第76話 『勇者』がクズでした。~後編~



 そんな気はしてたけどさ! そんな気はしてたけどさぁ!

 なんでいきなり戦う流れになっているんだよ! しかも問答無用とか野蛮すぎるだろ、日本人のくせに。

 コイツ、いったいどこの世紀末な平行世界から来たんだ? ヘタレっぽい見た目の皮をかぶったDQNかテメェ!!


 内心であらん限りの罵声を並べつつ、袈裟がけに放たれたシンヤの一撃をサーベルを使って受け止め、金属と金属のぶつかる甲高い音が響く。


 ――――重い!


「う、受け止められた!?」


 それまで余裕が混じっていたシンヤの顔に、突如として驚愕の色が現われる。

 まさか、今の一撃で俺を斬り捨てて終わりだと思っていたのだろうか。

 ……あー、こりゃ思っていたんだろうな。


 たしかに、放たれた斬撃は速度・パワー共に申し分のない一撃だった。

 それなりの心得を持たない者であれば、一撃で斬り捨てられていたことだろう。

 俺にしたって、用心のために若干の受け流しをかけていなければ、サーベルがへし折れていたかもしれない。


 だが、それと相反するものとして感じられたのは、それだけの威力を持っていながらも、動きの巧拙――――要はキレの面で言えば、まるで素人の剣技であったことだ。

 まぁ、こういうケースで考えられるとすれば『勇者』として与えられた恩恵的なものか。

 おそらく、身体能力自体にブーストのようなものがかけられているのだろう。


 脅威度だけで言えばそれほど高くないと判断できるが、かといって『勇者』と名乗る者がこれだけの能力しか持っていないって考えるのは……楽観的に過ぎるよな、やっぱり。

 いずれにしてもこちらの武器が大人の事情で貧弱な以上、できるだけコイツの攻撃は受け流す方向で戦うしかない。


「おいおい、人類の希望な『勇者』サマがこんなところで何してるんだ。サボってないで早く魔王退治に出かけろよ」


「お前のような愚かな連中が人類圏にいるから! この大陸がまとまらないんだ! 死んでしまえ!」


 物騒な言葉と共にふたたび横薙ぎの一撃が襲い掛かってくる。


 だが、さすがにこれは大振りすぎる。

 大きく飛びのいて回避。


「なに言ってんだ、お前!?」


 マジで言ってることが理解できない。

 いきなり話が壮大な所まで飛んでいるし、反論するのも面倒臭いくらい意味不明なんだけど!


「うるさい、問答無用!」


 ダメだ。会話が成り立たない。


 というわけで、どうするべきか。

 こんなバカでも、一応は『勇者』と名乗る存在だ。

 そんなヤツに攻撃を仕掛けるのであれば、聖堂教会と帝国が事を構える事態すらも想定しなくてはいけない。


 だが、事態は急を要する。

 事件は現場で起きているというか、絶賛戦闘中である俺とベアトリクスは帝国からの潜入依頼を受けてはいる。


 だが、命を投げてまで帝国に殉じろとは言われていない。

 加えるなら依頼した方もそれは望んでいないだろう。


 それに、楽観的な考えかもしれないが、俺たちはそれなりに重要度の高い地位にいるハズだ。

 それこそ戦争でも引き起こさない限りは表立って咎められることもないだろう。


 となれば、現場判断とはなるが、最低でも無力化させる方向あるいはより得られるリターンの大きな手段で進めるしかない。

 仮に動体視力が優れていても、こちらの剣技を使えば対応の時間を盗める。そう考えれば、負ける可能性はそう高くない。

 ただ、その場合、殺すなというとちと厳しくなる。

 正直、このシンヤという少年の実力に未知数な部分が多過ぎる。相手が隠し玉を持っているなら、隠しているうちに殺してしまうのが確実な手段だ。


 だが、そうすればこの場にいる人間全員を殺さなくてはいけなくなる。護衛対象であるビットブルガー大司教も含めて、だ。

 ケストリッツァー大司教は帝国に対して好意的ではあるが、自分が往路で行動を共にしてきた冒険者2人が教会要人殺害の容疑者となった場合、果たしてこちらの素性を黙ったままでいてくれるだろうか。

 この場でそんな不確かなものをアテにして賭けに出るには、いささか情報が不足しており分が悪い。


 って、ヤバい!


 死角から迫るように、瞬発力を利用した攻撃が襲い掛かる。イリアという少女からだ。

 シンヤにばかり気は取られていられない。

 むしろ、イリアという獣人の方が現時点では脅威度が高いのだ。

 当たり前だが、獣人由来の優れた身体能力を持ちつつ、しかもコイツはシンヤと違って身体の動かし方がわかっている。

 仮にベアトリクスに任せようにもかなり厳しい相手だ。俺が何とかするしかない。 


 片付けるなら先にこちらか……?

 とりあえず、最悪コイツは殺してしまっても問題はあるまい。

 それに、こちらの方が隙がある。


 殺気を収束して狙いを定めると、イリアはその不自然な瞳に恐怖の色を浮かべる。

 本来は仮想敵国とも言える人類圏で奴隷の身に落とされているのだ。相当に過酷な経験をしているに違いない。

 ましてや、自分の胆力を超えて威圧してくる相手がいるとなれば、確実にトラウマを刺激するハズ。動きは確実に鈍くなるだろう。

 姑息なようだが、これもまた勝負――――命の遣り取りで勝敗を決定づける要素だ。


『炎帝よ、滾る劫火を顕現させ、我に力を貸したまえ!』


 あ、魔法詠唱とかするんだ。いや、本来はそうか。


 っと、感心している場合じゃない。

 シンヤのかざした手から生み出された高温の炎の奔流が、イリアを狙うと察知した俺目がけて襲いかかってきているのだから。


 でもまぁ――――。


「!?」


 魔法障壁で相殺しちゃうんですけどね。


 破壊エネルギーに破壊エネルギーをぶつける、ないしは魔力を疑似的に物理変換した障壁であると、炎は破壊エネルギー同士のぶつかり合いで余計に大きな被害を周辺へ撒き散らすか、別の方向へ飛んでいくかしかなくなる。


 そして、そこから更に一歩進む方法がある。

 それは、『相手の魔法の魔力と反応する魔力』を用意してやるのだ。

 そうすると対消滅により相殺――――要は魔力の塵に分解してやることが可能となる。

 俺の展開した魔法障壁の原理はまさしくそれであり、高位魔竜が使う伝説級魔法と同じである。

 なんだかんだと言われてティアから覚えさせられたが、こうして真価を発揮すると持つべきものはスペシャリストの仲間だと実感する。


「じゃあ、こっちも魔法だな。《衝撃インパクト》」


「くっ、姑息なマネを!」


 俺の放った破壊エネルギーを高速で叩きつける無属性魔法は、待ち構えるようにしていたシンヤが振るった剣により消滅した。


「おいおい、なんだよそりゃあ…………」


 どっちが姑息だよ、チート過ぎるだろ……。

 驚愕のあまり声が漏れ出てしまう。尚、後半のセリフだけは、身バレしないよう辛うじて飲み込むことに成功していた。

 しかし、何か隠し玉を持っていると思ってはいたが、まんま剣が特殊アイテムかよ!


「その間抜け面を見るに知らないのか? 『勇者』の証でもある『神剣』だよ。魔力をことごとく無効化する。魔力が不可欠であるこの世界の生物には致命的な武器さ」


 知るワケねぇだろ。こちとら『勇者』に選考落ちしてるんだぞ? それともケンカ売ってんのか? イヤガラセか? 効果絶大だぞこの野郎。


 しかし、同時に納得せざるを得ない。


 たしかに、強者が魔力という防具を恒常的にまとっていると考えれば、それをはぎ取ってさえしまえば裸も同然というわけか。

 しかも、その上で、コイツは身体能力が魔力由来ではない方法で底上げされている。

 こんなのが基本スキルだとしたら、そりゃたいした技を持っていなくても歴代の『勇者』は魔族と戦えたわけだわ。

 たとえるなら、精々デッキブラシを持った防具なしの一般人相手に、フル装備の甲冑と良く切れる上に軽い剣で挑みかかるようなものだ。イジメですね、それ。


「よくもまぁ、そんなものをヒト相手に向ける気になるもんだ」


「どうせ死ぬなら包丁でも剣でも同じだろう? だから早くやられて死んでくれないかな? そのために、そっちのかわいいお嬢さんには手を出さないであげているんだから」


 粘つくような視線をベアトリクスに対して向けるシンヤ。

 その瞬間、俺の不快指数が瞬間的に跳ね上がる。


「次にふざけたこと抜かしてみろ。首切り飛ばして店先に並べるぞ」


 【速報】『勇者』はクズだった――――だな。

 審査基準もガバガバ……とか見出しつけてやりたくなるほどだ。


 まったく、この世界の神は何をしているのか。……あぁ、本人が言っている通りなら神が呼んだんだっけなこのクズ。

 まぁ、性格に問題があっても、異世界召喚できる適性さえあれば他はどうでもいいということか。

 この世界の文明レベルが一向に進まない理由がまたひとつわかった気がする。


 まったく、こんな調子なのに、それでいて俺に世界をどうしろって言うんだ?


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