呼ばれる種族は、元々ひとつしか存在しなかった」


 そこから『破壊神』の説明が続いたが、この世界で元々栄えていた種族――――『始原民族』と名乗る人型の知的生命体は、現在の魔大陸に誕生し、一部の高等生物が利用している不可思議な生体機能のメカニズムを解き明かし、『魔法』という無から有を生み出す技術を発見した。


 それは、おそらくこの惑星固有の特性である循環するエネルギーを、魔法を扱うことができる生物が持つ受容体レセプターという特異な器官を通して利用するというものであった。

 後にこれは彼ら『始原民族』にも備わっていることが確認され、そこから技術は飛躍を開始する。


 それを端とし、『魔法』という新たな、そして万能にも思える技術を生み出した『始原民族』は、その技術により数千年にも渡る栄華を極めることとなる。

 それこそ、わざわざ資源を求めて強力な魔物の住む外の大陸へと出て行こうとしなくても済む程度には。


 しかし、その惑星そのもののエネルギーを使うという神への挑戦にも等しい行為への反動は、ある日突然最悪の形となって現れた。

 魔法を使った後に残る魔素の残滓には、星そのものではなくそれを使用した生物の情報が刻まれる。

 まぁ、パソコンに残った不要なファイルみたいなものだろう。


 それをこの星は自分にとって害悪となるエラーと判断。

 蓄積したエラーを自動浄化機能と一緒に外部――――つまり、『澱』として地上へと一気に放出したのである。

 そして、その『澱』が吹き出た場所こそが魔大陸奥地。当時の『始原民族』の首都だったというわけだ。


「じゃあ、この世界に今現在『始原民族』が残っていないのは……」


「そうだ。間接的とはいえ自らの生み出した存在によって滅びかけたからだ」


 数千年溜め込んだ莫大なエラー。

 それを浴びた『始原民族』の中でも、強大な魔法使いであるほどに汚染された魔素から受ける影響は強く、『魔王』――――いや、より強力な『魔帝』と呼ばれる存在さえもが誕生した。

 魂ごと星の自動浄化機能に汚染された『魔王』とそれを凌駕する数体の『魔帝』たちにより、異物と認識された『始原民族』は文明の維持さえ困難なダメージを受けることとなる。

 それがおよそ一万年前だという。


 ……そうか、アプストゥルはこれを目撃していたのか。


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