第164話 Eden on Fire ~ただの口づけだけじゃ~中編~


「私も、元々はこの惑星に生を受けた存在だ。それが、よりによって引き上げられたことで、こうして精神生命体のような存在となっている。といっても、それも完全なものではない。物質マテリアル界と精神アストラル界の狭間にいるエーテル体のようなものだ」


 なんだか話がオカルトじみてきたように感じられるが、まぁ魂が存在するって時点で地球じゃオカルトみたいなものだと自分を納得させる。


「だから、世界への介入も極めて限定的にしか行うことができない。『創造神』は、異世界からの人間の召喚とそれに関連する能力。私の場合は、汚染された魔素の流れをコントロールすることで『魔王』の発生時期をある程度コントロールする能力だ。ちなみに『レギオン』ばかりは、切る場所が限定されるジョーカーのような存在だったが」


 そりゃ異世界から召喚する能力を持たないのに、転移ないしは転生した人間に後付けで与えることのできる能力なんて使いどころがなさすぎる。

 逆に言えば、それだけ俺の存在が例外中の例外だったのかもしれないが。


「ということは、まさかアンタ、その『始原民族』なのか?」


「そうだ。もう少し厳密に言えば、『始原民族』の遺伝子を魔法技術で操作し、なんとか今で言う、『澱』となった魔素から受ける汚染レベルを低減することに成功した技術者の成れの果てでもあるがね」


 紫煙を吐き出しながら、さらりととんでもないことを言う『破壊神』。

 滅びるものは滅びるべきだと俺は以前何かのタイミングで言ったことはあるが、それでも実際にその当事者となれば、やはり生物の本能として生きることを諦めることはできないのだろう。

 事実、生きることを諦めてしまえば、それはもう死んでいるのと同じなのだから。


「遺伝子操作まで魔法で可能にしていたのか。とんでもない技術だな」


 『破壊神』の言葉に、俺は嘆息してしまう。

 地球でさえ、ほぼ確立されていない分野の技術だ。

 ある部分において『始原民族』は、地球の文明水準を上回っていたことになる。


「まぁ、そのおかげで更なる『魔帝』を誕生させてしまい、結局『始原民族』は未来の子孫のために自ら滅びを選択することになったわけだがな。ちなみに、この世界でダンジョンと呼ばれる存在も、同時期に開発された汚染された魔素を浄化しながら、高濃度に圧縮して魔力の結晶体を作るためのシステムが各地に残っているものだ。一万年近い年月の中で相当に暴走しているようだが」


 どうも地中にあるダンジョンコアが、汚染された魔素を血脈から汲み上げて魔物の形にすることで『魔王』の発生を遅らせているらしい。

 そうして、一定の大きさまで大きくなると、地脈を伝わって別の場所に新たなダンジョンを作るという自己増殖システムまで備えているとか。

 どうりでダンジョンコアの安置された部屋が、あんなシステマティックになっていたわけだ。よもや人の手が入ってないワケがないとは思っていたが……。


「では、そこまでして次世代の人類として魔族を作り上げたにもかかわらず、何故『創造神』とアンタとの間で――――いや、今のような人類対魔族の構造が出来上がっているんだ?」


 いくら緩やかとはいえ、人類としての破滅を回避したのであれば、現在のこのような対立構造が起きることは考えにくい。


 いや、待て。

 もしも魔族が生み出された存在であるなら、この大陸に暮らす人類は何処から来たものなんだ?


「はじめに言っておくが、そんなものを私は意図してなどいない。ヤツが一方的に魔族を敵視しているだけでな。そもそも、ヤツはもう少し新しい時代の人間だ。多大な犠牲を払いながら『魔王』の発生も不完全にしか抑制できなかった魔族――――そのような存在へと変わることをよしとしなかった『始原民族』の生き残りにして、魔族よりも更に魔素の影響を受けにくい“次世代の人類”を作り出そうとした勢力だな」


 そこで俺は理解に至る。


「まさか、それが――――」


「そうだ。それこそが、今の人類圏にいる種族たちだ。あぁ、ゴブリンのような『亜人』と呼ばれる種族は、その過程で生まれた副産物らしいがね。様々な特性を持つ種族を作り出そうとしたからだろう」


 ……なんてこった。オスヴィンが読み上げていた神話は一部合っていたじゃねぇか。

 狂人の戯言と断じてぶっ殺してしまった。


 ……まぁ、イゾルデを誘拐した時点で死刑は決まっていたようなものだが。


「ともあれ、秘密裏に人類圏へ逃れて今の人類を作り出した『創造神』たち『始原民族』の生き残りだが、残された魔族はそれを許さなかった。厳密に自らの出自がどうとかまでは覚えてはいなかったようだが、今の人類が誕生してから約二千年後、大陸をある程度分割とはいえ平定した魔族たちは、まともな生物の生存には適さぬ荒廃した魔大陸ではなく、この人類圏に進出しようとした。これが今もなお続いている大戦の始まりだ」


 すべて元は同じ種族から生まれてきた存在なのか。

 それが数千年レベルで殺し合いをしている。俺の受けた衝撃はあまりにも大きかった。


「『魔王』が生まれてしまうこと、それと繁殖力を例外とすれば、魔族は生物として非常に優れていた。『始原民族』には及ばないとしても、今の世界で見れば高い魔力、長い寿命、優れた身体能力を持っている。数で勝るとはいえ、新たな人類が不利なのは明白だった。事実として、最初期の大戦はかなり人類側が追い込まれていたようだ」


 『魔王』や『魔帝』とならないために、いくつかの特性を削ったりした人類では、やはり魔族への対抗はかなり厳しかったということか。


「だが、そこに私と同じくエーテル体となっていた『創造神』がヒト族へと介入を図った。倒した相手から魔力を吸収して強くなっていくだけでなく、相手が魔力の影響を受けていれば受けているほどに与えるダメージを増やし、挙句の果てには魔力そのものを無効化する『神剣』を携えた『勇者』を異世界から召喚するという方法でな」


「だから、今日に至るまで人類は負けていないのか。それにしたって、とんでもない執念だな」


「それほどまでにヤツは憎んでいるのさ、『始原民族』を葬り去ったこの星そのものをな。完全な神――――アストラル体になることで、最終的に星ごと滅ぼすつもりなのかもしれんな。私には理解できないことだが」


 そこで一息つくためか、新たな煙草に火を点ける『破壊神』。


「じゃあ、同じエーテル体になったアンタは、神になってどうするつもりなんだ」


「予定など、何もない。なるつもりもない。私の目的と役目は、魔族を作り上げた時に終わっているとも言える。たとえそれが不完全なものに終わっていたとしてもな」


 それは以前にも見た、どこか疲弊した表情だった。

 繰り返す永い時の中で、魂をすり減らしてしまっているのだろう。

 にもかかわらず、エーテル体となった今では死ぬことすらできない。それはなんという無限の地獄であろうか。


「私は輪廻の環の中に戻りたいだけだ。だが同時に、元は一つの種族から生まれた魔族と人類が殺し合わねばならないこの現状を何とかしたい。この戦いに終止符を打てる可能性があるのは、『勇者』以外ではクリス、お前しかいない。未だ決定打を打てていない『創造神』に残された力も、もうそう多くはない。おそらく今回起こるであろう大戦にすべてを投入してくることだろう。お前ひとりに全てを押し付けるようで心苦しいが、それでも頼む。このバカげた戦いを終わらせてくれ」


 俺を正面から見据える『破壊神』。

 その灰色の瞳は、今まで見たそれよりもずっと真剣な光に満ちていた。

 それは同時に、俺に覚悟を問うているようにも見える。


 この星の未来の方向を決める戦い。

 それを『創造神』と同様に、異世界から呼び寄せた人間へ委ねなければいけないことに忸怩たる思いはあるようだが、『創造神』――――『勇者』に対抗するためにはどうしてもそれが避けられないと理解した上で俺に言っているのだ。


「確約はできねぇ。だが、やれるだけのことはやるさ。それも俺がこの世界で生きるためにもやらなきゃいけないことみたいだしな。それに、。家族と仲間がいる。だから、戦えるんだ」


「そうか……。なら、安心して任せられる」


 俺の言葉に、少しだけ柔らかな笑みを浮かべる『破壊神』。

 及第点くらいはもらえたらしい。


「……っと、もうそろそろ時間だな。最後にクリス。ひとつ言っておくことがある」


 突然、神妙な顔つきになる『破壊神』。


「なんだ?」


「嫁は大事にしてやることだ。せっかく3人もいるんだからな。それぞれの関係を良くするも悪くするも、すべてはお前次第だ」


 何を言うのかと身構えていたので、少しだけコケそうになる。

 ……半分とはいえ、神のような存在に男の甲斐性を説かれる日がくるなんて思ってもいなかった。


「それも世界の方向を導こうとする『破壊神』の仕事なのか?」


「……いや、経験者は語るってヤツだ。もっとも、妻子がいたのもかれこれ一万年も前の話だがな」


「……その人たちは、どうしたんだ」


 訊いていいものかどうか一瞬悩んだが、本人が振ってきた話であるため俺は疑問を口にする。

 どことなく、俺に聞いてほしいような空気が感じられたのもあった。


「……死んだよ。殺されたと言ってもいい。『魔王』と『魔帝』の覚醒による大破壊でな。今頃は輪廻の渦からどこかの世界に転生していることだろう」


 その寂寥感を滲ませた言葉とともに、『破壊神』の口に咥えているタバコの灰が地面に落ちる。


「……さぁ、今度こそ時間切れだ。竜王の娘が近づいて来ている。あの種族もまた、我々のような存在の干渉を撥ね除ける力を無意識に持っている。それに、あれだけ好いてくれているんだ。もう少し大事にしてやるべきだぞ」


 竜王?

 そう思ったところで、俺の意識は急速に遠のき始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る