第180話 袖振り合うも他生の縁~後編~


「そうだなぁ……。さすがにこれくらいは知っているかもしれないが、この国は人が住むにはなかなか厳しい環境に位置している。見ての通り冬はひどく寒いし、夏だってそうそう暑いと感じる日は少ない。必然的に作物の収穫は少なくなりがちだ」


 帝国北部に位置するザイドリッツ男爵領でも、作物をどう育てるかが春先からの課題だ。

 ウチよりもさらに北に位置するこの土地では、もはや死活問題といっても過言ではないのだろう。


「……今のままじゃ人口もなかなか増えないってことだな」


「そう。今の国土のまま国を発展させるには、食べる物が絶対的に足りていないんだよ」


 つまりこの国が発展していくためには、平民階級の食糧事情を大きく改善できるだけの革命的な作物が必要ということになる。


 なるほどな。もしノルターヘルンに、帝国の一部で実家のツテを使って育てているジャガイモなんかが広まれば、おそらくは食糧事情を大幅に改善させることもできるだろう。

 ジャガイモは寒冷地での生産にも適しているし、痩せた土地でも育つ。古くはアイルランドなどで飢餓を救う作物となったとか聞いたこともある。

 連作障害などもあるようだから単純な話ではないが、それでも上手いこと作物をローテーションさせれば十分にクリアできる課題だ。


 しかしながら、では早速……というわけにはいかない。

 仮にその恩恵を得たとしても、現状下ではノルターヘルンとして南下を諦める可能性は低いと思っているからだ。

 やはり、気候の穏やかな土地は喉から手が出るほど欲しいはずだし、王都が侵攻を受けるリスクを抱えてまで国土の南側に存在していることもその証左であろう。


 少なくとも、今の国家関係のままでは不可能だ。将来の大きな敵を自ら育てることに繋がってしまう。


「さらに北部には獣人がいて問題を抱えているってか」


「そうだね。彼らは部族にもよるけれど、強大な勢力ほど遊牧生活を行っている。定期的にこちらの国境付近を略奪によって脅かしているし、正直目の上のたんこぶみたいな扱いだよ。北部を平定することは王国にとって長年の悲願でもある」


 嘆息するアレス。

 過去に実家あたりが何らかの実害を受けているのかもしれない。


「それじゃあ、今回のノルターヘルンの動きは平定のための北進と見ていいのか?」


「一度迎え撃ってからの……って前置きはありそうだけどね。今回の獣人たちの動きは、今までにないものと報告されているらしい。事実、例年通りなら冬期は動かないはずなんだ。それがどういう方針の変化かまではわからないけど、この街を含む王国北部が大規模な侵攻を受けることはほぼ間違いないと考えられているみたいだね」


 俺の想像する獣人がモンゴル帝国みたいな遊牧民系なら、冬はテントなりなんなりにこもって、ひたすら寒い時期が通り過ぎるのを待つはずだ。

 そこを敢えて動くということは、よほどの何かがあるということなのか。


 イリアが攫われたことに関係あるかどうかはまだ見えないな。


「あぁ、それが傭兵の募集に繋がるわけだな」


 アレスの情報がピースとなって、俺の中での推測が確信へと近付いていく。

 やはり、ノルターヘルン王国は獣人の南進を傭兵たちで受け止めることで大義名分を得て、そのまま北部へと一気に侵攻を開始するつもりなのだ。


 なるほど、帝国が《大森林》相手にやらなかった手法を、少し形は違うが実行する気でいるわけか。


「そうだね。正規軍だけで退けられないと謗りを受けるのは、この国に生まれた者として忸怩じくじたる思いがあるけれど、敵は獣人ばかりじゃないからね」


「ヒトの方が厄介って?」


「そりゃあ元々の数が違うよ。東部には諸国が乱立しているし、南部ではガリアクス帝国が勢力を拡大していると聞いているし。それにさっきの食糧事情も加味したら、正規軍を一括投入できる余裕もないのさ。まぁ、ここだけの話……正規軍は、“別の目的”のために温存しておきたいのかもしれないね」


 そのせいで僕らが苦労するんだけど、と最後に溜め息を吐き出すアレス。


 この戦が片付いても、ほどなくして次の戦がある可能性に気付いているのだ。

 傭兵として飯には困らないのだろうが、いち国民として見れば戦争が続けば国を疲弊させることに繋がるため複雑な心境なのだろう。


 三男坊という立場に甘んじてぶらついているようなことを言っていたが、この男、何気に祖国の周辺を取り巻く情勢をしっかりと読めている。

 こういう手合いが、国の上に行ったりするとやりにくいのだろうなと思う。


 まぁ、愛国心に溢れるように見えないのがせめてもの救いか。

 育ってきた中で染み込んだ祖国に果たすべき貴族としての義務と、傭兵として飯の種になる好機を活かそうとしている感じだ。

 世の中には物事を額面通りにしか受け取れない人間も多くいる中で、アレスのように清濁併せ呑める人間は相当に貴重だと思う。


「どこもかしこも大変なんだなぁ。まぁ、そんな大きなお上の話よりも、明日からは俺たちも命懸けだ。景気づけに遠慮なく飲んでくれ」


 立場は違うが考え方にほんの少しだけシンパシーを覚えた俺は、情報を提供してくれた礼にもう少し酒を振舞ってやることにした。

 給仕の女性を呼んで酒と料理の追加注文をしてやると、それなりにアルコールが入っていたアレスの顔がさらに緩んでいく。


「えへへ、なんだか悪いねぇ」


「なぁに、こうして知り合ったのも他生の縁ってやつさ。俺たちの勝利に乾杯しようじゃないか」


 そう嘯きながら、木製のジョッキをぶつけて乾杯する。

 それからは互いの他愛もない話をして、戦いの前夜を過ごしていくこととなった。



 尚、次の日会ったアレスは、顔面蒼白の二日酔い状態であった。


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